所 グリムの森とお城
人物 赤ずきん
白雪姫
王子(アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン)
家来(ヨンチョ・パンサ)
赤ずきん: どうしたの、クリア寸前に邪魔が入ったの?
白雪: いいえ。ちゃんとガラスの棺に納まって、小人さんたちが心の底から嘆き悲しんでくれました。
そして小人さんたちがその場を離れたその後に、定石通り白馬に乗った王子さまがあらわれたのです。
アニマ・フォン・モラトリアム・ゲッチンゲン王子が……。
赤ずきん: やったじゃん!
白雪: そして、棺の蓋を開け、熱い眼差しでカップメン一杯できるほどの時間、わたしの顔をご覧になり……。
そして……口づけをなさろうと……なさろうと……一センチのところまで唇を寄せてこられて……。
赤ずきん: 寄せてこられて……ゴクン(生つばをのむ)
白雪: そして、溜息をつき、せつなそうに首を左右に振っては帰ってしまわれるの、毎日毎日……。
だからわたしは生き返ることができず、日が落ちてから、夜ごと幽霊のように森の中をさまよっているの……。
日が昇れば、またコウモリのように洞窟ならぬ、ガラスの褥(しとね)にもどらねばならない。
こんなことが夏まで続けば、わたしミイラになってしまうわ。
赤ずきん: どうして……。
白雪: どうしてだかわからない。毎朝きまった時間に、あの方の馬の蹄の音が聞こえる……。
今日こそはと胸ときめかせ、棺の蓋が開けられ、あの方の体温を一センチの近さで感じて、悶え、あがいて……。
でも、わたしは指一本、髪の毛一筋動かすこともできない。
この生殺しのような苦しみを一筋の涙を流して知らせることもできない。
七人の小人さんたちも、木陰や藪に隠れて、その様子を見てくやしがり、せつながってくれている。
でも体が自由になる夜、小屋にもどるわけにはいかない。小人さんたちにわたしの苦しみを悟られるわけにはいかない。
でも、じっとしていては気が狂いそう。いえ、もう狂っているかも知れない。
夜な夜な森の中をほっつき歩くようじゃね……いっそ、月明かりをたよりにわたしの方から王子さまのもとへ……。
もう、はしたない……。
赤ずきん: はしたない?
白雪: なんて言ってる場合じゃない。
はしたないだけなら、とうにこの森を抜け出し、王子さまのお城にむかっているわ。
こう見えても、水泳やボルダリングは得意なの。王子さまの部屋なんかヒョイヒョイっと……。
でも、何の因縁か、夜、体は自由になっても、この森のいましめから外へ出ることができない。
きっとリンゴの毒気が悪魔と呼応し、この森に、わたしだけをいましめる結界を張ったのよ。
赤ずきん: 神さまかも知れないよ。
白雪: 神さま? 神さまがどうしてこんな意地悪を?
赤ずきん: 悲しみとせつなさと……それに育ち始めた憎しみで、ひどい顔になってるよ。
神さまでなくとも、そんな白雪さんを人目にはさらしたくなくなるよ……今はお后の魔法の鏡も、気楽に真実が言えると思うよ。
白雪: (コンパクトで自分の顔を見て)ほんと、ひどい顔……。
赤ずきん: 悲しみとせつなさはともかく、その胸にともりはじめた憎しみを育ててはいけない……憎しみは人を化物にするわ。
白雪: うん……自信はないけど。
赤ずきん: 同じグリムの仲間だ、一肌脱いであげる。
夜は最終のバスが来るまで話し相手になってあげる。そして、できたら王子さまに会って話もしてくるよ。
白雪: ほんと?
赤ずきん: うん、王子さまにも何か事情があるのかもしれないからね……。
あ、バスが来る(遠くから狸バスの気配)じゃ、それから、変なドラゴンが森に住みつきはじめたから気をつけてね。
バスの停車音。ライトを絞り、バス停のかなり手前で停車する。
赤ずきん: 何よ、バス停はここよ! ライトまで絞っちゃって!
狸バス: (声、狸語でなにやら語る)
白雪: なんて言ってるの?
赤ずきん: ドラゴンを避けるためだって……早く乗れって。じゃ、白雪さんも気をつけて!(下手に去る。バスの発車音)
白雪: お願い! がんばってね!
赤ずきん: (遠ざかる声で)まかしといて……
いつまでも手を振る白雪。暗転。