Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

勇気と不信の交響楽

2006-01-06 | 文化一般
1月4日付けのFAZ紙の文化欄の音楽会批評を紹介しよう。中継されて多くの人がTVで観たジルフェスターコンツェルトにも触れている。エレオノーレ・ビュニック女史は、この保守系高級紙の定期執筆者で、ドイツレコード批評家賞の審査委員でもあり、あまり高踏的にならず単刀直入な文章が特徴である。粗四分の一面を使った長い文章なので、読者に興味のある部分だけを詳しく、それ以外は掻い摘んで紹介する。専門の批評家の批評へのコメントは控えるが、既に折に触れ私見を表明しているのでそれは必要ないだろう。大胆カットの上、更に五楽章の大交響楽曲の態にして、この新年交響楽をお楽しみ頂く。

さて今回の記事は、ワイルドクラッシックと言うタイトルで、副タイトルには新年交響楽-第九三回、モーツァルト二回とある。

先ず一楽章序奏、元旦の午後のリンデンオパーでは、ドイツの二つの方向から違う感興が錯綜すると切り出し、ここで二つの主題が提示される。一つは勇気、一つを不信とする。ドイツェバンクによるリンデンオパー若手育成への成果の表彰、トロフィー授与式風景である。 赤 と 黒 とゴールデンのそれが素晴らしいアイデアだと溢す。案の定、授与の挨拶では銀行家の「必要な改革への経済の強い意志」と言う演説に、天井桟敷から「もっと職場を」と冷笑的に掛け声が掛かる。

年末年始の浮きだった感興での、音楽は万事OKで、会場は満杯、コンサートは中継されて、音楽教育の社会全体への価値を誓う新年の挨拶は、年の終わりには赤字のラッシュになるとしながらも、年始ムードの会場でバレンボイム氏の音楽教育への提案を拝聴する。そして年末年始には都合三回繰り返される演奏会をベルリンとライプチッヒで鑑賞する。そしてこのような年末年始時には、歴史的にも 宗 教 に 代 わ る ほ ど のイデオロギーを持った、これほどの堅い素材の第九ほどお門違いな曲はないと主張。

第二楽章、年末の第九の歴史を紐解いて、1918年のライプツィッヒの労働運動「友好と自由の集い」での事始めを挙げ、戦争は終結して、君主制を乗り越えた民主主義の勝利が謳われて、アルテゥール・ニキシュ指揮のゲヴァントハウス・オーケストラは三千人の前で演奏したと述べる。更にその伝統は1927年にレオ・ケステンベルクの力でベルリンへと伝播して、1933年にはナチによってプロレタリアートの為の第九の上演は禁止された。

と言うような理由で、ゲヴァントハウスとベルリンの東側地域で二箇所での第九の上演は決して偶然ではないと語る。それどころか新任のリッカルド・シャイーによって子供の合唱を交えての恒例行事になると言うから、若者達がこれからの夜明けを開くのだと書く。

第三楽章、先ずバレンボイムの演奏は、遅いところは遅く、早いところは早くで、この指揮者にとってのテンポは、稀に見るばかりの音色に齎すダイナミックの副次的な役割でしかないと定義する。アダージョにおける音のない死んだような白色は、パラダイスの域での散策となる。脈は全てまるで凍りついたようだ。終楽章での先を見越した訴えは、まるでそれ自体がそうである引用の如く、祝されるのだとある。

ヤノウスキーの放送交響楽団の第九の方は、アダージョに措いて慰めと温かさで、何時もの如く既にまるで先を約束されたかのように急ぐ。 ア メ リ カ 風の楽器配置を採った素晴らしく力のある楽団は、木管はカペレに劣るながらそれなりの凶暴性と澄んだ声部と古典的清澄を持っている。既に酔っ払って、シャンペンのコルクを開けて鳴らしたような世俗的なフィナーレにしたとある。

