<渋温泉 外湯巡り(3)>
九番湯(大湯)
もともとは熱い湯は苦手だった。
それが信州の野沢温泉や渋温泉、九州は杖立温泉、山陰の湯村温泉などなどに鍛えられて、かなり平気になったのだ。
それでも八湯連続はこたえる。ここまで巡る途中の道すがらで、掛け湯をせずにはいり外湯の前の水道で下半身を冷やしているひとや、浴衣はだけて行き倒れている俄か温泉通を今日は運よくみかけなかった。
でも八番湯まではいったから、麻雀でいうリーチ状態だ。
ここらで、控えていた煙草に火をつける。慌てる必要はない、あとひとつ、楽勝だ。
大湯屋上には「和合道祖神があった。
その横にある足湯「のふとまる」である。注がれている湯は大湯と同じ源泉の茶色のお湯だ。「のふとまる」とはこの地の方言で「あたたまる」という意味だそうだ。熱湯だから「あたたまる」よりは「茹だる」の意味の方言のほうがいいのではないか。
九番湯の「渋大湯」は一番広いし、宿泊客でなくてもここは日帰りではいれるから、四六時中お湯がこなれていてちょうどいいはずだ。
入り口は半地下になっている。
脱衣場も広くて立派なものだ
いよいよラスト総仕上げ、結願をこめての入浴だ。この湯の効能はリュウマチ、神経痛、子宝とある。しかし、ここまでどこも熱すぎて、願いをこめるどころではなかったな。
いままでの外湯では、浴槽に三人はいればいっぱいであったが、ここは広い。
願いをこめて入浴したのであった。
『渋温泉を代表する名湯。九湯の中で最も立派な建物である。浴室とは別に檜の蒸し
風呂もあり、大きな湯船は湯の注ぐ熱湯と温湯の二つに仕切られている。湯船に
注がれているのは茶色の鉄の香りがするお湯で、万病に効くといわれる』
九湯巡りをすべて終了した後は、大湯のすぐそばの「高薬師」に詣でて満願成就を願うのだが、七十八の石段を見上げてやめておく。急傾斜の石段の、登りはたぶん問題ないが、九湯の湯疲れで降りるときに眼が眩みそうだ。
渋温泉の外湯巡りを制覇したひとは、それはそれはたいしたものだ。温泉好きくらいのレベルでは、九湯すべてを一気に達成することはまことに困難である。
どうしても達成したいのなら、ムキにならずに二日にわけてやるとかしたほうが無難だ。子どもはやめておいたほうがいいし、女性は大湯ぐらいをつきあって、あとは連れの無事生還を祈って部屋で寝転んで待っているのが正解だ。三度湯巡りをしているわたしは、いま深くそう思う。
なお、外湯めぐりの番外湯として「温泉寺」の境内に信玄かま風呂というのがある。
なんでも武田信玄が戦で傷ついた兵士達の療養に利用したという言い伝えがあり、風呂の元祖といえる京都の「東福寺」のかま風呂を模しているとのことだ。
そんなのはもういいや。温泉は満腹である。
よし、宿にもどって、冷たいビールでも呑むとするか。そして夕食前に宿の露天風呂もいってみるとしよう。(って満腹してないんかい)
注)話の都合上、一番湯から九番湯まで順番に書きましたが、実際には順番不揃い
で点在しており、連続には並んでいませんのでその点ご了承ください。
→「渋温泉 外湯巡り(1)」の記事はこちら
→「渋温泉 外湯巡り(2)」の記事はこちら
九番湯(大湯)
もともとは熱い湯は苦手だった。
それが信州の野沢温泉や渋温泉、九州は杖立温泉、山陰の湯村温泉などなどに鍛えられて、かなり平気になったのだ。
それでも八湯連続はこたえる。ここまで巡る途中の道すがらで、掛け湯をせずにはいり外湯の前の水道で下半身を冷やしているひとや、浴衣はだけて行き倒れている俄か温泉通を今日は運よくみかけなかった。
でも八番湯まではいったから、麻雀でいうリーチ状態だ。
ここらで、控えていた煙草に火をつける。慌てる必要はない、あとひとつ、楽勝だ。
大湯屋上には「和合道祖神があった。
その横にある足湯「のふとまる」である。注がれている湯は大湯と同じ源泉の茶色のお湯だ。「のふとまる」とはこの地の方言で「あたたまる」という意味だそうだ。熱湯だから「あたたまる」よりは「茹だる」の意味の方言のほうがいいのではないか。
九番湯の「渋大湯」は一番広いし、宿泊客でなくてもここは日帰りではいれるから、四六時中お湯がこなれていてちょうどいいはずだ。
入り口は半地下になっている。
脱衣場も広くて立派なものだ
いよいよラスト総仕上げ、結願をこめての入浴だ。この湯の効能はリュウマチ、神経痛、子宝とある。しかし、ここまでどこも熱すぎて、願いをこめるどころではなかったな。
いままでの外湯では、浴槽に三人はいればいっぱいであったが、ここは広い。
願いをこめて入浴したのであった。
『渋温泉を代表する名湯。九湯の中で最も立派な建物である。浴室とは別に檜の蒸し
風呂もあり、大きな湯船は湯の注ぐ熱湯と温湯の二つに仕切られている。湯船に
注がれているのは茶色の鉄の香りがするお湯で、万病に効くといわれる』
九湯巡りをすべて終了した後は、大湯のすぐそばの「高薬師」に詣でて満願成就を願うのだが、七十八の石段を見上げてやめておく。急傾斜の石段の、登りはたぶん問題ないが、九湯の湯疲れで降りるときに眼が眩みそうだ。
渋温泉の外湯巡りを制覇したひとは、それはそれはたいしたものだ。温泉好きくらいのレベルでは、九湯すべてを一気に達成することはまことに困難である。
どうしても達成したいのなら、ムキにならずに二日にわけてやるとかしたほうが無難だ。子どもはやめておいたほうがいいし、女性は大湯ぐらいをつきあって、あとは連れの無事生還を祈って部屋で寝転んで待っているのが正解だ。三度湯巡りをしているわたしは、いま深くそう思う。
なお、外湯めぐりの番外湯として「温泉寺」の境内に信玄かま風呂というのがある。
なんでも武田信玄が戦で傷ついた兵士達の療養に利用したという言い伝えがあり、風呂の元祖といえる京都の「東福寺」のかま風呂を模しているとのことだ。
そんなのはもういいや。温泉は満腹である。
よし、宿にもどって、冷たいビールでも呑むとするか。そして夕食前に宿の露天風呂もいってみるとしよう。(って満腹してないんかい)
注)話の都合上、一番湯から九番湯まで順番に書きましたが、実際には順番不揃い
で点在しており、連続には並んでいませんのでその点ご了承ください。
→「渋温泉 外湯巡り(1)」の記事はこちら
→「渋温泉 外湯巡り(2)」の記事はこちら
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