<忘憂の宿(2)>
別名、春告(はるつげ)鳥の鶯は警戒心が強く、声は聞こえてもなかなか鳴いている本体を観るのは難しい。
でも、こちらの鳴真似がうまいと、闘争心が警戒心を上回ったのか、たまに近寄ってくる。
よし、うまくいくかどうかわからないが、久しぶりにやってみるか。
まずは唇を湿らせる。
「ホーホケキョ! ケキョ、ケキョケキョケキョ、ホー、ホーケキョ!」
ケキョケキョが侵入者に対する威嚇、ホーホケキョが縄張りの宣言である。
本物の鶯が、よそ者に縄張りを侵入されたと思ったのか、押し黙った。
ふふふ、やった! こんなふうに鶯と遊ぶのは、鹿児島の吹上温泉のとき以来かな・・・。
電話が鳴り、眼を覚ます。
いつのまにか夕食の時間となっている。鴬とたっぷり遊んだあとに、いつのまにか炬燵で昼寝としゃれこんでしまったようだ。
ドアの鍵を外しにいき、ついでに部屋についている小庭を観賞する。
部屋の名前になっている紫陽花は、まだ一カ月ほど咲くには早いようである。
運ばれた夕食は、わたしが苦手な野菜中心のヘルシーな内容であった。まあ、一番安い宿泊料金を選択したのでしょうがない。使われている野菜の多くは、部屋から見えるビニールハウスで栽培したものだという。
玉葱の微塵切りをたっぷりと散らしたトマトの冷製サラダが妙に口に合って旨い。
熱燗を呑みながらできるだけ頑張って食べ、フロントに電話してご飯を持ってきてもらう。
竹の子と枝豆のご飯と、こちらもヘルシーだが案外いい味なので二杯食べてしまう。
広い窓が障子戸なので、突きぬけた朝の光が部屋の隅々にまで満ちて早く起きてしまう。
旅館の下駄を借りて、小さな町を歩いて時間を潰すことにした。
本館前の菜の花畑は、収穫が終わってしまったがほんとうは旅館がやっている蕎麦畑だそうで、蕎麦は収穫後の時期に手打ちにして宿泊客に供されるという。
名前もわからぬ背の高い青い花が、朝のそよ風に揺れている。
朝食は広間で他の宿泊者と一緒に食べた。
部屋に戻り、窓のガラス戸を開けると、待っていましたとばかりに昨日の鶯の声がする。
(よし、よし。チェックアウト前の最後の温泉に入るまで、しばらく遊んでやるとしようか)
人生、ときには気鬱なときも日もある。
ややこしい人間関係のしがらみもある。働いていれば、周りには、当然だが気の置けないひとばかりではない。口を訊くだけで気疲れするひともやたら多い。
ただ、あまりにもそれが続いて澱のように溜まるようなら本物の病気につながってしまう。まさしく、病は気からである。
だから、自分で、溜まった「気」を散じるような思案を練らねばならない。
こういう小さな旅などをして、忘憂の宿でガラリと環境を変え、のんびりするのも手っ取り早く効果覿面だ。
→「忘憂の宿(1)」の記事はこちら
→「秘密の会話」の記事はこちら
別名、春告(はるつげ)鳥の鶯は警戒心が強く、声は聞こえてもなかなか鳴いている本体を観るのは難しい。
でも、こちらの鳴真似がうまいと、闘争心が警戒心を上回ったのか、たまに近寄ってくる。
よし、うまくいくかどうかわからないが、久しぶりにやってみるか。
まずは唇を湿らせる。
「ホーホケキョ! ケキョ、ケキョケキョケキョ、ホー、ホーケキョ!」
ケキョケキョが侵入者に対する威嚇、ホーホケキョが縄張りの宣言である。
本物の鶯が、よそ者に縄張りを侵入されたと思ったのか、押し黙った。
ふふふ、やった! こんなふうに鶯と遊ぶのは、鹿児島の吹上温泉のとき以来かな・・・。
電話が鳴り、眼を覚ます。
いつのまにか夕食の時間となっている。鴬とたっぷり遊んだあとに、いつのまにか炬燵で昼寝としゃれこんでしまったようだ。
ドアの鍵を外しにいき、ついでに部屋についている小庭を観賞する。
部屋の名前になっている紫陽花は、まだ一カ月ほど咲くには早いようである。
運ばれた夕食は、わたしが苦手な野菜中心のヘルシーな内容であった。まあ、一番安い宿泊料金を選択したのでしょうがない。使われている野菜の多くは、部屋から見えるビニールハウスで栽培したものだという。
玉葱の微塵切りをたっぷりと散らしたトマトの冷製サラダが妙に口に合って旨い。
熱燗を呑みながらできるだけ頑張って食べ、フロントに電話してご飯を持ってきてもらう。
竹の子と枝豆のご飯と、こちらもヘルシーだが案外いい味なので二杯食べてしまう。
広い窓が障子戸なので、突きぬけた朝の光が部屋の隅々にまで満ちて早く起きてしまう。
旅館の下駄を借りて、小さな町を歩いて時間を潰すことにした。
本館前の菜の花畑は、収穫が終わってしまったがほんとうは旅館がやっている蕎麦畑だそうで、蕎麦は収穫後の時期に手打ちにして宿泊客に供されるという。
名前もわからぬ背の高い青い花が、朝のそよ風に揺れている。
朝食は広間で他の宿泊者と一緒に食べた。
部屋に戻り、窓のガラス戸を開けると、待っていましたとばかりに昨日の鶯の声がする。
(よし、よし。チェックアウト前の最後の温泉に入るまで、しばらく遊んでやるとしようか)
人生、ときには気鬱なときも日もある。
ややこしい人間関係のしがらみもある。働いていれば、周りには、当然だが気の置けないひとばかりではない。口を訊くだけで気疲れするひともやたら多い。
ただ、あまりにもそれが続いて澱のように溜まるようなら本物の病気につながってしまう。まさしく、病は気からである。
だから、自分で、溜まった「気」を散じるような思案を練らねばならない。
こういう小さな旅などをして、忘憂の宿でガラリと環境を変え、のんびりするのも手っ取り早く効果覿面だ。
→「忘憂の宿(1)」の記事はこちら
→「秘密の会話」の記事はこちら
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