大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・024『稚児』

2019-05-15 14:03:33 | 小説
魔法少女マヂカ・024  
 
『稚児』 語り手:マヂカ   

 

 

 小僧は牛若丸のようなナリをしている。

 

 ただ、わたしに追いかけられて水干の紐は解け、袖は半ば千切れかけて草履も脱げてしまってい、前髪も乱れて額に貼り付いてしどけない。頬を紅に染めて肩で息をしているところなど、魔法少女のわたしが見ても倒錯した色気がある。

 七十余年前、北支で似たようなものを見た。

 家あれども帰り得ず 涙あれども語り得ず 法あれども正しきを得ず 冤あれども誰にか訴えん 

 これを辞世の詩とした人物は女であったが、小僧から匂い立つものは同類に感じる。

「わたしを感じて、ここまで追いかけてくるからには人ではないとお見受けいたします。いずれは名のある妖(あやかし)さま……あるいは神仏に通じるお方なのかもしれません。しかし、あえて詮索はいたしませぬ。わたしは蝦蟇上人にお仕えいたす稚児にございます。上人さまは、予てより、その身が弁天様の障りになることを気になされ封じられた蝦蟇石からの退去をお考えでした。このたび、ようやく西国に安在の地を見出し、今夕、この稚児が淵より密かに出立するところであります。江ノ島を茜に染める陽が霊峰富士の向こうに没しますれば、引き潮と共に退散いたしますれば、ここは、ひとえにお目こぼしを、お目こぼしを願い奉りまする。どうか、どうか、この通りでございます……」

 そこまで言うと、稚児は平伏する。その肩はわなわなと震えて、いかにも力ない者が運命を握る絶対者に懇願する哀れさを示している。

「そうか、弁天さんに聞いて、よほどのラスボスだろうと思っていた。そうか、それで最後に残った案内札を担いで逃げたんだな」

「はい、貴女様から発せられる気は神つ世の天照大御神、先つ世の神功皇后もかくやという力と神々しさであります。もとより、わたくしなどが手向かい叶うようなお方ではありませぬ。その威に撃たれて逃散いたしましたことは幾重にもお詫びいたします。陽没すれば、主の蝦蟇法師ともども退散つかまつります。どうかどうか……」

「わかったわ、そこまで恭順して頭を下げられては言葉もないわ。ただ、わたしも弁天さんから依頼されているから、退散するところを見届けさせてもらうわ。それでいいかな」

 その時、なかば前髪に隠れた稚児の両眼から滂沱の涙がこぼれた。哀れさと美しさから思わず稚児の目の高さにしゃがんで人差し指の背で拭ってやった。
「も、もったいのうございます」
「こんなに清げな稚児にかしずかれる蝦蟇上人……退散するには、言えぬ苦労もあるのでしょうね……」
「妖さま……」
「わたしは、魔法少女、魔法少女マヂカ。弁天様のお気持ちに沿い、あなたたちを退散させねばならないけど、今の涙はこの胸に刻んでおきますよ」
「マヂカさま……」
 稚児は初めて双眸をわたしに向けた。
 あまりの健気な美しさに、思わず口づけをしてしまった。
「……マヂカさま」
「せめてもの気持ちです」
「もったいのうございます」
「それでは……」
「はい、数瞬のうちに日没となります、これにてご無礼申し上げます……」

 稚児は深々と頭を下げたまま、空中を滑るようにして、いつの間にか現れた船に収まった。船の上には法師姿のシルエットが合掌しながら頭を下げている。あれが蝦蟇法師なんだろう。

 船は静かに沖に向かって動き出し、数分の後に闇に没した。

 

 それは……やられましたね

 

 いい気分で戻ると、児玉屋は懐かし色に戻っていて、弁天さんは八音の姿で出迎えてくれ、可笑しそうに宣告した。

「やられた……?」

「はい、簡単に引き下がるような蝦蟇じゃありません。だいいち、本来の蝦蟇に会うには大潮の日の干潮時、江ノ島と陸との間に最大のトンボロ( 陸繋砂州)が現れた時です。えーと、明日が満月だから五日後ですね」

「じゃ、わたしが見たのは?」

「蝦蟇の目くらましです」

「あの稚児は?」

「えと……蝦蟇が、自分の体の一部を使って見せた……パペットのようなものです」

「体の一部?」

「マヂカさんが見た船が蝦蟇の本体。で、蝦蟇は普通のカエルと同じで前向きにしか進めないわ」

「えーーーーということは、わたしは蝦蟇の尻を追いかけていたというわけか?」

「はい、で、その稚児の名前は聞いた?」

 名前? 一方的に話を聞いていたので、つい名前は聞きそびれてしまった。

「それは残念。妖を見せるところが一番弱点なんですよ。名前さえ聞いていれば、次に会った時は名前を呼んでやれば、蝦蟇はその弱点を見せざるを得ないんです……ごめんなさいね、スマホにかまけて、そういうところの話が出来なくて」

「いいよ、こんど会った時は、もうコテンパンにやっつけるから!」

「よろしくお願いします」

 

 かくして、勝負は四日後につけることになったのだ。

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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・032『ちょっと待って砲雷長』

2019-05-15 06:32:50 | ノベル2

高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・032 『ちょっと待って砲雷長』



 アハハハハハハハハハハハハハハ!

  くやしいいいいいいいいいいいい!

