りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

15年。

2010-06-02 | Weblog
鳩山首相が、辞任を表明した。

この一件、様々な角度から様々な書き方ができると思う。
「遅すぎる」とか「英断だ」とか「やっぱり民主党じゃあ・・・」とか
「いや、党首が変われば・・・」とか・・・と。

僕は、今日この場で、そんなことを書きたいとは思わないし、それ以前に、この
一件について書くだけの“意味”を見いだせない。何も思っていないのだ。
昨夏、政権交代が起った時から僕が常に心に思っていることは、

“この国の推移をできるだけ長い目で見ていきたい”

ただ、それだけだ。

現代が、どの角度から見ても大転換の時代だということは、もはや全ての人が承知の事だ。
昨年の自民党から民主党への政権交代も、その“一部”でしかない。
つまり、世界中で起っている大転換の余波によって、自民党というボートがひっくり返って、
代わりに民主党という船底が水面上に顔を出したようなものなのだ。

ここで、少し話が逸れるが、人類は古来より“大転換”の時代を何度も経験してきた。
日本、しかも近世以降だけに限定しても、何度もそれを経験している。
それを後述すると・・・

●織田信長の上洛(1568年)~本能寺の変(1582年)/14年
●山崎の戦い(1582年)~豊臣秀吉死去(1598年)/16年
●関ヶ原の戦い(1600年)~大阪夏の陣(1615年)/15年
●黒船来航(1853年)~明治維新(1868年)/15年
●太平洋戦争敗戦(1945年)~池田内閣発足“もはや戦後ではない”(1960)/15年

・・・どうだろうか?
ざっと羅列したが、何か共通項を感じられないだろうか?
上述した歴史的出来事は、誰もが認める歴史的大転換の事件だ。
織田信長の天下布武も、豊臣秀吉の天下統一も、徳川家康の幕府支配も、
幕末の動乱も、終戦からの戦後復興も、すべてこの国の大転換点だった。
しかし、どれもこれも一朝一夕の出来事ではなかったのだ。

奇妙な符号がある。
上述した一連の出来事は、すべて約15年単位で推移している、ということだ。

これは偶然の一致なのだろうか?
いや、とてもそうには思えない。

長年の慣習や常識を大転換させて、新しい時代を創り出すには、
最低でも15年は必要だということだろう。

翻って、この国の現状。

民主党がしようとしていること、したこと、すべきこと。
今が本当に大転換の時代ならば、その答えが出るまで、僕は最低でも
15年はかかるのではないか?と思うのだ。
それまでは、鳩山首相の辞任ごときのことで結論めいたことを表明するのは
時期尚早だと思う。

蛇足だが、幕末から明治時代の公卿に三条実美(さねとみ)という人がいた。
海千山千の幕末の志士が活躍した時代に、知力も胆力も何も持ち合わず、ただただ
“血筋が高貴”というだけで、黎明期の明治政府に御輿のように担がれた、典型的な公家さん。
政権上では、太政大臣という最高位にまで就いたが、誕生したばかりで意見の衝突が
絶えなかった明治政府をまとめきれず、いつも他者の意見に振り回され続け、疲労困憊の
毎日だったという。
生まれた時から恵まれ、受動的に生きてこられたがために、心の真ん中に芯棒が作れ
なかったからそうなってしまったのだ。

誰かと似てないだろうか?

僕は、今日辞任した鳩山首相を見る度に、このおそろしく頼りない公家・三条実美を連想していた。
だから、鳩山首相の辞任をそんなに大騒ぎする必要はないと、僕は思う。
三条実美も、別に明治維新で大きな功績を残しているわけではない。
いてもいなくてもどっちでもいいような存在だったのだから。
明治維新という時代の大転換は、恵まれて受け身で育った公家さんではなく、下級の人間たちが
起こしたのだ。それも15年という長い時間の中で。

最後にもう一度。

だから、大騒ぎする必要はない。
鳩山首相の辞任など、“大転換”の時代の中では、きっと取るに足りない小さな出来事だ。
コメント (3)
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豊臣秀長。

2010-06-02 | Weblog
「豊臣秀長~ある補佐役の生涯~」堺屋太一

今、読んでいる本です。
寝る前に布団の中で読んでます。

この小説は、もうずいぶん前の作品で、たしか12~3年前に発表された作品。
当時から“読みたい”と強く思いながら、結局今頃になってようやく
手に入れてページをめくりはじめた始末 (^_^;)

歴史モノ、好きですねぇ
元々、そっち関係(発掘とかね)の仕事に就くことも昔は考えていたくらい
なので、ホントに好き
最近、巷でもてはやされている“歴女”とかと一緒にしないで欲しい(笑)

だから、堺屋さんの作品は好きです。
今、各新聞に連載中の「三人の二代目」もバツグンに面白い
どんなに朝、慌ただしくても、朝刊のあの連載だけは読んで出勤してます(笑)

歴史作家といえば、きっと誰もが思い浮かべるのが司馬遼太郎氏だと思う。
もちろん、司馬さんの作品もたくさん読みました。
でも、同じ歴史作家でも堺屋さんと司馬さんは明らかに毛色が違う。

これは色んな人が指摘もしているし、僕も作品を読んで実感したことだけど、
司馬遼太郎氏の作品は、歴史をモチーフにした“青春小説”なのだ。
「坂の上の雲」しかり、「功名が辻」しかり。今、大ブームの「竜馬がゆく」なんて、
その典型だ。歴史上の人物が夢や理想に向かって一直線に突っ走る姿は、読んでいる
こちらの人間も清々しい気持ちに包まれる。

一方、堺屋太一さんの作品は、歴史をモチーフにした“ビジネス書”だと思う。
文中、歴史上の様々な出来事や人間関係の有様を、現代社会の通例や会社組織などに
例えて表現することが多々ある。
それが実に分かりやすい。分かりやすいということは、すなわち、読みやすい。

身体の内面の半分以上が“希望”とか“夢”という言葉で組成されていた10代20代の頃は、
司馬さんの作品は、自分を投影しやすかった。
しかし、身体の内面のほとんどを“現実”という言葉で組成されてしまった30代以降の
人間には、堺屋さんの作品の方が自分を投影しやすい。
だから、司馬さんの歴史小説が青春を謳歌している青少年のための物語ならば、
堺屋さんの歴史小説は社会の真っただ中にいる中高年のための物語なのかもしれない。

だから就寝前の読書には、ピッタリなのである(笑)

さて、今読んでいる小説の主人公の「豊臣秀長」。
彼は、あの日本史上最大の出世を遂げた、天下人・豊臣秀吉の弟である。
しかし輝かしい兄の栄光に隠れて、秀長は今までほとんど脚光を浴びてこなかった。
だが、日本史上最大の大出世をした人の弟ならば、単純に考えれば、彼は日本史上
2番目に大出世した人物なのだ。

そこに堺屋さんは光を当てた。

これは拍手モノの快挙だ
だからこの小説の誕生は、ある意味、非常に画期的な出来事だったと今も思う。

今僕が読んでいる部分は、秀長がまだ小一郎と呼ばれ、足軽大将となった
秀吉の家来になって間もない時代のあたり。
二人の兄弟の大出世物語は、まだまだこれから。
開演のベルもまだ鳴っていない。

生涯を通して時代の脇役に徹した、稀代の名補佐・豊臣秀長。
司馬遼太郎氏の「太閤記」や同じ堺屋さんの「秀吉」とはひと味もふた味も違う、
少し角度の違う目線からの戦国大出世物語・・・夜な夜な楽しんでおります
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