海で生まれたヴィーナスは西風に吹かれホタテ貝に乗って岸部にやってくる。オホーツクの海で生まれたヴィーナスはかわいそうである。なにせ寒い。しかし、オホーツクの天然ホタテ貝はヴィーナスに似合いそうである。
もうすぐ海が温むとホタテも痩せてしまう。まさしく今が旬のオホーツクの天然ホタテ貝がクアトロに入荷した。素晴らしいその貝柱はヴィーナスの輝きを見せる。
さて、このヴィーナスのホタテ貝に合わせるワインはどうしましょうか。今、フランス・ブルゴーニュのシャルドネ「サン・ヴェラン」とイタリア・アルトアディジェのシャルドネ「ザルト」とクアトロ新着のスペイン・ナバラのシャルドネ「ヴェガ・シンドア」が我こそヴィーナスにふさわしいワインであると婿の座を争っている。
婿選びに困ったヴィーナスは「不死の薬をあの山から取ってきた人を婿とします」と難題を出し、挙げ句は月へ帰ってしまう。おっとそれはかぐや姫でした。クアトロのホタテ貝は、どのワインが私にふさわしいのか堅く口を閉じたままです。
クアトロの魚界で高級魚の座を争う真鯛とアカムツ。身が柔らかく脂の乗ったアカムツとこりっと絞まった肉質の真鯛は味わいの違いで、相容れないところがある。
クアトロ議会で真鯛は発言する「私は無骨で口べたなんですよ」と云いつつ云いたいことを云う
「アカムツさんはノドグロだろ、云っていることが信頼できない、腹も黒いそうじゃないですか」
顔を赤くしてアカムツは反論する「私も大変なんですよ、そりゃあもうかわいそうなもんですよ、だいたい真鯛さんは対応が遅いですよ」アカムツはすでに涙目である。
真鯛がねっとりと美味しくなるのに時間がかかることを非難している。
クアトロのお客様も迷っている。どちらも美味しいのだが、どっちを注文したものだろうか。今日もクアトロの主役の座を争うアカムツと真鯛である。
流氷に閉ざされた厳寒の海もようやくやわらいた。オホーツクは4月になるとやっと毛ガニ漁が始まる。今日の魚市場に並んだおいら毛ガニも、その冷たい海で鍛えられ、ずっしりと身が詰まって重い。おいらは今が旬なのである。
ひとりの青年がおいらを見つめている。仲買さんがしきりにおいらをこの青年に勧めている。青年はその仲買の声も空ろにおいらに見とれている。何を勘違いしたか仲買さんはおいらにみとれている青年においらを値引した。
青年に引き渡されて、おいらが着いたところは、変わったイタリアンのクアトロ・スタジオーネだった。青年はおいらを激安で仕入れて満足している。
おいらたち毛ガニは今の時期どこへいってもモテモテだと聞かされていた。ところが、どうだろうクアトロに着いてみると立派なサワラに赤ムツ、真鯛、カサゴ、ホタヌルイカが並んでいる。同じ北海道から出てきたアワビもいるではないか。
おいらのライバルはあまりにも多い。がぜん総毛だってやる気を見せる毛ガニくんだった。
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ヨロイイタチウオ、何ともいかめしい名前だ。魚市場ではヒゲダラと呼ばれている。大型のヒゲダラは格別美味しい。だいたいが高級料亭へ出回ってしまう。クアトロに入荷したヒゲダラも大型で立派なものだ。昨日のクアトロの魚達の中でもひときわ威厳がある。
そんなヒゲダラ様に近づく魚があった。
「ヒゲダラ様ご機嫌はいかがなものでしょう、さすがに旦那は威厳がありますね、そのお髭がなんとも立派だ」
「わたしはヒゲダラ様にあこがれていたんです、お会いできて嬉しくてね、つい声をかけさせていただきました」
ネチネチとおべんちゃらを云っているのは、ニベである。白身の魚で、グチやイシモチの仲間である。身が柔らかく、刺身よりも火を入れて食べると実に美味しい。心の中ではヒゲダラに対抗心を持っているようである。
おべんちゃらを云っているニベは海の中でも、ブツブツとうるさい奴だ。仲間のグチもブツブツとうるさい奴で、名前を愚痴とされている。ニベは身体がベトベトしている様からねネチネチと愛想を振りまく人をニベのようだと云う。それが急に無愛想になると「にべもない」という表現になるのだ。
「ニベさん、私は出番が来たからお先に失礼するよ」
ちょうど、ニベのご愛想に飽きてきたヒゲダラはクアトロのお客様のテーブルへと出かけるのだった。
「そうすか、さいなら」
にべもない挨拶のニベだった。