りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

代々木。

2011-06-29 | Weblog
先週行った、東京でのこぼれ話を。

初日の夜、クリエーターの懇親会で盛り上がって、午前1時過ぎに寝たのにも
かかわらず、旅先での宿泊だったからか、翌朝、午前7時前には目が覚めた。

せっかくだから、散歩に出かけた。

宿を取っていたのは、渋谷の道玄坂にあるカプセルホテルだった。

渋谷にはこれまでも何度か来たことがあったが、知っている街は、この道玄坂か
センター街か公園通り沿いくらいだった。

せっかくなので、渋谷駅の方向とは逆に坂を登ってみた。

登りながら通りをクネクネと勝手気ままに歩いてゆくと、スペイン坂にたどり着き、
FM東京のあのスペイン坂スタジオの前に出た。

完全に、おのぼりさん。
感動している自分がいた(爆)

そのまま道なりに、というか、相変わらず勝手気ままに坂を上ってゆくと、CCレモン
ホールが視界に入った。
CCレモンホールか・・・地方の人間だけど、やっぱり世代的に、渋公・・・「渋谷公会堂」
というネーミングの方がしっくりくるなぁ。

そんなことを思っていたら、すぐ隣に見えてきたのが、NHKとNHKホール。
へぇ~、渋公とNHKホールって、こんなに至近だったんだ・・・と
またまたおのぼりさんはビックリ。

今のミュージシャンは知らないけど、僕らが10代の頃に貪るように聴いていたミュージ
シャンたちは、この両方のホールでのライブ公演を成功させることがひとつのステイタス
のようなものだった。
そして、このふたつのどちらかのホールでのライブを成功させたミュージシャンには、
ほぼ自動的に1年以内には「武道館公演」という大舞台への切符が約束されていた。

ボウイ、レベッカ、バービーボーイズ、爆風スランプ、佐野元春・・・etc.
彼らが初めてこれらのホールで最初にライブを演った年を、僕はすべて憶えている。
あの頃、僕はホントに音楽が好きだったんだなぁ・・・と思いながら足を進めた。

そんな風に歩いていたら、しばらくすると広大な緑の公園が視界いっぱいに広がった。

代々木公園だった。

明らかに人工的に作られた緑の公園だが、ビルとアスファルトばかりの中で、突然
むせるような緑の匂いが鼻腔に届くと、なんだか少し安堵してしまう。
「都会のオアシス」という、手垢のついた言葉を、思わず実感する。
やっぱり、人間も生き物として、緑がないと生きていけないのかもしれない。

公園内には、サッカー場や、トラックらしきグラウンドも整備されていて、まだ朝早い
時間帯なのに、すでにサッカーのユニフォームを着たオジサンや、野球のグローブを持った
少年たちが、練習か試合か分からないが、忙しく準備をしている。

広場の方に行ってみると、ベビーカーを押しながら散歩をしている若い夫婦の姿が
意外と多いのに驚いた。もちろん、1人で散策している淋しそうな男性もいたけど(笑)

ジョギングをしている人も、多かった。
公園の中だけでなく、公園の周囲の道路にも数えきれないほどのランナーが黙々と
走っている。

本当に面白い街だ。

同じ通りなのに、坂を下れば日本有数の繁華街が広がっていて、そこには夜どうし
遊びまくったピアスとタトゥーの少年少女がビルに寄りかかってたむろしている。
しかし同じ通りの坂を登りきれば、そこにはドラッグはもちろん、タバコやアルコール
とも無縁のように見える人たちが、朝早くから緑の中で身体を動かしている。

ひとつの街で、ひとつの通りで、これだけ対極的な人種が同居しているところが、
東京ならでは・・・なのかもしれない。

踵を返し、また渋谷の雑踏に戻ろうとした時、写真やテレビで見慣れた建物が
目に飛び込んできた。

代々木体育館オリンピックプール。

肉眼で見るとやっぱりスゴイ。
もう、思いっきり“THE・丹下健三”である(爆)

広島県生まれの人間にとっては、丹下健三といえば、原爆資料館や平和記念公園の
設計者のイメージが強いが、やっぱり丹下健三の代表作となると、この代々木
オリンピックプールや東京都庁となるのだろう。

そういえば、先週末と今週末、代々木オリンピックプールでは、浜田省吾のライブが
開催される。
彼も渋谷公会堂やNHKホールで数えきれないほどライブを演ってきたミュージシャンだ。
それが今や日本のロック界の大御所となって、しかもこんなバカでかいアリーナを
4日間も観客で超満員にできるだなんて・・・。

同じ広島の人間として、誇りですな。
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コメント (3)
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