湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

☆ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

2017年03月21日 | ストラヴィンスキー
○モントゥ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1957/4/13live・CD

迫力の重量級演奏でかつ俊敏、モントゥの統率力、それに従うボストンオケ各パートならびにアンサンブルとしての技量の高さが伺える良録音。見通しのよいリズム構造に響きへの配慮が行き届いたさまはあくまで不協和的でありながらも合理的な音楽性を浮き彫りにし、ただ精一杯に元スコア通り振った日々より長年をへて、モントゥがこの曲に対して得た個人的見識が膨大なスコアへの書き込みになったんだろうなあ、とボックス表紙のスコア検証中写真を見て思った。作曲家本人の意思とは恐らく違う娯楽性やドイツ的な構築性が持ち込まれているとしても。◎にしてもいいくらいだが録音が若干悪いので○。どうも既出の気がする。。このてのものの録音月日はあてにならないので、レア演目の場合は特に注意。ハルサイはメジャーなのでわかんないゆえ別としておく。
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☆グリエール:交響曲第3番「イリヤ・ムーロメッツ」(短縮版)

2017年03月21日 | グリエール
◎ストコフスキ指揮NYP(DA:CD-R)1949/10/23live

やや録音が辛いがNYPならではの覇気とボリュームのある音で前進的な演奏が展開される。この曲はこのくらいの長さが聞きやすい。ストコは常にわかりやすく、かつ劇的に音楽をドライヴしてゆく。それはマーラーを演奏するかのような態度だ。攻撃性という面がストコの演奏様式の中に確かにあるが、それは金管の追加とか打楽器の追加とかいった部分だけにとどまらず、弦楽器の演奏方法についてもかなり厳しく律しているようなところがみられる。フィラ管の艶やかな弦はストコが創り出したというのは有名な伝説だろう。イリヤ・ムーロメッツをNYPという一流どころで聞けるだけでも嬉しいではないか。チャイコを聴く感覚で聞ける作曲家公認短縮版。相対的に◎。
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ドビュッシー:三つの交響的エスキース「海」

2017年03月21日 | Weblog
ミュンシュ指揮ORTF(ina配信)1966/9/13live(1966/10/13放送)

本編ステレオ。しょっぱなからミュンシュが猛り狂っており、掛け声だらけ。それに対してオケも荒々しく、性急で即興的な印象が強く(ほかの録音を聴くにつけミュンシュにとってはとっぴな解釈の入れづらい曲っぽいので細かな伸縮などはない)、けして名演とは言えない。強いライヴ感がカタルシスに昇華されておらず、大声を上げて終幕となっても客席反応は即時ブラヴォとはいかない。雑味は多いがオケはよくついてきたと思う。弱音部のニュアンスに欠けているとは思った。
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ランドウスキ:交響曲第2番

2017年03月21日 | Weblog
ミュンシュ指揮ORTF(ina配信)1965/11/16(1966/1/1放送)live

プレートルも録音しなかった番号で、表題を持たず(楽章には付けられているが抽象的)全般に1番とくらべオネゲルに回帰したような地味な響きと律動、ミュンシュだからその求心力(細かな動きのオケの統制含む)で聴いていられるが、とりとめなくフィナーレが(冒頭こそランドスキらしい新しい響きも入るものの)どこで終わったかわからない感じもあり戸惑い気味の拍手が入るのも、けして当時前衛ではなくかといって古い見地からも新しくなかったことは窺い知れる。しかしランドウスキは「わかりやすい」。きちんとした楽想を持ち、それなりの創意ある音楽は戦後の「娯楽的空気」も伝えており、一部で揶揄されたのもわかる。テレビドラマの劇伴のような今や古臭いあからさまさも含まれるのだ。逆に、今こそ再評価されるべき「忘れられ方」をしているとも思う。ここでのORTFは細部までよくやっている。ミュンシュはボストンでの新曲演奏のように少し引いてやってはいるが悪くない。ノイズの少し気になるステレオ。
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☆シベリウス:交響曲第2番

2017年03月21日 | シベリウス
○ドラティ指揮ストックホルム・フィル(RCA/VICTOR)

けっこう評判のいいドラティのシベリウスでも秘盤で知られていたもの。ドラティのイメージにあわない堂々としたスケールの演奏で、今で言うメータのようないい意味でも悪い意味でも安心できる解釈ではあるが、オケに特長があり、とくに管楽器陣に聴かせるところが多々ある。シベリウス前期はブラスは言わずもがな木管ソロにも国民楽派らしい重要なソロが任されている。ペットのよく通る輝かしい音、ほの暗くも感傷を煽る気分に満ちた中音域を支えるオーボエやクラなどの音色にはこのオケにしか出せない色がある。ロシアの原色でもドイツの渋色でもない色。当たり前の解釈と侮るなかれ、これはオケの勝利です。○。
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☆アファナシエフ:弦楽四重奏曲第1番「ボルガ」

