<もときの天麩羅蕎麦>
わたしがこの店を知ったのは、ひょんなことからであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/7e/930b61436a3338da7d2cfc4e819bf5b0.jpg)
ある冬、JRのかなり割得なプランで特急電車を使って雪深い扉(とびら)温泉に
いったときのことである。通常の宿泊料金では、わたしなどにはとても泊まれない
高級旅館であった。
夕食後、一階にあるバーラウンジのカウンターでウィスキーをちびちび呑んで
いると、送迎を終えたのだろう運転手らしきひとが入ってきてわりと傍に座った。
「アレを、つくってくれる?」
慣れた口調で、カウンターのなかにいる女性にオーダーした。
少しすると、湯気が出ているホットウィスキーのようなグラスが置かれた。呑み
やすいように金属の取っ手がついたなかにグラスが差し込まれている。
「ホット・ワインって、呑んだことありますか?」
しばらくして、気軽にわたしに話しかけてきた。そういえば甘い香りがただよっ
ている。
「いいえ、知りません。それっておいしいですか。甘くないのですか」
(この匂いは、ワインだったのか・・・)
「試してみますか。キミ、同じものをもうひとつ、こちらに」
しばらくしてわたしの前に置かれたホット・ワインは、雪深い静かな山奥に不思
議にあう飲み物で、いやみな甘さが感じられなかった。
「あ・・・これ、おいしいです、たしかに」
それはよかった、と満足げに頷いたものである。
しばらく酒談義が続いたあと、
「明日の予定は決まっているのですか」
そう訊かれ、わたしは素直に答えたものだ。
「蕎麦を食べたらまっすぐ東京に帰るつもりです。お勧めの蕎麦屋などあります
か」
実は、野麦という蕎麦屋をわたしは心積もりにしていたのだった。
「ふぅむ・・・そうですか。松本城のそばに『もとき』という蕎麦屋があります。
そこを試したらどうです」
「ありがとうございます。では、ぜひそこにいってみます」
またも満足げに頷いた。送らせますよ、と呟いたように聞こえた。
運転手さんがトイレにたったときに、カウンターに声をかけた。
「あのかたは、毎晩ここに来られるのですか」
毎晩のようにこのバーで飲むのだろうか、この女性に興味があるようでもない
し、と素朴な疑問をクチにした。
「あ、はい、当館のオーナーです」
いかん! 思い込みが激しいわたしはてっきり運転手と勘違いしてしまった。
照明が暗いせいもあるがいいわけにはなるまい。言葉使いなどに失礼がなかった
だろうか。まいったな。
勘定をあわてて頼んだが、自分のオーダー分しか請求はなかった。
翌日、送迎の車が松本駅に向かったのだが、オーナーの指示が忘れずにあったの
だろう、わたしだけそのまま松本城近くの蕎麦屋まで送ってくれたものである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/a6/186f28ef0a83c72b0449fc61c751d8b1.jpg)
店にはいると、外がかなり寒かったので、温かい天麩羅蕎麦を頼んだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/71/f8ed5d4dc863fb6e718642eaf36620d6.jpg)
わたしが温かい蕎麦を頼むのは、冬の寒い日に浅草「並木の藪」で花まきそばを
頼むくらいのもので珍しいことなのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/5a/a65259b489b59ae5f29f74f5f8ed23a1.jpg)
食べてみると、まず天麩羅が旨い。焼津から買い付けてるという鰹節の深みの
ある出汁が絶妙で、ツユが蕎麦と天麩羅によくあっている。
蕎麦は吟醸蕎麦といって、石臼で三割まで挽きこんだ半透明で艶のある短めの
麺である。この吟醸蕎麦、客にだすまでに十日間ほどの日数をかけているという。
かなり腕の立つ蕎麦職人でも客に提供できる蕎麦にするのは難しいらしい。
なんとなくすこしだけ物足りなくて、ざるそばも追加する。
普通に注文すると二枚であるので多すぎる。大盛りの一枚にしてもらう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/01/77e617a1fa893844a53f6547e806ef3b.jpg)
運ばれてきたざる蕎麦、ひと目、蒟蒻でこしらえた蕎麦のように見える。むろ
ん、食べれば蕎麦そのものである。
旨い。やはり、蕎麦を楽しむのはざるに限る。
あれから数年、この店もずいぶんと流行っている。やはり縁があってはいって
食べて美味しかった店が健在なのは嬉しい限りである。
→「松本城界隈(1)」の記事はこちら
→「松本城界隈(2)」の記事はこちら
