温泉クンの旅日記

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温海温泉 山形・鶴岡

2006-05-27 | 温泉エッセイ
 < 風の町 >

 朝の十時過ぎに新潟をでた特急は、温海の駅にちょうど昼ごろに着いた。二時間
弱の所要時間である。酒と強めの暖房でほどけきった身体が、ホームで冷気に思い
切り抱きすくめられ、キュッとひきしまった。わりと小奇麗な、売店と待合所が
駅舎のなかにある。

 温海は新潟と山形の県境にある温泉の町である。名前の由来は、流れ出した温泉
で海が温かくなったところからきているらしい。静岡県の熱海と同じようなもの
だ。
 改札をでると、先に特急を降りていた旅の若い女性たちが華やかに屯していた。
昼飯をどこで食べるかで悩んでいるらしい。
 わたしは、決まっていた。テレビの旅番組で、温海駅付近の和食屋か寿司屋で
海鮮丼を旨そうに食べていたシーンを覚えているのだ。しかしいつものことだが、
店の名前はまったく覚えていない。駅員に尋ねると、お目当てのその店は夕方から
の営業であり、ほかにはラーメン屋みたいな店が二軒あるぐらいだと言う。

 時間はたっぷりあるので、温泉街まで歩くとするか。歩いて十五分くらいだろ
う。

 駅舎をでると、家並みが途切れて広くあいたところから、荒れる日本海が眼に
飛び込んでくる。猛烈な烈風が、海を狂ったように暴れさせていた。方向が定まら
ない凶暴なそれは、波を、岸に打ち寄せるはるか前にたがいに激しくぶつかりあわ
せて、轟音とともに砕け散らせていた。見渡す限り、舟も鳥も姿はなかった。
 厚手の防寒コートの隙間からなんなく侵入してくる、その風の洗礼を受けた途
端、歩いていく気力は一瞬で消えて、目の前のタクシーに乗り込んでしまった。
めったにしない贅沢である。

 温泉街にはいると、舗道のうえには雪がシャーベット状に薄く残っていた。タク
シーの運転手のお勧めの店は温泉街のはずれにあった。民家風の蕎麦屋で「大清
水」という名前である。禁煙であるが旨い蕎麦であるならしょうがない。ご時世で
ある。

 靴を靴箱にいれて障子を開けてはいると、広い座敷には二組の客がいた。
 メニューにないが熱燗はあるというので、もり蕎麦一枚と名物らしい株漬けと
ともに頼むことにする。株漬で熱燗一本を呑みきるころに、蕎麦がとどいた。



 いつものように、まず、蕎麦つゆをほんのひとくち飲む。数滴ほどだ。鰹の風味
があり、いやな甘みと雑味のないすっきりした味だ。つゆをつけずに、蕎麦を少量
啜る。噛むと蕎麦のあえかな香りが口から鼻に抜ける。旨い。ここの蕎麦は、
味は、太くて手繰れない蕎麦粉十割にちかい山形のもぐもぐ系であり、太さのほう
が、ふのりを使った新潟のへぎそば系だ。つまり食べやすい細さでいわゆる、
あいのこである。山形県ではあるが、新潟の客が多いせいかもしれない。途中で
薬味やわさびをいれて、味を変えながら一気に平らげる。蕎麦の切れ端も残さな
い。もう一枚食べたいが、タクシーを奮発したのと今夜は夕食付きなのでやめて
おく。

 温海は風の町だ。



 両側を低い山に囲まれた細長い町に、日本海から烈風が吹き込む。風は変幻自在
に歩行者をもてあそぶ。傘などは役にたたない。前から押しとめるように吹いて
いたかと思うと、突然、右方向から押し倒そうとするのである。かろうじて踏ん張
れば、無防備な後ろから車道に押し出したりするのだ。混じりはじめた水分の多い
雪が、髪に鼻のなかに口の中に飛び込んで、眼をパッチリあけられず呼吸もしにく
い。

 温泉街から駅の途中に学校があるのだが、バス停あたりに堅牢なコンクリートの
小屋がいくつか建っている。強い風の日、通学する子どもが避難してひと休みする
ための場所だという。
 冗談ではなく、身をもってわたしは知ったのだ。蕎麦屋から今日の温泉宿まで
は、直線距離で八百メートルぐらいのものなのだが、一気に歩ききれないのであ
る。雪まじりの烈風の攻撃にすっかり冷え切り、降参して中間にあった喫茶店に
避難したのだった。

 ひと休みして体温が戻ったら、まったくもって気が進まないが、風の町をもうす
こしだけ堪能させてもらおう。そして宿にはいるや、温泉に熱く介抱して貰うつも
りである。もうひとつの温海、温泉の町のほうを堪能するのだ。

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