温泉クンの旅日記

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2006-08-13 | 旅エッセイ
  < 鯵 >

 旅が年に一、二度だったころ、宿代は二万円から二万五千円の間が標準と思って
いた。箱根とか伊豆へ行くことが多かったからだ。名前がとおった旅館であると
一泊二食で二万三千円ぐらい取られた。それでもあまり旅行しなかったものだか
ら、そんなものかと納得して払っていたのである。
 客の数が平均以上に常にあったものだから旅館サイドもリピーター客を増やそう
とはまったく思っていなかったフシがある。

 あちこち旅したいまは違う。湯河原も含め箱根も伊豆も宿代が高い。すこしは料
金を下げたりして、リピーターの獲得に目覚めたようだがまだ本気と思えない。
バブルのころを引きずっている。



 箱根の仙石原に「H」とうい手ごろな宿がある。宿というより、この宿泊施設は
研修所といったほうがぴったりくる。四千坪の広い敷地をもっていて、もちろん
天然温泉にはいれる。
 この手ごろとは宿代が安いという意味だ。とにかく箱根にしてはべらぼうに
安い。素泊まりで四千円、二食つけても六千円ほどである。
 サラリーマンは週末を上手に利用しないと遠くへいけないので、たいてい金曜の
夜出発する。仕事からいったん帰宅してから出かけるのである。箱根は自宅のある
横浜からは二時間かからない距離で、西方面に旅するときに一泊目に使うのに最適
である。

 ここで食べた朝食が忘れられない。

「すいませんね。もう炊き上がりますからね」
 食堂にはいっていくと、体育会系の食欲旺盛なグループがいたため用意したご飯
がなくなって、慌てて炊いているとのことであった。
 食堂の外にひろい庭があった。お茶を飲みながら外の景色を眺めているとご飯が
炊けて、テーブルについた。



 小さめな鯵の干物と香の物にご飯と味噌汁の、これ以上の質素あったら出てこい
という献立であった。和食の原型セットといえなくもない。玉子と海苔があったか
もわからないが、まるで思いだせない。
 炊きたてのご飯がおいしくて何度もおかわりをしてしまう。

 けれどもおかずが足らず、配分按配に煙があがるほど頭脳を酷使する。
 いま毟って口にいれた鯵の身は多すぎた、ゼータクしてしまった。これでは三杯
食べられないぞ。さすがのご飯好きも、ライスをおかずにというわけにはいかな
い。
 おかずはちょびちょび路線でいかねばと眦決して猛反省。味噌汁ズビの飯ガバ、
鯵チョビの飯ガバだ。生まれてはじめて小さな鯵を真剣に、頭も骨も尾っぽも干か
らびて凝縮しちゃっただろう魂も、なにもかもおかずにして食べた。
まるまる取りこまれた質素のきわみが、ボクのなかに生来あるそれをバージョン
アップしたのだろう。以来、どこの宿で朝食を食べてもなぜか豪華に感じてしま
う。悲しい。


「温泉は山ですよ。熱海などはもうお湯が枯れて海の水汲んで混ぜてるんですよ」
 ここの天然温泉に浸かって堪能したわたしに、ここの主人かも知れない爺さんが
こう言い切った。なるほど、海の水を温めれば塩化物泉には違いない。聞いた瞬
間、まだ旅に純だったわたしの脳髄の印画紙に焼きついた。

 温泉は山、温泉は山。完璧に刷り込まれたこの呪文はあれから数年たったいまで
も、わたしの旅をかなり左右する影響を残している。

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