シャイーはそれらと違い、この壊れた交響曲を、そのダダイズム的箴言と奈落と亀裂と傷を修復しようと考え直したようだと考える。だから一楽章からして突進して、全く劇場的な、荒々しい、いきり立つティンパニー協奏曲にして仕舞った。古の ド イ ツ 風の楽器配置は採りながらも、前任者ブロムシュテットの意志をあまり継いでいない。非力な木管と今回は柔らかな弦も濁り、アダージョではカンタービレの変わりに不一致な三管の不協和音は離れ小島の様に、間抜けな中声部から孤立して、金管が前へと抜けて、恐る恐るとしたソリスト達はティンパニーを追い越して仕舞う。ロベルト・ホルはまるで人民裁判の舞台のように振る舞い、アンネ・シュヴァンヴィルムスの咽喉の鐘のような高い声は、重く動きの悪い合唱の上に漂ったとして、全ては流儀に乗っ取って、多大な効果を上げたとする。一度改革気運に乗れば、ご気楽気分や快適なものが一変に吹っ飛ぶと述べる。

第四楽章、モーツァルトのインバル指揮ベルリン交響楽団のハフナーや協奏曲や戴冠ミサを聞き、ツァグロセクが就任すれば新しい時代が期待が出来るとする。

終楽章、フィルハーモニーでモーツァルトプログラムを聞いて、ラトルは軽いフットワークの刈り取られたフィルハーモニカーを息も吐かずの快速でフィガロ序曲を演奏した。それは、未だにどうも絶えない、「神の愛した自然の子モーツァルトにとっては、作曲は子供の遊びでしかなかった」というキッチュな思考を思い出させたと言う。ジェノム協奏曲も呟くように流れ、遅い楽章の弱音器付きのラメント主題の夢のようなフレージングや歌の趣味の良さを褒め称える、一方ロンド楽章でのアックスのペダリングとレガートの不正確さを指摘する。

さてここまでがジルヴェスター気分で、その後休憩後には最高級のアンサンブルが只調子の良い時だけに至る頂点へと舞い上がって仕舞ったとする。プラハ交響曲のプレストでラトルはテンポを更に巻き、全くスタイルにあった、表現に必然的な凶暴性と耳を劈くようなトランペットとティンパニは、劇場的な荒々しさを与え、各パートは仕事を貫徹して、お互いに鋭角的に角を凌ぎ合う。嘗て聞いた事の無いような管の音色の配合は色彩的に冷めて行く。この曲に嘗て見とめた事の無いようなショック療法的な進化を聞く。栄光の終結は、フィガロの暗闇の最終景が光り輝く中で執り行われ、「他と比較出来ないケルビーノのマグダレーナ・コゼーナのみがが舞台を表出させただけでなく、かけはなれて清らかで心を打った」とする。

終結部、こうして幕開けした記念年を行ったり来たりしながら、楽団は再び日頃の仕事へと戻ると続ける。「各々は、若い聴衆教育の為に様々な方法で戦い、定期会員の獲得に齷齪する」。「ある者は、クラッシック音楽の力に懐疑して、ある者は勇気を貰う」。放送交響楽団のスローガンは、「音楽は最も大事なもの」である。それに引き換え、「フィルハーモニカーのマーケティングアイデアは、マイクロファイバーのブラジャーの売り込みを思い起こさせるものである」と断定して、エレオノーレ・ビュニック女史は次のように結ぶ。

「ワイルドクラシックのモットーの下に、そのシャトルバスの回り道は、ベルリンの会堂に集う訪問者を、直接室内楽ホールへと導く。つまり、そこにこそ慣れ親しんだ一流のプログラムが有るからだ。勿論、それは遠に昔から絵に描いた魚であったのではあるのだが。」。



参照:
朝だか夜だか判らない [ 音 ] / 2006-01-02
文化的回顧と展望 [ 生活・暦 ] / 2006-01-01
袋が香を薫ずる前に [ 文化一般 ] / 2005-07-14
近代終焉交響楽 [ 文化一般 ] / 2005-06-17
考えろ、それから書け [ 音 ] / 2005-12-19
ワイングラスを皆で傾けて [ 歴史・時事 ] / 2005-09-24
政治的東西の壁の浸透圧 [歴史・時事] / 2005-07-12
伝統文化と将来展望 [ 文化一般 ] / 2004-11-13
文化の「博物館化」[ 文化一般 ] / 2004-11-13
コメント (2)
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