<星に願いを>
松之山温泉は、国道をはずれてから思ったより遠かった。
二度目だが随分と前のことなので、頭が勝手に記憶のなかにある経路を短くデフォルメしてしまったようだ。
松之山を通り過ぎてもうすこし行くと、日本の原風景のような里山が広がる。
温泉街の入り口で、百合のひと群れが歓迎してくれた。
松之山温泉で入浴だけしたいなら「鷹の湯」という日帰り施設もある。その鷹の湯の周辺が温泉街で、宿が立ち並ぶ。
本日の宿だが、「天の川観賞」というプランでの宿泊だ。
部屋にはいったら、なにをおいてもまずひと風呂である。
大浴場より、部屋に近い露天「月見の湯」を選んだ。
たしかに、ここで月見しながらはいれば最高である。
この松之山温泉は群馬の草津、兵庫の有馬とともに日本三大薬湯のひとつといわれ、薬効の高い温泉で、いわく約千二百万年前の化石海水の温泉だそうだ。
だから舐めるとかなりしょっぱい。
泉質は弱アルカリの塩化物泉だがホウ酸の含有量は日本一で、そのためか金属臭に似た香りが軽くする。
部屋で呑み始めると、もう夜空なんかどうでもよくなってしまう。空は曇っているのでたぶん中止になるだろう。いや、なってほしい。
夕食の途中で、今夜の観賞会の中止を確認するためにフロントに電話すると、なんと決行とのことで、呑みのテンションが急減速してしまう。しょうがない、いくか。
夕食をすませると、宿の玄関前からマイクロバスに乗せられた。
遅れて来た家族連れが、出発したバスのなかで夕食のデザートの「甘酒のババロア」がとてもおいしかったと声高に話していた。甘いと思って食べなかったが、失敗だったか。でも、ご飯はさすがに新潟だ、旨かった。
五分ほど走ったところにある真っ暗な広場の一角で降ろされる。
マイクロバスのスモールライトの灯りで、その一角のところに天体望遠鏡が設置してあるのがみえた。
駐車場なのかもしれない。望遠鏡のそばの地面には茣蓙が何枚も敷きつめられ、浴衣姿のさまざまな宿の泊り客が仰向けに寝転んでいる。
全員が降りたところで、バスはエンジンとライトを切る。
「これを覗いてみてください」
どうやらまずは、この望遠鏡をみてから寝転がるようだ。覗いた客が驚きの声をあげている。
わたしの順番がきて接眼レンズを覗きこむ。
・・・これは! おおー、これは土星だ。綺麗なドーナツ状のものもはっきりとみえて思わず興奮してしまう。
空いている茣蓙で寝転んで、暗い夜の底から空を見上げる。これなら頸椎に爆弾を抱えるわたしも夜空を観賞できる。酒をほどほどのペースにしておいてよかった。
満月がぽっかり浮かんでいる。子どもの声がするから親子連れもかなりいるようだ。
最後の宿のマイクロバスが到着して、やがて全員が茣蓙に寝たようだ。昼間の猛暑が嘘みたい一転して、とても涼しい。
「では、これから星空の観賞をはじめます。なお、本日は流星群が観られるはずですので、もしもみつけたら、すぐに願いを三回いってみてください。このあいだなど『かね、カネ、金』と叫ぶといったひとがいましたが、まあ、短いほどいいですから」
これは、ちょっと受けて、暗闇の底のあちこちで笑い声がおこった。
「流れ星はこちらの空から現れ、こちらの空のほうへ流れるはずです」
レーザー・ポインターの光が夜空を切り裂くように動いた。
わたしはなにを、短く三回願えばいいのだろう。ちょっと悩む・・・。どうやら全員も静かに検討しているようだ。
それから、ポインターを空に走らせて星と星座の名前や由来、地球との距離など一時間ほど面白おかしく説明してくれた。見上げる夜空の半分ほどが雲に覆われていて本来の予定である天の川は観えなかった。
わたしはといえば、秘かに流れ星をずっと探しているのであった。
宿に戻ると、地面に長時間寝転んで冷え切った身体を大浴場の温泉で温めるとこにした。
すっかり酔いが醒めてしまったので、温泉で温まったら部屋で呑みなおそう。
願いを決めていたのに、流れ星は、寝転んでいる時間帯には一個もみつけられなかった。しょうがないので帰りがけ、一番明るい星に向かって三度願いを呟いたのだった。
→「正統派のへぎそば」の記事はこちら
松之山温泉は、国道をはずれてから思ったより遠かった。