わたしがこの店を知ったのは、ひょんなことからであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/7e/930b61436a3338da7d2cfc4e819bf5b0.jpg)
ある冬、JRのかなり割得なプランで特急電車を使って雪深い扉(とびら)温泉に
いったときのことである。通常の宿泊料金では、わたしなどにはとても泊まれない
高級旅館であった。
夕食後、一階にあるバーラウンジのカウンターでウィスキーをちびちび呑んで
いると、送迎を終えたのだろう運転手らしきひとが入ってきてわりと傍に座った。
「アレを、つくってくれる?」
慣れた口調で、カウンターのなかにいる女性にオーダーした。
少しすると、湯気が出ているホットウィスキーのようなグラスが置かれた。呑み
やすいように金属の取っ手がついたなかにグラスが差し込まれている。
「ホット・ワインって、呑んだことありますか?」
しばらくして、気軽にわたしに話しかけてきた。そういえば甘い香りがただよっ
ている。
「いいえ、知りません。それっておいしいですか。甘くないのですか」
(この匂いは、ワインだったのか・・・)
「試してみますか。キミ、同じものをもうひとつ、こちらに」
しばらくしてわたしの前に置かれたホット・ワインは、雪深い静かな山奥に不思
議にあう飲み物で、いやみな甘さが感じられなかった。
「あ・・・これ、おいしいです、たしかに」
それはよかった、と満足げに頷いたものである。
しばらく酒談義が続いたあと、
「明日の予定は決まっているのですか」
そう訊かれ、わたしは素直に答えたものだ。
「蕎麦を食べたらまっすぐ東京に帰るつもりです。お勧めの蕎麦屋などあります
か」
実は、野麦という蕎麦屋をわたしは心積もりにしていたのだった。
「ふぅむ・・・そうですか。松本城のそばに『もとき』という蕎麦屋があります。
そこを試したらどうです」
「ありがとうございます。では、ぜひそこにいってみます」
またも満足げに頷いた。送らせますよ、と呟いたように聞こえた。
運転手さんがトイレにたったときに、カウンターに声をかけた。
「あのかたは、毎晩ここに来られるのですか」
毎晩のようにこのバーで飲むのだろうか、この女性に興味があるようでもない
し、と素朴な疑問をクチにした。
「あ、はい、当館のオーナーです」
いかん! 思い込みが激しいわたしはてっきり運転手と勘違いしてしまった。
照明が暗いせいもあるがいいわけにはなるまい。言葉使いなどに失礼がなかった
だろうか。まいったな。
勘定をあわてて頼んだが、自分のオーダー分しか請求はなかった。
翌日、送迎の車が松本駅に向かったのだが、オーナーの指示が忘れずにあったの
だろう、わたしだけそのまま松本城近くの蕎麦屋まで送ってくれたものである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/a6/186f28ef0a83c72b0449fc61c751d8b1.jpg)
店にはいると、外がかなり寒かったので、温かい天麩羅蕎麦を頼んだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/71/f8ed5d4dc863fb6e718642eaf36620d6.jpg)
わたしが温かい蕎麦を頼むのは、冬の寒い日に浅草「並木の藪」で花まきそばを
頼むくらいのもので珍しいことなのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/5a/a65259b489b59ae5f29f74f5f8ed23a1.jpg)
食べてみると、まず天麩羅が旨い。焼津から買い付けてるという鰹節の深みの
ある出汁が絶妙で、ツユが蕎麦と天麩羅によくあっている。
蕎麦は吟醸蕎麦といって、石臼で三割まで挽きこんだ半透明で艶のある短めの
麺である。この吟醸蕎麦、客にだすまでに十日間ほどの日数をかけているという。
かなり腕の立つ蕎麦職人でも客に提供できる蕎麦にするのは難しいらしい。
なんとなくすこしだけ物足りなくて、ざるそばも追加する。
普通に注文すると二枚であるので多すぎる。大盛りの一枚にしてもらう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/01/77e617a1fa893844a53f6547e806ef3b.jpg)
運ばれてきたざる蕎麦、ひと目、蒟蒻でこしらえた蕎麦のように見える。むろ
ん、食べれば蕎麦そのものである。
旨い。やはり、蕎麦を楽しむのはざるに限る。
あれから数年、この店もずいぶんと流行っている。やはり縁があってはいって
食べて美味しかった店が健在なのは嬉しい限りである。
→「松本城界隈(1)」の記事はこちら
→「松本城界隈(2)」の記事はこちら
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