<読んだ本 2009年1月>
車で旅に出るとき以外は、いつも本を手放さない。ほとんど図書館から借りた
公共の本なので汚さないようにブックカバーを付けて持ち歩く。
「どんな本を読んでいるのですか」
よく訊かれる。隠すつもりもないので素直に答える。
他人がいったいどんな本を読むのか、けっこう興味があるものらしい。かくいう
わたしにもある。友人から、読んだ本を記事にしたらどうか、そう言われて始めて
一年がたった。
いい加減にやめたらどうだ、そう言われるまでは続けてみたい。
二日ほど前の、浅間山が噴火したニュースにはビックリした。ついこの前にきれ
いな浅間山をみたばかりである。
また、それに呼応するように鹿児島の桜島が噴火したのが実に不気味だ。火山国
日本を再認識させられる。
さて1月の読んだ本の話ですが、本年スタートの今月は思ったより少なく6冊だ
った。
ここであらためて、書名の前の記号について説明しておきますが、◎(二重丸=
面白かった)だけを気にしていただければいいかと思います。ま、独断と偏見での
評価ですが。
あとは、酒好き旅好きで温泉狂の男がいったいどんな本を読むのか、月に何冊
くらい読むのか、そこらあたりを覗いていただければ。
1.○誰かへの手紙のように 山田太一 マガジンハウス
2.○腐蝕 生保 (上) 高杉良 新潮社
3.△腐食 生保 (下) 高杉良 新潮社
4.○四十七人目の男 (下) スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
5.○ハンマー オブ エデン ケン・フォレット 小学館
6.○坂本龍馬 (1) 山岡荘八 講談社
他人の読んでいる本はわたしも興味があるが、他人に薦められるのは困る。まし
てや、貸してもらうのはもっと困るものだ。それでも、身過ぎ世過ぎの都合で、
たまには断りきれないケースがあっていやいや借りてしまうことがある。
今月読んだ本のうち二冊は貸してもらったものだ。そのせいにするのもなんだけ
ど、読むスピードがまったく捗らなかった。
本は自分で選びたい。もちろん映画も旅の行き先も、どれもわたしはすべて自分
で決めたい。
そう思っていたら、山田太一の「誰かへの手紙のように」で眼にとまった一節が
ある。
『・・・結局のところ私を含めた多くの人間の創造的な精神活動の大半は、
この選択にあるのだと思う。私は一応「作者」と呼ばれることもある人間
だが、自分の内部をのぞくと、天才の創造物を選んで享受する精神活動の
方が大きいくらいなのである。なにを観てなにを聴いてなにを読むかは、
それだけでクリエイティブなことなのだと思う。選んで享受する人々が
いなければモーツァルトもカフカもゴッホも手も足も出ない。「指輪物語」
も「ゲド戦記」も存在しない。選ぶことも創ることなのだと思う。・・・』
そうだそうだ、まさしくその通りだ。
<なにを観てなにを聴いてなにを読むかは、それだけでクリエイティブなことなの
だ。選ぶことも創ることなのだ>
やはり、本でもなんでも、わたしは自分で選んでいきたい。
→「読んだ本 2008年12月」の記事はこちら
車で旅に出るとき以外は、いつも本を手放さない。ほとんど図書館から借りた
公共の本なので汚さないようにブックカバーを付けて持ち歩く。
「どんな本を読んでいるのですか」
よく訊かれる。隠すつもりもないので素直に答える。
他人がいったいどんな本を読むのか、けっこう興味があるものらしい。かくいう
わたしにもある。友人から、読んだ本を記事にしたらどうか、そう言われて始めて
一年がたった。
いい加減にやめたらどうだ、そう言われるまでは続けてみたい。
二日ほど前の、浅間山が噴火したニュースにはビックリした。ついこの前にきれ
いな浅間山をみたばかりである。
また、それに呼応するように鹿児島の桜島が噴火したのが実に不気味だ。火山国
日本を再認識させられる。
さて1月の読んだ本の話ですが、本年スタートの今月は思ったより少なく6冊だ
った。
ここであらためて、書名の前の記号について説明しておきますが、◎(二重丸=
面白かった)だけを気にしていただければいいかと思います。ま、独断と偏見での
評価ですが。
あとは、酒好き旅好きで温泉狂の男がいったいどんな本を読むのか、月に何冊
くらい読むのか、そこらあたりを覗いていただければ。
1.○誰かへの手紙のように 山田太一 マガジンハウス
2.○腐蝕 生保 (上) 高杉良 新潮社
3.△腐食 生保 (下) 高杉良 新潮社
4.○四十七人目の男 (下) スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
5.○ハンマー オブ エデン ケン・フォレット 小学館
6.○坂本龍馬 (1) 山岡荘八 講談社
他人の読んでいる本はわたしも興味があるが、他人に薦められるのは困る。まし
てや、貸してもらうのはもっと困るものだ。それでも、身過ぎ世過ぎの都合で、
たまには断りきれないケースがあっていやいや借りてしまうことがある。
今月読んだ本のうち二冊は貸してもらったものだ。そのせいにするのもなんだけ
ど、読むスピードがまったく捗らなかった。
本は自分で選びたい。もちろん映画も旅の行き先も、どれもわたしはすべて自分
で決めたい。
そう思っていたら、山田太一の「誰かへの手紙のように」で眼にとまった一節が
ある。
『・・・結局のところ私を含めた多くの人間の創造的な精神活動の大半は、
この選択にあるのだと思う。私は一応「作者」と呼ばれることもある人間
だが、自分の内部をのぞくと、天才の創造物を選んで享受する精神活動の
方が大きいくらいなのである。なにを観てなにを聴いてなにを読むかは、
それだけでクリエイティブなことなのだと思う。選んで享受する人々が
いなければモーツァルトもカフカもゴッホも手も足も出ない。「指輪物語」
も「ゲド戦記」も存在しない。選ぶことも創ることなのだと思う。・・・』
そうだそうだ、まさしくその通りだ。
<なにを観てなにを聴いてなにを読むかは、それだけでクリエイティブなことなの
だ。選ぶことも創ることなのだ>
やはり、本でもなんでも、わたしは自分で選んでいきたい。
→「読んだ本 2008年12月」の記事はこちら
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