温泉クンの旅日記

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禰宜の畑温泉③ 静岡・西伊豆

2006-12-03 | 温泉エッセイ
< 学校温泉③ >

 あまりにも早寝したものだから、まだ真っ暗な五時に起きてしまった。

 朝の長風呂をゆっくり済ませ、積み重ねた百円玉でテレビをつけニュースを延々
と観ていると、やがて朝食の案内が放送された。
 またも一番で食堂に駆けつけ、鯵の干物と蟹の味噌汁で、丼に軽く二杯を昨夜と
は別人のようにもりもり食べると、速攻で帰途に着くことにした。雪が心配なの
だ。

「土肥から修善寺に抜ける峠ですが、雪はだいじょうぶでしょうかね?」
 昨日のカップ酒二本込みで五千四百円、という馬鹿安な料金を払いながら、やさ
しそうなおじさんに訊いた。いつだったか、その峠を越えたときにかなりな雪で
怖い思いをした覚えがあるのである。

「ああ、だいじょうぶですよ。このへんでこの気温ですから問題ないでしょう」
 よし、決まった。
 なあに最初から決めていて、なんとなく駄目押しがほしかっただけである。今日
の帰りは、東名の足柄インターで売っているアツアツ上海餅が唯一の楽しみなの
だ。


 
 堂ヶ島を過ぎたところで脇道にはいり、朝早くからやっている浮島温泉の共同
浴場で立ち寄り湯をして、熱めの湯で気分をシャキッと変えると一目散に土肥に
ひた走った。

 土肥の町を右折したところで、電光案内板に「雪、チェーン必要」の文字があっ
たがみなかったことにする。まだ、だいじょうぶなはずだ。対向車の屋根やタイヤ
をみても、積雪もないし、チェーンの装着もない。とにかく急ごう。

 峠の中腹あたりから、なにか怪しい雰囲気になってくる。



 道に積雪がないのをのぞけば雪国っぽい風景だ。山の上のほうが真っ白になって
いる。すこし吹雪いてきた。
 あとすこしで頂上というところに、左手に大きな土産物屋があるのだが、その
うっすら積雪した駐車場に除雪車が動いていた。あと数時間もすれば、通行が難し
くなりそうだ。

 長いトンネルを抜けたところで四、五台の車が止まってチェーンを装着してい
る。トンネルのこちら側は、道も、すでに雪国だった。わたしの頭のなかも雪原
のように一瞬すべて真っ白になって思考が停止してしまう。

(おいおい、本当かよ! ま、まずいなあ・・・)

 避けるために対向車線を走りながら、不安に心臓を鷲掴みされてつい呟いてしま
う。ここからは下りである。雪道は下りのほうがだんぜん怖い。
 チェーンをつけているトラックの運転手がタイヤの奥に手をつっこんだ拍子に、
反動で対抗斜線にグイーと足が伸びたものだから、轢きそうになって慌てる。切り
抜けた瞬間、ハンドルを握った手のひらに汗が吹き出た。

 踏み固められた雪がタイヤに踏まれて弾け、シャリシャリと音をたてる。
 道の両側に雪がけっこう積もっている。
 思考も決断もできないままにゆっくり走らせていくと、その両側のあちこちに
車が何台も止まっている。おかしい。こんなところに駐車するはずがない。それも
下手糞な止め方で。尻を振って動かなくなった車を置いて、徒歩でどこかにいった
のだろうか。
 ますますスピードを落としてゆっくりくだっていくと、渋滞していた。あきらめ
て土肥に戻る車もいる。

(さあ、どうする。延々と時間かけて松崎まで戻って下田に抜けるか。しかし、低
いけどそれも山越えで雪が安心かどうかの保証はない。石廊崎を通って南伊豆を
ぐるっと迂回するのも途方もない時間がかかる・・・午後になれば平地でも積もり
始めるだろうし・・・)

 戻るも進むも、ここが決断の時だ。よーし、しょうがない、このまま峠をゆっく
り降りよう。
 わたしは開き直って、そう腹を決めた。この車のタイヤはマッド・アンド・スノ
ー、たしかすこしぐらいの雪は平気と聞いた。それを信じよう。とても「すこし
ぐらい」とは思えない雪の量だが。

 しばらくして動き出すと、渋滞の原因が、雪で立ち往生した乗用車がレッカー
車を呼んだのだとわかった。しばらく下ると、雪のせいで追突し大破した二台の
車、車をあきらめ歩き出している人たち。
 ラジオを止め、外の音を聞き取るために窓をすこしあける。ギアをローにして
エンジンブレーキを最大に効かせ、時速十キロぐらいでソロソロ進む。抜き足
差し足といった感じ。前の車との距離を充分にとった。



(タイヤよ、頼むから頑張ってくれよォ! おい、後ろのトラック! もうすこし
車間距離とってくれ!)

 自分の判断の甘さを反省する、なんていう余裕も、いまは微塵もない。ひたす
ら、充分に車間距離を置いた前の車を注視する。残りの全身の神経をかきあつめ
て、まるで自分の足の裏のように、四つのタイヤの接地面に集中させた。滑るな
よ。ゆっくりでいいから、がっちりな。

 対向車線を二台の除雪車が、雪を蹴散らかして轟音をあげて昇っていく。
 すれ違う乗用車の、室内には、運転手の真剣な顔、同乗者たちの心配そうな顔が
ならぶ。たぶん、向こうからみればこちらの車線の車のなかも、まったく同じはず
だ。余裕かましているのは、チェーンを嵌めた車ぐらいのものだ。

 重要人物の葬儀のとき、連なった車が墓場を早足ぐらいの速度で走行するよう
に、一団の車が、いまや銀世界となり果てた吹雪の伊豆山中を静々と、そして
ひたすらソロソロとくだっていくのであった。


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