■ 政治は「短期」・財政政策は「長期」 ■
アベノミクスの面白い所は、安倍首相と日銀&財務省の認識が「異次元」に食い違っている点でしょう。
安倍首相は浜田氏らリフレ派にそそのかされて、日銀に「異次元緩和」を迫りました。この時の安倍首相の認識は、三橋貴明氏の信望者達と同様に「お金を大量に刷ればやがてはインフレになりデフレを脱却する」程度のものであったのではないかと私は邪推します。
一方で、安倍首相に「異次元緩和」を強要されたかに見える日銀は、実際は財務省と連携して金融抑圧という新たな金融財政政策の実験を開始しています。
金融抑圧の目的は、国債金利を抑えて債務負担を軽減する事にあります。特に、税収では財政が賄えなくなった日本では、増税によって経済に多大な犠牲をはらうより、実質的な日銀による財政ファイナンスが短中期的な財政維持にはメリットが大きいのです。(長期的にはどこかで金利が上昇して破綻しますが・・・)
経済に詳しいマスコミの方達も多分気づいていらっしゃると思いますが、日銀・財務省を敵にはしたく無いので、「異次元緩和でデフレ脱却を目指す」などという提灯記事を書いています。
■ 金融抑圧で債務を圧縮する為にはインフレが不可欠 ■
金融抑圧政策で財政負担を軽減する為には、金利が抑えられた状態でインフレが進行して、債務を実質的に軽減する事が必要になります。第二次世界大戦後のアメリカはこれに成功しますが、戦後の好景気と旺盛なドル需要がこれを支えていました。戦後のアメリカは好景気でインフレ率も高かったのですが、FRBが上限金利を定めていたので戦時国債を低金利で償還する事に成功しています。
この様に金融抑圧が成功する為には、ある程度の経済成長とインフレの進行が必要ですが、s少子高齢化が進行し、産業の空洞化も進む日本では、高率の経済成長とインフレの実現は難しく、結果的には金融抑圧政策は財政の延命にはなりますが、解決策には成りえないでしょう。
最後は通貨の信用喪失によって金利が急上昇して終焉を迎えます。
■ インフレとセットの量的緩和 ■
一方、日本同様に金融抑圧的な政策を取るFRBよECBですが、ドルは基軸通貨というチート技がありますし、ヨーロッパの国々の財政状況は日本に比べれば健全です。これらの国の金融抑圧はあくまでもリーマンショックの債務が解消する間、金利上昇を抑制する事に主眼が置かれておると思われます。
FRBもECBもリーマンショック以降「量的緩和策」を実行して、市場に強制的に資金を供給しています。これは金利がゼロの状態では強制的にバイアスを掛けない限り民間の資金需要が生まれない為と説明されます。
1) 金利がゼロになり、中央銀行が金利操作という手段を失う
2) 量的緩和で強制的に市場に資金を供給する
3) 過剰に供給された資金は、いずれは物価を押し上げインフレが発生する
4) 金利がゼロでインフレが進行するので「実質金利」はマイナスになる
5) 実質金利がゼロ以下になるので資金需要が生まれる
6) 投資が活発化して実体経済が回復する
各国中央銀行が2%程度のインフレ率に拘る理由は、「実質金利をマイナスにする」効果を生むためだと思われます。
■ マイナス金利に追い込まれたECB ■
ところが、リーマンショック以降世界が落ち込んだ不況は、日本のバブル崩壊以降同様に簡単には解消できるものではありません。
特にヨーロッパの好景気はユーロによって旧東欧諸国や南欧諸国の経済成長を搾取する事で支えられていたので、世界的需要の低下と、中国など新興工業国の成長で日本同様にヨーロッパは成長のエンジンを失いつつあります。
日本は安易に財政拡大で内需を拡大しようとしましたが、その結果GDPの200%にも及ぶ財政赤字を積み上げました。ヨーロッパは伝統的に財政規律が厳しいので、リーマンショック直後こを財政を拡大しましたが、現在は拡大ペースを緩めています。結果的に内需は不足しがちになり、デフレ傾向が発生しています。
ユーロの規約により財政拡大に制約のあるヨーロッパでは、ECB(ヨーロッパ中央銀行)がマイナス金利の導入を発表しました。ECBの当座預金にマイナス金利を掛ける事で、ブタ積になっている資金を市場に押し出そうというのです。
量的緩和政策は「インフレ」を伴って初めて実質金利をマイナスに出来ますが、デフレ基調では実質金利はプラスになってしまいます。そこで、強引に金利をマイナスに引き下げたのです。
マイナス金利は実は特異な事では無く、危機の度に資金が集中して通貨が高騰してしまうスイスなどは度々マイナス金利を実施しています。ただ、スイスは通貨が強すぎる事を抑制する為にマイナス金利を実施するのに対して、ユーロは実体経済が弱すぎて資金需要が無い為にマイナス金利を実施するので、両者の間には大きな隔たりがあります。
