rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

奇妙な潮流がここにも行き渡っている

2014-05-26 12:05:31 | つぶやき&ぼやき
最近の子供たちは、忙しすぎる。
ほとんどどの子も忙しい。
小学生のうちからも、中学生になると強制的に、高校生でも大方の者が、一日びっしりと予定が詰まっている。
週末も忙しい、月に2回一日フリーがあればいいくらい、夏休みなどの長期休暇もあって無きがごとき状態だ。
しかも、自由な時間を持たないよう何かに所属したり予定を入れることが、学校をして奨励しているきらいがある。
百歩譲って中学はいいとしよう、しかし進学校と自称している高校でも部活動(運動部)入部を推奨し、文武両立は可能と振れまわるあたり奇異な感じを抱く。
ゆとり教育の反動で、小学生から履修内容は膨大に増えた。
学校での教育だけで、どれだけの子供が内容を理解しついていけるのか疑問なほどに。
塾や通信教育の補助ありきで中間層を底上げするのが前提となっている。
高校生になって国公立の大学に進学したい場合など、気の遠くなるような学習量をこなすのに、毎日8時を過ぎないと帰宅できないような部活動しては到底無理と思われる。
だが、このことに疑問を抱く人はあまりいないようなのだ。
中学校も高校も教師はみな口をそろえて「部活と勉強の両立はできる」「部活動をきっちりやりながらも大学はいける」という。
週1~2回の活動だったらそれもあるだろう、けれど週6日となると話は変わる。
子供たちは疲れきって、よからぬ行動にでないばかりではなく(これも狙いの一つだと思うが)、自分で考える余裕も奪われてしまっているようだ。
くわえて、スマホなどのによるゲームやなんといっても際限のないLINEが、空いた少ない時間を根こそぎ奪っていく。
部活動もそうだが、LINEなど、必ずどこかに所属したいという人の弱い心理をつき、そこから離れたり所属しないものを排斥する傾向はなんともいやらしい。
昨夜家人との会話で「付和雷同」の風潮が濃く蔓延しているのではないかとあった。
もともとその傾向が強い我が日本が、さらに増していてなんとも気味が悪い。
もはや笑って済まされないような、学校教育からの社畜養成、思考停止のロボトミー化が、定着したようだ。
なぜならば、教育現場に携わる教師の多くが、バリバリの体育会系が大多数を占めているという現状は、どう見ても偏りすぎでしょう。
一方に触れてしまうということは、片方を黙殺する可能性が高すぎる。
教育現場は、ニュートラルでなければその本来の意味や機能を果たさないと思うのだ。
多種多様な考え方が満遍なくあってこそ、バランスのとれた社会を生み出す土壌となるはずだから。
最近の振幅は幅が大きすぎて、しかもその負の遺産が厄介なところに、先行きが見えない時代である。