寺崎廣業は大正期に入ってからの晩年は山岳を好んで描いたようですが、若い頃から富士山を描いた作品は多くありますが、晩年には富士山を描いた作品はそれほどは多くないようです。
雪表富嶽図 寺崎廣業筆 その129
絹本水墨軸装 軸先骨 鳥谷幡山鑑定箱(1925年 大正14年)
全体サイズ:横544*縦1993 画サイズ:横402*縦1063
当時ライバルであった横山大観ら多くの画家が富士山を主たる画題にしていくわりには特異なことかもしれませんね。
信州の別荘にて晩年は過ごすことが多かったようですので、富士山への思い入れはそれなりに寺崎廣業は持っていたと思われます。
落款からの推定では明治40年頃の作と推定されます。
寺崎廣業の鑑定ではお馴染みの門下生である鳥谷幡山により「大正14年(1925年)仲夏」と記された鑑定箱書があります。
本作品のような山水画は寺崎廣業は数多く描いていて、とりたてて出来の良いという作品ではありませんので、当方の蒐集対象としてぎりぎりの出来かな・・。