2017年03月20日 | ロシア・ソヴィエト
○モスクワ放送弦楽四重奏団(melodiya)LP

演奏は鋭く立派なのだが、

もんのすごーくロシア。

って感じの曲。それもそのはず、ニコライ・アファナシエフは(ピアニストじゃないですよ)1821年生まれの古い世代の人で、この作品にかんしては「ロシア民族楽派初の弦楽四重奏曲」と呼ばれるほどなのだ。これは「追随者」のものではなく「先駆者」のものに近いんですね。ロシア音楽協会コンペの第1回優勝作品だそうで。民謡旋律に貫き通された楽曲はボロディン2番に通じる簡明さとチャイコに通じる鮮やかな手腕が感じ取れ、「追随者じゃなくて先駆者ですよ」と言われれば「えっあのまだまだ中欧的なチャイコ以前の作曲家が活躍していた同時期にこんな作品が??」と驚き賞賛する気持ちもわかる。グラズノフみたいな変な臭気もないしマニアックな作為もない、垢抜けた民謡音楽です。個人的には聞き飽きたたぐいだがロシアマニアにはたまらないでしょう。○。1898年に亡くなっているのでチャイコとほぼ同世代といっていいのかな。
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リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

2017年03月20日 | Weblog
ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(MEMORIES他)1955/9/30live・CD

ブラスのパワー、弦の技術、指揮からくる集中力を求める曲にピッタリの組み合わせである。モノラルだが情報量はあるため、覇気溢れる演奏ぶりを堪能できる。リヒャルト・シュトラウスでもこの曲は別格だろうし、ミュンシュも適格だろう。
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リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

2017年03月20日 | Weblog
バーギン(Vn)ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(MEMOLIES他)1957/2/15live・CD

モノラルの録音状態は悪いが、曲がミュンシュ向きで、ソロの高度な技巧(半音階を正確に取り続けなければならない!)はこのオケに向くし、比較的平穏で幸福感にみちた中からラストに向かっての覇気を取り戻す雰囲気づくりに指揮者の適性を感じる。しょうじき、ドンファンほどの圧のある曲ではないので、ウィーン情緒を割と薄い横の流れで聞かせていく場面が多いため、ミュンシュらしさが発揮されるところは少ないが、引っかかりなく聞き終えることができた。
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ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」

2017年03月20日 | Weblog
カミーユ・モラーヌ(ペレアス)ミシュリーヌ・グランシェ(メリザンド) ジャック・マルス(ゴロー)
マリー・ルーチェ・ベラリー(ジュヌヴィエーヴ)アンドレ・ヴェシェール(アルケル)フランソワーズ・オジュア(イニョンド)
ジャック・ヴィニュロン(医者)
、アンゲルブレシュト指揮ORTF(BARCLAY,INEDITS)1963/3/12シャンゼリゼ劇場live・LP

DMのCDが出るまでは唯一のステレオライヴ録音として珍重されたもので、言われるほど録音が悪くもなければ演奏がパッとしないこともない。ライヴだから独唱が音程を外すなど細かい点で瑕疵はあるものの、そして依然LPでしか出ていない(流通はしている)からノイズを気にする向きはともかく、一応音場の狭いステレオとして聴くことができるし、雰囲気もばっちりである。おそらく入手可能なアンゲルブレシュト最後の同曲全曲録音なので、マニアでなくとも機会があればどうぞ。
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☆フランセ:交響曲ト長調

2017年03月19日 | フランス
○作曲家指揮モンテ・カルロ・フィルハーモニー管弦楽団(EROL)CD

生前に一目お目にかかりたい作曲家、それがこの人だった。長寿であったが亡くなった報せは唐突で、その前後にEROLより発売された自作自演を含む作品集は晩年の境地を知らしめるものとして感慨深いものがあった。長沼さんとのヴァイオリン協奏曲を含むこの盤に「交響曲」が含まれていたことは意外と知られていない。作品自体はフランセの軽妙洒脱、というよりも皮肉屋としての側面が反映された何とも言いがたい「巫戯気た」ものとなっているが、形式的にも内容的にもフランス新古典主義の交響曲として欠けたところのないものとなっているのが面白い。53年作品とは思えない、プーランク的な1楽章アレグレット、ミヨー的な2楽章アンダンテ、ストラヴィンスキー的なメヌエット(だらだらと長いが)、がちゃがちゃと騒ぐだけのファイナルという姿は、まさにフランセが半世紀以上も様様な形式に使ってきた「型」を交響曲に引き伸ばして当てはめただけであり、正直後半はダレるものの、同時代に類をみない「お気楽交響曲」のさまはソヴィエトのショスタコが9番でみせた軽妙洒脱さが如何に軽妙洒脱では「ない」かを知らしめるような能天気ぶりで、逆に楽しい。ただ聞くだけではわからない、案外難しいのがフランセの書法、和声進行も変則リズムもまったくワンパターンなのに細部にいちいちストラヴィンスキー的な創意が籠められており、初見で読み解くのは難しい。こういうのを初見で弾ける人はヒンデミットのマニアックなガチャガチャもすぐに初見弾きできるんだろうなあ。フランセの指揮はリズムが明確でそのピアニズム同様スピーディで正確だが弦楽器主体にならざるをえないこの型式になると処理にいささか生硬さが滲み出てしまう。横の動き主体の弦楽器に変則的な縦のリズムをきっちりかまさせるのは如何に演奏家として優れていてもプロの指揮者で無い限り難しいものだ。でもオケがけっこうフランス的でありながらも技術的に安定感がありうまくのっている。作曲的にピークの過ぎた作品ではあるが、もっと注目されてもいい幸福な作品だ。何故ショスタコやらマーラーやら不幸な作品ばかりが注目されるのかなあ日本という国は。○。
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ラヴェル:マ・メール・ロワ組曲

