夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

(上七軒?)街並 福田豊四郎筆 昭和39年 その175

2025-01-29 00:01:00 | 日本画
記録によると福田豊四郎は昭和39年7月に京都に取材旅行に行っています。その年の11月には東京プリンスホテル内のフジインターナショナルアートで「福田豊四郎 東洛風趣展」を開催していますが、その時の取材をもとに京都を題材にした作品を公開しているものと推察されます。断定はできませんが、本日紹介する作品はその頃の作品ではないかと推定しています。



(上七軒?)街並 福田豊四郎筆 昭和39年頃 その175
紙本着色額装 誂えタトウ+黄袋
F4号 額サイズ:縦438*横574 作品サイズ:縦242*横333



東洛というのは「京都の東部。京都を洛陽に擬していう。」とのことで、厳密にどの地域を指すのかは、申し訳ありませんが当方では明確には解っていません。

*なお福田豊四郎は修業時代の大正12年から昭和3年まで、土田麦僊に師事し京都に在住していました。



本作品は京都の古い町並みを描いた作品のようで、この絵から察するに似た街並みは例えば「花見小路」や「上七軒」と推定されます。

下記の写真は「上七軒」ですが、よく似ていますね。文安元年(1444年)に、七軒の茶屋から始まったと言われている「上七軒」は、京都最古の花街として有名なようです。今でもその伝統を受け継ぎ、多くの芸妓さん舞妓さんが芸道を磨いているとのこと。要はお茶屋さんから始まった街並み、一度は遊興として行ってみたい・・。

その町並みは古くからの町家を大切に守り続けています。東洛に属するかどうかは判りませんが、「上七軒」は北野天満宮の東に位置しているため、京都市の中心部からは少し離れていて、洛北に属するのかな?



そのため、京都の中心街ほど多くのお店はありませんが、和食「紅梅庵」、和菓子「老松 北野店」といった伝統を大切にするお店が揃っているとのこと。京都らしい古都の風情がありますね。



作品中の落款からは晩年の昭和40年頃と作と推定されますが、この書体の落款の時期は長いので特定はできません。印章は白文朱長方印の「豊」ですが、この印には同じような印が2種類あるようですが、この印はそのうちのひとつと推察され、他の晩年の作に押印された印と一致します。



題名は共シールなどないことから、仮題とご理解ください。



同じような時期の作品として下記の作品を本ブログに投稿しています。

(光悦寺)参道 福田豊四郎筆 昭和39年 その141
紙本着色 額装タトウ入
額寸法 全体サイズ:縦423*横356 SM 作品サイズ:縦228*横155



当方の福田豊四郎の作品蒐集は小作品が多いのですが、それでも150を超える作品数となると互いに関連する作品数も多くなってくるようです。



入手時期がだいぶ異なる作品の関連性に気づくためには電子化されたデータ以外に、アナログにて全体の作品を閲覧するために資料を印刷したファイルがありますが、その必要性を改めて認識しています。電子化ではなかなか全体を見るのがむずかしいということ、これは業務にも言えますね。


















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