今まで前を通っていただけのワイン蔵出しレストランに入ってみた。と言うのも、友人が 推 薦 し な い レストランだったので余計に興味があった。何故ならば、彼の評価の偏向を良く知っているからである。予想通り、思わず嬉しくなるほどに、満足出来る夕食を楽しめた。
なんといっても満席に近い広い食堂は、日曜日の夕餉時としては珍しい。それだけでも十分に期待出来る。案の定、品揃いも、安い料理から栄養一杯の料理まで魚を除けば多様で、そのうえ日代わりメニューまである。
料理の傾向を言うのは容易くない。家庭料理としても月並みで、出来合いのソースなどを使って作るのも面倒なドイツ料理や地方風料理が、蔵出しワインに合う様に調理されて提供される品書きである。ワインに舌鼓を打つ大人が嬉しいだけでなく、子供や若人にはご馳走に映る品書きである。ワインレストランでも樽ビールがあることもレストランとしての質を示しており、大食堂の体が嬉しい。
それでは、何処に友人との見解の相違があるかと言うと、彼はこういう食事を家庭ではそれ程に与らないにも拘らず、レストランでは少し違うものを食べたいのである。つまりそれは、家では煮れない煮豚頭でワインを飲むとか、もしくは家では与らない獲れたての鱒を食べるとか、そのような特別な料理を望む。するとどうしても細々とやっているワイン農家の蔵出し食堂とか谷間の行き着けレストランとか、食べ残しを家で楽しみにビニール袋で持ち帰りの大食いの店とかギリシャ料理など異国料理が彼の好みという事になる。だから上述のような大食堂や美味いワインの飲める蔵出し酒場もワインレストランも、彼にはあまり好まれない。
大食堂の料理は、レシピーが確りしていて流れ作業になる、するとどうしても万人向けの味付けになる。平素から万人向けの味に慣れていると、外食ではこれを避けるようになるのだろう。逆に平素から余りそのような味付けやソース類を口にしていないと、安く美味いものを時々口にするだけで十分に満足して、雰囲気よりも味には無頓着になる。簡単な外食で繊細で美味い料理と酒を飲むことは、端から不可能と考えると、それ以外の要素の方が重要となる。それでもそのような大食堂で客の回転の利を生かした品書きに、普通では与らない様な珍しく美味い料理が見付かると得をしたような気になる。
参照:小市民の鈍い感受性 [文化一般] / 2005-07-10
なんといっても満席に近い広い食堂は、日曜日の夕餉時としては珍しい。それだけでも十分に期待出来る。案の定、品揃いも、安い料理から栄養一杯の料理まで魚を除けば多様で、そのうえ日代わりメニューまである。
料理の傾向を言うのは容易くない。家庭料理としても月並みで、出来合いのソースなどを使って作るのも面倒なドイツ料理や地方風料理が、蔵出しワインに合う様に調理されて提供される品書きである。ワインに舌鼓を打つ大人が嬉しいだけでなく、子供や若人にはご馳走に映る品書きである。ワインレストランでも樽ビールがあることもレストランとしての質を示しており、大食堂の体が嬉しい。
それでは、何処に友人との見解の相違があるかと言うと、彼はこういう食事を家庭ではそれ程に与らないにも拘らず、レストランでは少し違うものを食べたいのである。つまりそれは、家では煮れない煮豚頭でワインを飲むとか、もしくは家では与らない獲れたての鱒を食べるとか、そのような特別な料理を望む。するとどうしても細々とやっているワイン農家の蔵出し食堂とか谷間の行き着けレストランとか、食べ残しを家で楽しみにビニール袋で持ち帰りの大食いの店とかギリシャ料理など異国料理が彼の好みという事になる。だから上述のような大食堂や美味いワインの飲める蔵出し酒場もワインレストランも、彼にはあまり好まれない。
大食堂の料理は、レシピーが確りしていて流れ作業になる、するとどうしても万人向けの味付けになる。平素から万人向けの味に慣れていると、外食ではこれを避けるようになるのだろう。逆に平素から余りそのような味付けやソース類を口にしていないと、安く美味いものを時々口にするだけで十分に満足して、雰囲気よりも味には無頓着になる。簡単な外食で繊細で美味い料理と酒を飲むことは、端から不可能と考えると、それ以外の要素の方が重要となる。それでもそのような大食堂で客の回転の利を生かした品書きに、普通では与らない様な珍しく美味い料理が見付かると得をしたような気になる。
参照:小市民の鈍い感受性 [文化一般] / 2005-07-10