2017年03月19日 | Weblog
ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1958/2/19・CD

得意としたラヴェルであり、情感たっぷり、分厚い響きで盛り上げる。少し硬い音で、緩急の緩に柔和さ(響き含む)が欲しい向きもいるかもしれないが、ミュンシュのラヴェルの、これが標準であり、ライヴは派生するものとしてまずこれを聴くのが良いだろうと思う。
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デュカス:魔法使いの弟子

2017年03月19日 | Weblog
ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(RCA)1957/11/4・CD

どこか突き放したようなところはあるが正規録音だけあって細部まで緻密に作り上げられミュンシュの長所であり弱点でもあるライヴ性にひそむごちゃっとした構造軽視の部分もなく、やはり、ライヴが全ての指揮者とは思うけれどまずは正規盤で腕の確かさとオケの力量を確かめてから、ライヴ録音に挑んでいただきたいと思った。
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☆リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード

2017年03月19日 | リムスキー・コルサコフ
○チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団(euroarts)DVD

恐らく70年代後半の映像か。見た目の「窮屈さ」と音にみなぎる覇気の間に少し違和感をおぼえるがテンシュテット同様そういうものだろう。まさかカラヤン方式(別録り)ではあるまい。スピードも縦の強さもチェリ壮年期のかっこよさを体言しており、スタジオ収録映像にもかかわらず掛け声をかけたり気合が入りまくりである。シュツットガルトもかなり精度が高い。まあ、チェリのシェヘラザードはたくさんあり、その芸風の範疇におさまる記録ではあるので、見た目にこだわらなければこれを入手する必要はないとは思うが、生気ある白髪チェリを拝みたいかたはどうぞ。モノラル。
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フランセ: ハープと管弦楽のための6楽章の詩的な遊戯

2017年03月18日 | Weblog
マリー・クレール・ジャメ(hrp)デルヴォ指揮ORTF(ina配信)1973/11/7放送live

時期にしてはやや録音は落ちるか。ハープが典雅なひびきの走句を終始奏で続けオケがほとんど前に出ず、譜面めくりの音が入るなど、室内編成と思いきや管弦楽団との二重構造で仕上げられているようだ。なかなかフランセらしい巧緻さである。終盤で盛り上がりを見せてくると書法のメカニカルなところにマリ・クレール氏の感情が入ると少し揺れてしまったりオケのソロ楽器の一部に軋みを生じたりはするが、フランセがあくまで自分の音楽に忠実に、編成と書法を変えるだけでこんなロカイユ風組曲のような曲になってしまうのだ、BEAセレナーデに近い響きも換骨奪胎されてハープの新しい可能性を引き出している、まさに、ギターやハープシコードなどいろいろな楽器でやっていたことが、この曲では娘ジャメ氏のちからを借りてうまくいっていて、今でも演目に上がるのもわかる魅力がひときわ際立って聴こえてくる。デルヴォーは思ったより引きのスタンスで、むしろ後ろへ引っ張る感もあるが、協奏曲ではこういうこともあるだろう。客席反応も悪くない。アナウンス等なし。
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☆ラフマニノフ:交響曲第3番

2017年03月18日 | ラフマニノフ
○シルヴェストリ指揮ボーンマス交響楽団(bbc,medici)1967/12/1・CD

情緒纏綿な一方リズム感のよさ、音のキレは逸品で、録音がやや小さく篭っていることを除けばかなり楽しめる要素の詰まった引き締まった演奏である。ライヴではないと思う。演奏的瑕疵がなくオケも巧い。この曲の旋律をきちんと魅力的に響かせ、ラフマニノフの持ち味である騎馬民族的なリズムの魅力との交錯を楽しませる、よく曲をわかった人の演奏だなあといったところだ。ロシア式の演奏に近い部分はあるが、オケのせいもあってより洗練された聞きやすさがある。やはり2楽章など原曲の冗長な部分は冗長として残ってしまうし、逆にあっさりしている部分はあっさり通ってしまう感もなきにしもあらずだが、ラフ3の演奏としてはかなり上位に置けるものと思う。録音を除けば。モノラル。
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