温泉クンの旅日記

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イカの口 伊豆河津桜祭の屋台

2006-11-22 | 食べある記
  < 桜好き >

 桜がいつのまにか好きになっていた。

 いつごろからか、はっきりしないのだ。たぶん、桜がほんとうに好きになった
ころに、自分の青春が終わったのだろう。パッと華やかに咲いてパッと散る、そん
な桜の花に人生を重ねてみるひともいるらしいが、わたしは違う。

 空の青色を、白と薄紅色の花びらが埋め尽くしているところを、ただ溜息をつい
て見あげるのが好きなのである。眼に見えぬ一陣の風に乗り、小魚の群れが整然と
泳ぐように流れ飛ぶ花びらが好きなだけだ。

 桜は一年に一度しか咲かない。

 当たり前だが、ここらあたりに秘密がありそうである。桜を観ながら、さまざま
な思いが交錯する。それは決して深い思いではなく、心の水面に、群れをはぐれた
数羽の水鳥が舞い降りる程度の、軽いものだ。去年の桜はどこでみたのか、誰とみ
たのだったか。あっという間の一年だった。いろんなことがあった激動の一年。
いやいや、変わりばえのしない、ありふれた一年だったとも言える、か。
 そんなことをチラリと考えるが、桜に乾杯して酒を含めば、たちまち忘れてしま
う。
 
 伊豆の桜は早い。

 二月にはいると、そろそろ濃いピンク色の花が咲き始める。どうかすると一月に
咲く年もある。
 河津桜と呼ばれる種類である。河津で原木が発見されたので河津桜である。早く
咲くのだが散るのが遅いので、満開までひと月ほど楽しめる。ソメイヨシノの、
量で勝負の北朝鮮マスゲーム的美しさと違い、河津桜には花のひとつひとつが、
どうよどうよと、桜ぶりを主張しているところがある。



 河津の駅から、線路沿いのまだ若い桜並木の歩道を下田方面にすこし歩くと、
川沿いの道にぶつかる。この川沿いに、風情のある桜並木が続いているのだ。
 車でくる客用に、駅付近にあるあちこちの空き地が臨時の駐車場になる。普通車
で三百円ほどとられる。わたしはいつも料金を惜しんで、決まったところに路上駐
車をしてしまう。ざっと回るだけなので、それほど長い時間かからず捕まったこと
はない。

 高架になった線路を真ん中にした河津川沿いの道、二百メートルぐらいが桜祭の
メインの会場である。
 道の両側に、びっしりと出店が並ぶ。川沿いの河津桜をブラブラ鑑賞したあと
に、冷やかしてあるくだけでも楽しめる。甘酒やら伊豆の名産品、焼き鳥、海産
物、酒などいろいろな物を売っている。

(今年もあるだろうか。あってほしい。あの店かな。どれどれ、あったあー)

 アワビやサザエ、貝などを串で焼いている店である。道歩くひとたちを吸い寄せ
るように、焼けた醤油と貝類の香ばしい匂いを撒き散らしている。焼き台の横の、
大皿の一角にひっそりとその串はあった。



「あの、そのイカのクチ二本ください」
 なるたけ眼をキラキラ輝かさないように伏目がちに、深呼吸して、落ち着いた
渋い声で頼む。

 なんだ、桜好きかと思ったらイカ好きかよ、なんて言わないでほしい。これが
ジツにうまいのだ。イカの嘴(くちばし)の部分らしいのだが、パチンコ玉ぐらい
の大きさの白い玉が串にずらりと刺してある。イカ一杯に一個しかとれない。串に
刺さった数だけのイカが犠牲になったのだ。値段は安くて、一本が百円ほどだっ
た。

 こりこりとした食感で、味は極上のイカそのものであとを引くのである。酒の肴
にも最高である。二本ご購入はとりあえずであり、本心は買い占めてやりたい。
 焼きたてのそれを、歩きながら頬張る。車できたから酒が呑めないのがマコトに
残念だが、まあ今年も食べられたからよしとする。

 よし、他の出店で売っていたらまた二本買おう。それと、帰りにさっきの店でも
また浮いた駐車料金分くらい買って、車で食べちゃおう。決めた、ははは。
 そう決めるとやっと落ち着いて、河津桜をゆるりと鑑賞し、早春を五感で堪能し
隙あらば一句捻るぞという、本来の桜好き人間モードに戻るのであった。

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