■ 日本のインフレは円安効果と消費税便乗値上げで達成された ■
昨今、日本はインフレが達成されつつあるという記事を目にしますが、庶民の間に景気回復の実感はあまりありません。ただ、「物価が高くなった」事は確実で、スーパーで買い物をする主婦の方々が一番敏感に感じていらっしゃるでしょう。
日本のインフレは急激な円安の進行による輸入物価の上昇と、消費税増税に伴う便乗値上げによって強引に達成されつつあります。これは景気回復を伴わないインフレなのでスタグフレーションと言っても良い悪性のインフレです。
■ インフレから好景気は生まれるのか ■
リフレ派の中にはインフレ達成を明らかに目的化している方達が見受けられます。アベノミクスの生みの親の浜田氏なども、財政拡大を望ます、金融政策の効果のみで景気回復が実現するといったニアンスの発言を繰り返しています。
「インフレは好景気、デフレは不景気」と勘違いしている人達は世の中には意外に多いのですが、インフレやデフレは通貨量によって決まるので、異次元緩和の様に通貨を過剰に供給すればいずれはインフレが発生します。
インフレのメリットは先にも述べて様に「実質金利をマイナス」にする効果にあります。インフレの状況下では将来的な物価や資産の値上がりを考えると現金や預金は実質的には目減りします。本来、人々は「お金を愛しています」から、お金を貯めたがる傾向がありますが、「貯めたお金が明らかに目減りする」と分かった時、人々のお金に対する執着が薄まります。
「今の内にお金を使って、安い内に物を買っておこう」というのがインフレによる景気刺激効果です。消費税アップの直前の駆け込み需要はこの端的な例とも言えます。
■ 貯金も無いのに庶民はこれ以上お金を使えない ■
ここで問題になるのが、過剰な預金の有無です。子供の将来的な教育費や老後の資金を考えたら、多少のインフレが進行しても消費を増やす事は躊躇されます。むしろ、消費を絞って将来のインフレに備えようというのが庶民の心情というものです。
消費税額アップの様に短期にある程度分かり易いインフレが発生する場合は、人々は消費を選択しますが、その後消費を継続する訳では無いので、これは消費の先食いに終わります。
■ 「お金持ち=貨幣愛の強い人」はインフレで投資を拡大する ■
それでは、消費を拡大出来る人達は誰かと言えば、預金を沢山持っている人達です。しかし、残念な事に、お金を沢山持っている人達は「貨幣愛」が非常に強い傾向があります。かれらが預金を拡大出来たのは、安易な消費を行わずに、手元資金を運用して「お金でお金を稼いだから」だと言えます。
この様な人達は、将来的なインフレを予測すると、金利の高い資産や金融商品に投資する傾向があります。日本の国内で金利が確保出来なければ海外の金融商品購入や外貨預金も躊躇しません。
■ 量的緩和によるインフレは資産市場で発生してしまう ■
こうして、皮肉な事に各国中央銀行が供給する過剰資金は、実体経済をほとんど刺激する事が出来ずに、資産市場に摘み上がて行きます。
株式と国債が同時に値上がりする昨今の状況は、過剰流動性が既に行き場を失って市場に溢れている事の兆候とも言え、こうして市場は次第に実体経済から乖離してバブル化して行きます。
■ 危険な「金融抑圧」政策 ■
「インフレ下で金利を抑制する」という金融抑圧政策は、実体経済において思った程効果的にインフレを発生させていません。
1) 先進国の中間層は既に貧しくなってしまったので消費が抑制されている
2) 資金は富裕層に集中しているので、資産市場に滞留してしまう
3) 金融のグロバリゼーションの進行により金利の高い国に資金が流出してしまう
4) 結果的に新興国に資金が流入したり、逆に急激に流出する現象が発生する
どうやら、日銀や財務省の目論みとは裏腹に、「金融抑圧政策」は実体経済のインフレを福利出す事が出来ずに、資産市場を不安定化させています。
リーマンショックの穴埋めという短期的な目標達成には効果的ですが、金融緩和が資産市場のバブルの生成と崩壊を生む出す限り、長期的に財政負担を軽減する目標達成の前に、金融市場の崩壊という結果を生み出すのでは無いでしょうか。
何だか、第二次世界大戦の前にも世界は同じ様な状況だった気がします。そして、戦争によって強引に需要を引き揚げ、生産設備を破壊して供給を低下させ巨大インフレを作り出し様な気がします。
世界からキナ臭さが漂って来る昨今、10年、20年後には、戦争という強引な手段も起こり得るのかも知れないと思う今日この頃です・・・。