温泉クンの旅日記

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棘(とげ)

2006-08-10 | 雑文
  < 棘 >

「お前さー、メールってなんかアタマくることない?」

 最近どっかへ旅したの。行きつけの呑み屋のいつも座る壁際の席に陣取り、お決
まりの乾杯をしたあとそう訊かれて、頷いたわたしが話し出そうとした瞬間に、
失礼にも質問した友人はいきなり遮った。メールが原因で大事なひとと喧嘩をして
いるらしい。
 
 ある日の午前中、たとえば九時ジャストにしばらく逢っていないカノジョに、
今日逢えませんかとの内容でメールを発信したらしい。



 十時、まだ返信がこない(まだ、読んでいないのかな)。
 十一時、返信無し(会議とかのよんどころのない事情で返信できないのか。まて
よ送信先を間違えた?いやあってるぞ)。
 正午、返信無し(チェッ、もーまったく電子メールの意味ないじゃないか。電話
のほうがよかったか。しかし昼休みだからもうすぐくるだろう)。
 午後一時無し、午後三時まで三十分おきにチェックするが返信無し(もう、今日
逢うのはたぶん無理だろう。なんだヨ居留守かよ、ふざけやがって)。

 午後四時過ぎ、返信を受け取る(ケッ、いまごろ打ったっておっせえーんだ
よ)。

 開けてみると、思ったとおり、今日は都合が悪いというとの内容に怒り心頭、
他にも小さな憤懣の蓄積があったのか友人は連絡をしばらく絶った。数日後、こん
どはカノジョから邪推と決めつけに満ちたメールが届き、そのなかに許しがたい
棘のある言葉が何本か含まれていてそれが友人の逆鱗に触れた。土足で踏みつけら
れた気分。よっぽど頭にきたのだろう、その言葉は教えてくれない。トゲにはトゲ
を仕込んでお返しのメールをしたらしく、それでついに音信不通となったらしい。
あたりまえだ。他人にはどうにもつまらない原因であるが、すでに一ヶ月経過して
いるというから重症だ。なんともメール恐るべしである。

「すて・・・はは、あ、いや失礼。それでいつまで冷却期間をおくつもりなんだ
い」
 捨てられたんじゃないの、喉元まで出かかったのをようやく呑みこんでわたしが
言った。しゃーない、今日はこいつを慰めてやってゴチになろう。
「わからん、いいさ。たぶんいま無理に逢っても、怒鳴りあいか罵りあいとなるの
は目にみえているし。もうダメかも。・・・なあ、メールでもね、最低の礼儀は
あるんでないかい。メールじゃなくて顔をつき合わせて伝えるべきものってあるだ
ろ・・・。冷酒おかわりしようぜ。うるせえな、あいつ」

 友人自身はどうやら礼儀は正しいと思ってるらしい。隣のテーブルの携帯で話し
ている女性をするどく睨みながら、コップの冷酒を空ける。
「声がでかい。わかったけど関係ないひとに当たるな。それにそんなにガブガブ
呑むなよ」
 親の形見か大事なお守りみたいに、肌身離さずケータイしやがってバカタレが、
本でも読め。赤い目でぶつぶつ言いながら、回った酔いに友人の体はゆらゆら揺れ
ている。

 携帯のメールはたしかに便利なものである。最初のころ三十文字ぐらいに制限さ
れていたのが、いまや何百文字も送れるようになった。文字数が少ないころは、
受取るひとに誤解なく正しく伝えようと、あたかも俳句を創作するように言葉を
選び文面を工夫せざるを得なかった。字数の制限がとれたころから、工夫も大事な
言葉選びや推敲もその必要がなくなった。だから書きっぱなしの垂れ流しである。

 電話は、性別とか年齢とかの情報だけでなくそのひとのいまの気持ちも聞こえて
くる声に反映する。
 メールは葉書に近い。誰かにみられるし、「活字」で複数の受取人に送ることも
ある。肉筆であれば文字には自然に心がこもるし、読むとそのひとのやさしい眼差
しの笑顔も浮かぶ。ところがメールの活字は他人行儀で、仮面のように無表情であ
る。

 あるいは不機嫌でつまらなそうな顔。仮面だから羞恥心やマナーがなくなりやす
い。加えて匿名となれば鬼に金棒、モラルも根こそぎ霧消して混浴も出会い系サイ
トもへいちゃらな気分、まったくの別人になれる。使う言葉もくだけ、あげく身持
ちもやわらかくなってしまうのだろう。



「だからさあ、肉筆で葉書を書くような真摯な心持ちでメールを打てばいいんだよ
な。あれっ、おい寝るなってば。オ・キ・ロー。起きてこんどはオレの旅の話、
聞けよ」
 壁にもたれて居眠りしている友人が、背筋に高圧電流をながされたようにビクっ
と目を覚ました。胸ポケットの携帯がブルブル振動したのだ。
「残念でした、目の前のこのオレだよ。いまお前の携帯鳴らしたのは。ワルイ悪
い」

 わたしは拝みながら、携帯を切るとテーブルに置いた。
「てめえー、いい友達だよホント・・・。ン!!」
 友人がピクっと身体を起こすと、左胸を押さえ、目を丸くしてわたしの携帯を
みつめてなにか呟いた。これってお前じゃないよな・・・、そうかすかに聞きとれ
た。

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