温泉クンの旅日記

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禰宜の畑温泉② 静岡・西伊豆

2006-11-30 | 温泉エッセイ
  < 学校温泉② >

 校庭に車を止めザックとパソコンを担ぐと、学校の玄関に向かう。ほほう、なる
ほど。玄関の横には薪しょって本を読んでいる、レイの二宮尊徳像がある。

 いかにもこの小学校卒業のおばさん、といった感じのひとに案内された部屋は、
一階の十四畳の、建付けが悪くあちこちに隙間がある寒々しい部屋であった。壁の
あちこちに注意やら、お願いが書かれた手書きの貼り紙がべたべたと貼られてい
る。



 左側の壁に、変わった長方形に板を打ちつけてあるが、もとは黒板だったとすぐ
にわかる。ひとつの教室を区切って二部屋にしたのだろう。校庭がみえる大きな窓
ぎわに電気炬燵と石油ストーブが置かれていた。
 石油ストーブはスイッチをいれてもなかなか作動しないし、やっと作動しても
五分足らずで自動的に切れてしまうので、暖は炬燵でとることにした。

 座敷への上がりくちに、古ぼけた金庫があり、そのうえに小さなテレビが載って
いる。いまどき硬貨をいれないと観られないテレビも珍しい。百円で一時間観られ
る。電波の受信が悪いせいかテレビのせいか、まともに写るのはNHKぐらいで、
民放は活字の潰れた新聞をみているみたいで、しばらく見続けると目と頭がおかし
くなりそうだ。

 さっそく温泉にいってみた。男湯と女湯各ひとつ。露天はむろんない。

 男湯の浴槽は、なんといったらいいだろうか。レトロな、アルミの仕切りひとつ
の弁当箱を思ってくれるとわかりやすい。
 おかずをいれる狭い長方形が、ひとり用のタイル張りの浴槽である。ご飯をいれ
る大きな長方形が、檜の浴槽だ。こちらは無理すれば四、五人はいれるだろう。
どちらも、かなりのぬるめである。ご飯のほうよりおかずの浴槽のほうがすこし
温かい。それでも三十八度ぐらいか。



 まだ他の客がいないので、ご飯とおかずの浴槽を弁当食うように交互に使い、ゆ
っくりはいった。というか、あまりにもぬるすぎて浴槽を出るタイミングが皆目わ
からないのだった。
 あとで読んだが泉質は含芒硝石膏泉、泉温は三十九度と低い。ぬるめでさっぱり
系の、まったくゆるゆるとしたパンチのない湯だが、さすがに温泉なので身体の芯
が温まった。

 一階には、部屋の向かいに男女それぞれのトイレ、宿泊室は他に三部屋あった。
今日はわたしのほかにあと二組が一階に泊まるそうだ。二階は無人の真っ暗闇だ。

 いやなものを見た。正確には読んだ。あー、まいった。
 あちこちにある「お願い」の貼り紙である。
 出発前のお手伝い・・・使用済みのシーツ、布団カバー、枕カバーをまとめて廊
下にだしてくれ。ノー・プロブレム、まったく問題ない。

 問題は、食事後のお手伝い・・・だ。「配膳は当荘の職員がいたしますが、食事
が終わりましたら、残飯は備え付けのポリ容器に捨て食器別に揃えてカウンターの
上へ出してください」とあった。
 残飯! ああ、なんということだ。自分で残したのは自分で片付けるの? 

 やだ。残した食べ物を罪悪感と自己嫌悪にかられながら、自分でゴミ容器に捨て
るの、絶対駄目、やだ。呑むなら(あんまり)喰うな喰うなら(あんまり)呑むな
流派に属する酒好きである。夜はそんなに食べられないのだ、ぼくは。いかん、
取り乱したので、つい「ぼく」って書いてしまった。ああ、このお願いを読んで、
気分が真っ暗けェになってしまう。


「食事の用意ができましたので、食堂のほうへお越しください」

 校舎に、男のひとの声で放送が高らかに流れた。食堂棟は別棟にある。
 恐る恐る一番で食堂にいくと、やさしそうなおじさんがいた。
 五十人ぐらい食べられそうな食堂には、三組分がテーブルにセットされていた。
ひとり用のセットの前にすわった。小さな鉢には、切干大根みたいなのがはいって
いる。大きな皿に、そこらへんの惣菜屋で買ってきたような冷えたコロッケとフラ
イドチキンとキャベツの千切り、コンニャクの刺身。それと、ガスコンロに載った
寄せ鍋。なかには蓋が持ち上がるほどカニ、海老、鳥、貝と野菜がてんこ盛りに
はいっている。

「ひとりだから、その鍋、もうダシはいってるよね? 自分で火つけられるね?」
「あ、はい。あのぅ・・・これって、食べ終わったらどうすれば?」

 あんだって、この馬鹿野郎、あちこちに書いてあるだろう! そう、ドスの効い
た声で言われると思ったが上目づかいに小声で訊いてみる。
「ああ、全部あそこのカウンターの上に置いといてくれればいいよ。あとね、なに
か呑むならそこにカップ酒とビールあるから、帳面に書いといてね。あと、お茶の
お湯はそこだからね」
 帳面とは実に古い言葉だが、残飯問題の懸案が霧消したので素直に耳にはいる。

「はーい! わかりました」
 急に元気になる。いやいや嬉しい、助かった。そうなんだ。ありがたい、今日は
いいんだ。甘ったるいカップ酒でもいいや、呑もう。
 ああ、呑み物はそこにありますから、帳面に書いとけばいいらしいですよ。あと
からきた二組の熟年カップルも余裕を持って、厨房に消えたおじさんの変わりに
いそいそ迎える心もちになってしまう。
 結局、料理の五、六十パーセントを残してしまった。



 部屋に戻ると、さあすることがない。静かである。隣の部屋の会話がボソボソ
と聞こえてくる。
 とりあえず布団を敷いた。毛布がいっぱいあったので、シーツを使わずに毛布
を二枚使った。あとで、そこにもぐりこむことにするつもりだ。

 ラジオがわりにテレビをつけて、ザックから焼酎をだして、炬燵で水割りをチビ
チビ呑み始めた。
 あらら、まいったな。天気予報によると、明日は雪が予想よりはやく降り始める
らしい。もう伊豆の山奥にいるわけだから、まあ悩んでもしょうがない。なるよう
にしかならん。

 すこし冷えてきたので、もう一度長風呂をしにいった。またも誰もいないので、
弁当箱でぬるめの長湯をしてしまう。
 十時のはるか前に毛布の間に身体をいれたとたん、「午後十時をすぎたら他の
お客様のご迷惑になりますので、お静かにするようお願いいたします」と壁に貼ら
れたその注意書きをきっちり守って、あっけなく爆睡してしまった。

 この学校が現役のころの、大昔のお子様時間である。
 もっとも、注意書きどおりの静かなスヤスヤ眠りだったか、ガーゴー往復いびき
が校舎に轟いたかどうかは本人にはまったく関知できないが。

    <③に続く>

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