<新丸子、レイの食堂>
東急東横線の新丸子駅は、戸塚からだと乗り換えたりせずに横須賀線の武蔵小杉駅で降りて歩いたほうが早い。だいたい五分くらいの距離だ。
駅前から数えて二本目の路を右に少し歩き、また一本目を左に曲がったところにレイの食堂がある。
わたしが「三ちゃん食堂」という呑兵衛のワンダーランドともいうべき店を知ったのは、去年の正月にシーズン分を一挙放送された「孤独のグルメ」という番組だった。その後テレビ取材が次々と続き遍く世の呑兵衛たちの知るところとなってしまったのだ。
俗に「人の噂も七十五日」という。もう最初に知ったときから一年以上経っているので、そろそろいいだろうと腰をあげてやってきたのである。
暖簾を持ち上げて店内を覗くと九割方席が埋まっている。別な言い方をすれば一割方空いているラッキー、というわけで引き戸をあけて店内に入った。
中央のテーブルが長くつながっているところが入れ込み、その両側に四掛けテーブルが並び、カウンターも数席あるようだ。キャパはざっと五十人くらいか。
店内にはすごい活気が横溢している。
昼どきなので埋まった席の客層はグループ、親子、カップル、部活帰りの高校生などさまざまである。呑んでいる割合は六、七割か。素早く視線を走らせ座る席を物色する。なに、女性と子どもがそばにいない煙草が吸いやすい席である。
右側の四人掛けテーブルを縦に座って呑んでいる二人の男性客に丁寧に断りを入れて、厚手のコートと鞄は前の壁際の席に置き、横に座らせてもらった。
「あのォ、ユキオトコとカレーの『頭(あたま)』、それにメンコロをください!」
(ああ・・・ついに恥ずかしげもなく言ってしまったよ・・・)
通りかかった店の人を呼び止め、すかさず注文する。右側に座っている六、七名の団体客がわたしの注文に「オヤッ? ナニ、常連か?」という顔をした。
最初の注文の品はずいぶん前から考えてあって酒だけ、その場で咄嗟に雪国新潟は塩沢の辛口純米酒「雪男」にしたのである。軽く百種類を超えるというメニューをいちいち検討していたら決まるわけはない。
こんな「カレーと揚げもの」の酒の肴を、イキナリ堂々と頼めちゃう店は本当に貴重でなかなかないだろう。
先に運ばれてきた「カレーの頭(つまりライスなしのカレーだけ)」をスプーンで口に運びながら、雪男を味わう。メンコロ(メンチとコロッケの盛り合わせ)は揚げたてを提供するので少し時間がかかるのである。
遅れてきたコロッケをカレーに投入し、箸で千切って酒の肴にする。
コロッケが揚げたてホヤホヤの熱々でなんとも嬉しい。
子どものころ母親が外で働いていたので夕飯には買ってきたコロッケとかメンチとかの惣菜が多かった。嗜好は子どものころにほぼ形成されるともいうから、筋金入りの惣菜好きである。カレーも大好きでカツ、コロッケ、メンチ、ウインナ、シューマイとかをライスに載せてのカレーが特に好きだ。
青柳の刺身が食べたかったのだが貝類はツブと赤貝だけだった。三杯目の雪男と、赤貝を追加する。この店は中華なのに刺身系のメニューも多いのだ。
「煮魚の『かれい』をください」
またカレーを持ってこられても困るので、ややこしい言い方で注文する。
この煮魚はちょっと甘過ぎて失敗である。百八十円の目玉焼きにすればよかったと後悔する。
周りに貼られたメニューを見廻していてふと気がついたのだが、壁にかかっているなんとも扇情的なヌードカレンダーになぜか食堂名が入っていて、次に来たときでも暇そうならイキサツをぜひ訊いてみたい。まさか、いくら儲かっているからって、毎年この食堂がスポンサーで作っていることはあるまい。謎である。
この店名の「三ちゃん」だが、昭和四十二年(1967年)に創業した先代の三之助さんという名前から「三ちゃん食堂」という名前にしたそうだ。
創業の古さはまるで敵わないが、活気があり居心地の良さはあの名店「大甚」や「久村の酒場」に引けをとらない酒場(?)である。
勘定してみると、思ったとおり財布にやさしかった。
→「牧之通り」の記事はこちら
→「名古屋、大甚で呑む」の記事はこちら
→「久村の酒場(1)」の記事はこちら
→「久村の酒場(2)」の記事はこちら
東急東横線の新丸子駅は、戸塚からだと乗り換えたりせずに横須賀線の武蔵小杉駅で降りて歩いたほうが早い。だいたい五分くらいの距離だ。
