夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

楼閣山水図 狩野探令筆

2013-04-23 06:22:00 | 掛け軸
一年弱で挨拶回りの名刺がボックス二個分がもうすぐ満杯ですが、まだまだこれから現場周りを含めてまだお会いしていない御仁がたくさんいます。昨日は仙台へOB会、それから大阪、広島へと・・。海外は来月の予定。

昨日の仙台のOB会は懐かしい人達ばかり、ずいぶんと多くの人が集まりました。

さて最近の建設業の営業は技術の裏づけが肝要で、これからは技術の裏づけのある経営が必要とT工務店のトップも交代しました。

今までの営業感覚ではコスト感覚が違うということを理解したようですが、本当に経営に生かせるかどうかはこれからでしょう。会って飲んで食ってゴルフしてという営業の時代はとっくに終焉しています。物事の中身が肝要で技術の対応が求めれています。

いつまで今までと同じ営業感覚ではサバイバルの始まった建設業では生き残れません。すぐにすべてが海外とはいかない建設業では、国内でまずは生き残る必要があります。

まずは原価把握をきちんと行い、原価を割り込んだ価格競争に陥らないことが必要ですが、掛け声だけではなく率先垂範するトップが必要です。生き残りと平行して商社としての新たな挑戦を模索しなくてはなりません。

本日は時代の流れに生き残れなかった狩野派の作品です。形式にこだわり時代の趣向についていけなかった画派ですが、ただし現代となってはいいものがあると思っています。

狩野派の作品は当ブログで紹介した探幽、安信、尚信のような江戸中期のほかに幕末から明治にも観るべき作品がありますが、評価が低いようです。現在になって改めて鑑賞すると非常に品格のある作品が多いことに気がつきます。最近の日本画の品格のなさに比べると模範となる作品が多く、画一的といわれた画風も今となれば貴重な気がします。

楼閣山水図 狩野探令筆
絹本着色軸装 軸先骨 共箱
全体サイズ:縦2260*横650 画サイズ:縦1355*横500



狩野探令:1857-1931 安政4年1月10日生まれ。東京で狩野探美に師事。江戸川製陶所の納富介次郎にテレビン油描法をまなび,陶画もえがいた。




羽前新庄生。本姓は荒木、名は丈太郎、のち守純、別号に六陶居士。




初め菊川淵斎・橘守利に学び、のち狩野探美に師事する。



狩野忠信・岡倉秋水らと狩野会を結成し、狩野派の復興に尽力、大正5年狩野姓を名乗ることを許された。




日本美術協会に入会し、高位での受賞を重ねて中心作家としての地位を築き、審査員や理事を歴任。また日本画会でも幹事および審査員として活躍、文展開設時には正派同志会に参画し幹事を務めた。




皇室の御用画を製作する。日本画会幹事・正派同士会幹事。昭和6年(1931)歿、73才。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。