ものづくりの力を医療に 社長兼医師、放射線防護板 「スクランブル」
2022年5月18日 (水)配信共同通信社
自動車部品メーカーが金型製造で培った技術を生かし、医療現場の労働環境改善に貢献する。女性医師が多く携わる心臓カテーテル手術での放射線被ばくを大幅に減らす防護板開発に成功。自ら手術も行う異色の社長が主導し「医師を守りたい」との願いが実現する。
開発した企業は愛知県清須市の「エムエス製作所」。自動車のドアや窓の縁に付け雨風を遮断する「ウェザーストリップ」と呼ばれるゴムの金型の製造を手がける。
循環器内科医と経営者の二足のわらじを履く迫田邦裕(さこだ・くにひろ)社長(43)は「ものづくりの力で医療に貢献できないかと模索していた」と言う。2020年末に医師仲間から「妊娠中の女性医師を被ばくから守れないか」と相談され、共同開発をスタートした。
近年、心臓弁膜症に対するカテーテル手術が普及。足の付け根などから心臓の血管まで管を挿入する手術で、胸部を開かないため患者への負担が少ない点が特徴だ。管やクリップなど挿入する器具の位置を的確に把握するため手術中は患者へ放射線の照射が必要だが、麻酔科医や心エコー医などの被ばくを防ぐ環境整備は不十分だった。従来の防護板は使いづらさや効率が落ちるなどの理由で、現場では設置されないケースも多いという。
心エコー医の30代女性は「無防備な感じが強い。妊活中は公には言えないが、放射線を浴びたくない」と不安感をあらわにする。
防護板は、作業効率を維持したまま、医療従事者の被ばくを従来の10分の1に抑えられる。高さ約180センチ、幅約90センチ。板に用いた鉛が放射線をカット。手術時に左右の開口部から手だけを出すことで被ばくを最小限にする。医師の身長や体格に合わせ開口部の高さを変更できる。板の上部にも鉛が使われているが、透明にしたため手術の際の視界に影響はない。
8月ごろに発売予定で価格は検討中。東京、三重、大阪、高知、福岡の各都府県や海外の病院から問い合わせがある。
仲間で開発に協力した帝京大の片岡明久(かたおか・あきひさ)医師(45)が約2年前に実施した調査によると、心臓の弁がうまく働かない「僧帽弁閉鎖不全症」のカテーテル手術治療を行う国内全58の医療機関のうち20がメインで手術に携わる女性の心エコー医を抱えていた。若手の心エコー医で女性の割合は年々増加傾向だという。
週2日は大分県国東市の病院で働く迫田社長。心筋梗塞などを治療するカテーテル手術時に自身も被ばくしていた。「製造業で培ってきたノウハウを生かせた」と語る。片岡医師は「女性のキャリア形成の観点からも環境整備は喫緊の課題だった」と指摘。「医療現場の思いをようやく形にできた」と笑顔で話した。