駅前から数えて二本目の路を右に少し歩き、また一本目を左に曲がったところにレイの食堂がある。
わたしが「三ちゃん食堂」という呑兵衛のワンダーランドともいうべき店を知ったのは、去年の正月にシーズン分を一挙放送された「孤独のグルメ」という番組だった。その後テレビ取材が次々と続き遍く世の呑兵衛たちの知るところとなってしまったのだ。
俗に「人の噂も七十五日」という。もう最初に知ったときから一年以上経っているので、そろそろいいだろうと腰をあげてやってきたのである。
暖簾を持ち上げて店内を覗くと九割方席が埋まっている。別な言い方をすれば一割方空いているラッキー、というわけで引き戸をあけて店内に入った。
中央のテーブルが長くつながっているところが入れ込み、その両側に四掛けテーブルが並び、カウンターも数席あるようだ。キャパはざっと五十人くらいか。
店内にはすごい活気が横溢している。
昼どきなので埋まった席の客層はグループ、親子、カップル、部活帰りの高校生などさまざまである。呑んでいる割合は六、七割か。素早く視線を走らせ座る席を物色する。なに、女性と子どもがそばにいない煙草が吸いやすい席である。
右側の四人掛けテーブルを縦に座って呑んでいる二人の男性客に丁寧に断りを入れて、厚手のコートと鞄は前の壁際の席に置き、横に座らせてもらった。
「あのォ、ユキオトコとカレーの『頭(あたま)』、それにメンコロをください!」
(ああ・・・ついに恥ずかしげもなく言ってしまったよ・・・)
通りかかった店の人を呼び止め、すかさず注文する。右側に座っている六、七名の団体客がわたしの注文に「オヤッ? ナニ、常連か?」という顔をした。
最初の注文の品はずいぶん前から考えてあって酒だけ、その場で咄嗟に雪国新潟は塩沢の辛口純米酒「雪男」にしたのである。軽く百種類を超えるというメニューをいちいち検討していたら決まるわけはない。
こんな「カレーと揚げもの」の酒の肴を、イキナリ堂々と頼めちゃう店は本当に貴重でなかなかないだろう。
先に運ばれてきた「カレーの頭(つまりライスなしのカレーだけ)」をスプーンで口に運びながら、雪男を味わう。メンコロ(メンチとコロッケの盛り合わせ)は揚げたてを提供するので少し時間がかかるのである。
遅れてきたコロッケをカレーに投入し、箸で千切って酒の肴にする。
コロッケが揚げたてホヤホヤの熱々でなんとも嬉しい。
子どものころ母親が外で働いていたので夕飯には買ってきたコロッケとかメンチとかの惣菜が多かった。嗜好は子どものころにほぼ形成されるともいうから、筋金入りの惣菜好きである。カレーも大好きでカツ、コロッケ、メンチ、ウインナ、シューマイとかをライスに載せてのカレーが特に好きだ。
青柳の刺身が食べたかったのだが貝類はツブと赤貝だけだった。三杯目の雪男と、赤貝を追加する。この店は中華なのに刺身系のメニューも多いのだ。
「煮魚の『かれい』をください」
またカレーを持ってこられても困るので、ややこしい言い方で注文する。
この煮魚はちょっと甘過ぎて失敗である。百八十円の目玉焼きにすればよかったと後悔する。
周りに貼られたメニューを見廻していてふと気がついたのだが、壁にかかっているなんとも扇情的なヌードカレンダーになぜか食堂名が入っていて、次に来たときでも暇そうならイキサツをぜひ訊いてみたい。まさか、いくら儲かっているからって、毎年この食堂がスポンサーで作っていることはあるまい。謎である。
この店名の「三ちゃん」だが、昭和四十二年(1967年)に創業した先代の三之助さんという名前から「三ちゃん食堂」という名前にしたそうだ。
創業の古さはまるで敵わないが、活気があり居心地の良さはあの名店「大甚」や「久村の酒場」に引けをとらない酒場(?)である。
勘定してみると、思ったとおり財布にやさしかった。
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→「名古屋、大甚で呑む」の記事はこちら
→「久村の酒場(1)」の記事はこちら
→「久村の酒場(2)」の記事はこちら
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