二度目だが随分と前のことなので、頭が勝手に記憶のなかにある経路を短くデフォルメしてしまったようだ。
松之山を通り過ぎてもうすこし行くと、日本の原風景のような里山が広がる。
温泉街の入り口で、百合のひと群れが歓迎してくれた。
松之山温泉で入浴だけしたいなら「鷹の湯」という日帰り施設もある。その鷹の湯の周辺が温泉街で、宿が立ち並ぶ。
本日の宿だが、「天の川観賞」というプランでの宿泊だ。
部屋にはいったら、なにをおいてもまずひと風呂である。
大浴場より、部屋に近い露天「月見の湯」を選んだ。
たしかに、ここで月見しながらはいれば最高である。
この松之山温泉は群馬の草津、兵庫の有馬とともに日本三大薬湯のひとつといわれ、薬効の高い温泉で、いわく約千二百万年前の化石海水の温泉だそうだ。
だから舐めるとかなりしょっぱい。
泉質は弱アルカリの塩化物泉だがホウ酸の含有量は日本一で、そのためか金属臭に似た香りが軽くする。
部屋で呑み始めると、もう夜空なんかどうでもよくなってしまう。空は曇っているのでたぶん中止になるだろう。いや、なってほしい。
夕食の途中で、今夜の観賞会の中止を確認するためにフロントに電話すると、なんと決行とのことで、呑みのテンションが急減速してしまう。しょうがない、いくか。
夕食をすませると、宿の玄関前からマイクロバスに乗せられた。
遅れて来た家族連れが、出発したバスのなかで夕食のデザートの「甘酒のババロア」がとてもおいしかったと声高に話していた。甘いと思って食べなかったが、失敗だったか。でも、ご飯はさすがに新潟だ、旨かった。
五分ほど走ったところにある真っ暗な広場の一角で降ろされる。
マイクロバスのスモールライトの灯りで、その一角のところに天体望遠鏡が設置してあるのがみえた。
駐車場なのかもしれない。望遠鏡のそばの地面には茣蓙が何枚も敷きつめられ、浴衣姿のさまざまな宿の泊り客が仰向けに寝転んでいる。
全員が降りたところで、バスはエンジンとライトを切る。
「これを覗いてみてください」
どうやらまずは、この望遠鏡をみてから寝転がるようだ。覗いた客が驚きの声をあげている。
わたしの順番がきて接眼レンズを覗きこむ。
・・・これは! おおー、これは土星だ。綺麗なドーナツ状のものもはっきりとみえて思わず興奮してしまう。
空いている茣蓙で寝転んで、暗い夜の底から空を見上げる。これなら頸椎に爆弾を抱えるわたしも夜空を観賞できる。酒をほどほどのペースにしておいてよかった。
満月がぽっかり浮かんでいる。子どもの声がするから親子連れもかなりいるようだ。
最後の宿のマイクロバスが到着して、やがて全員が茣蓙に寝たようだ。昼間の猛暑が嘘みたい一転して、とても涼しい。
「では、これから星空の観賞をはじめます。なお、本日は流星群が観られるはずですので、もしもみつけたら、すぐに願いを三回いってみてください。このあいだなど『かね、カネ、金』と叫ぶといったひとがいましたが、まあ、短いほどいいですから」
これは、ちょっと受けて、暗闇の底のあちこちで笑い声がおこった。
「流れ星はこちらの空から現れ、こちらの空のほうへ流れるはずです」
レーザー・ポインターの光が夜空を切り裂くように動いた。
わたしはなにを、短く三回願えばいいのだろう。ちょっと悩む・・・。どうやら全員も静かに検討しているようだ。
それから、ポインターを空に走らせて星と星座の名前や由来、地球との距離など一時間ほど面白おかしく説明してくれた。見上げる夜空の半分ほどが雲に覆われていて本来の予定である天の川は観えなかった。
わたしはといえば、秘かに流れ星をずっと探しているのであった。
宿に戻ると、地面に長時間寝転んで冷え切った身体を大浴場の温泉で温めるとこにした。
すっかり酔いが醒めてしまったので、温泉で温まったら部屋で呑みなおそう。
願いを決めていたのに、流れ星は、寝転んでいる時間帯には一個もみつけられなかった。しょうがないので帰りがけ、一番明るい星に向かって三度願いを呟いたのだった。
→「正統派のへぎそば」の記事はこちら
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