 兵員食堂に笑いと歯ぎしりがこだました。
「やっぱね、ミテクレ良くても、レースには勝てないのよ!」
 機関科の班長がふんぞり返り、航海科の先任が唇をかんだ。
「ば、馬力だけあっても自慢にはならないわよ! 正しい航路を美しく進んでいかなきゃね、人生は、ビ、ビューティーこそ命よ!」

 そうよそうよ! そうだそうだ! ちがう! そうよ! ちがうったら! そうだってば! 勝ちは勝! たこ焼きよこせ! これでも食え! ちょ! 再生たこ焼きいらねー! たこ焼きってば再生でしょーが! そうだそうだ! ちがってば!

 ひとしきり罵り合って、和気あいあいの爆笑になって、焼き立てと再生のたこ焼が乱れ飛ぶ。

「あんたたち、食べ物粗末にするんじゃないよ!」
 厨房の航海長がたしなめると全員が振り返る。
「大丈夫でーす、全部キャッチして食べてますから!」
「われわれのスパイレーダーは、同時に108のターゲットを追尾できます!」
「「ソーレッ!」」
 班長と先任が掛け気を掛けると、十八個のたこ焼が宙を飛び、次の瞬間には十八人の乗員がパクリと受け止めた。

 アハハハハハハハハハハハハハハ!

 それが可笑しくて、みんな女子高生のように笑いさんざめく。

「あら、船務長も入ればいいのに」
「なんで、わたしのミテクレを玩具にしてる中に入らなきゃならないの!ヽ(`Д´)ノプンプン」
 テーブルにしがみ付くようにして清美が唸る。
「えと、ちょっと下火になってるわよ」
「え?」
「夕べから乃木坂がブームで、AKBが対抗馬よ」
「そ、そうなんですか……」
「あ、なんだか寂しそう」
「ん、んなわけないじゃないですか! あ、安心しましたよ!」
「だったら、混じればいいじゃない。ツクヨミからこっち平穏だけど、いつまでも続かないわよ、抜けるうちに気は抜いておかなきゃ」
「ま、そのうちに」
「たこ焼の新バージョン考えたから、ちょっと持ってくるね」
「あ、パーテーション閉めて!」
「はいはい」

 春麗化されるのもごめんだが、一気に人気が無くなるのも面白くなく……いや、清々してるんだ。
 そう思って足を組みかえてのけ反ってみる。

 バシャ!

 遠慮のない音がしてパーテーションが開かれる。
「うわ!」
「あ、おどかしてごめん!」
 あやうく後ろに倒れそうになるが闖入者の襟首をつかんで、なんとか踏みとどまった。
「ち、近い(*_*)」
「あ、清美くんが掴んでるから……」
「すみません……て、元々は砲雷長が驚かすから」
「いや、そっか、ま、これ見てよ」
 砲雷長はタブレットを差し出した。
「う…………」
 タブレットには自分が見ても理想化しすぎの中村清美が映し出されていた。
「これは、ある乗組員が作ったカスタムアイドルなんだけどね、これがすごいんだよ!」
「す、すごいったって、ただの3Dじゃないですか」
「いや、それがね……ここじゃなんだ、ちょっと医務室まで来てくれるかい?」
「医務室?」

 遠慮なくパーテーションを開けると、砲雷長はスタスタと歩いていく。
 存在に気づいた乗組員たちが顔を向けるが、すこんとお辞儀をするだけだ、たしかに清美ブームは収まりつつあるようだ。

「ちょっと待って砲雷長」

 医務室で、とんでもないものに出会うことになる中村清美船務長である。
   
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高校ライトノベル・新 時かける少女・9〈S島決戦〉

2019-05-15 06:24:32 | 時かける少女
新 かける少女・9  〈S島決戦〉


「そんなバカな!」

 と、お父さんは言ったらしい。
 らしいというのは、遊撃特化連隊に連絡将校として派遣されている米軍将校からの連絡だ。
 素人で、まだ半分ガキンチョのあたしが聞いても分かる。

 敵の上陸部隊は一個中隊180名ほど。

 これに対し、政府の緊急安全保障会議では、同規模の一個中隊の派遣が認められただけだ。
 島は、城といっしょで、戦術的な常識では、敵の三倍の兵力でなければ潰せない。信長さんや秀吉さんの、もっと昔からの常識。
 近代戦では、その前に、戦闘攻撃機によって、徹底的にミサイル攻撃を加える。ナパーム弾やクラスター爆弾が効果的なのだが、日本政府は非人道的武器であるとして、対人地雷とともに破棄してしまった。

 弱腰で専門的知識がないものだから「侵犯国(敵とも呼ばない)と同規模同程度の実力部隊の派遣しかできないとの指令である。

「バカか!」

 日頃温厚な米軍の連絡将校も声を荒げたそうである。オスプレイ6機を護衛艦あかぎに載せて、敵を威嚇しつつ、戦闘は最終手段とするといった念のいったバカさかげんだ。これでは、敵に十分な防御対策をさせてしまう。このまま突っこんでは、上陸前にボ-トごと一個中隊は殲滅されてしまうだろう。
 民自党の防衛大臣は、空自による事前攻撃の直後、戦闘機による制空権を確保した上で、一個大隊(敵の三倍)で一斉攻撃をかけるべきであると主張したが、連立与党の公民党が「目的は島の奪還であり、殺戮が目的ではない。最小限度の攻撃に止めるべきである」と主張し、一個中隊の派遣になったわけである。

「我々は全滅してきます。それで政府の目を覚まさせてください」

 中隊長は、そう言い残し、出撃していったそうだ。こんな覚悟で出て行くのは、お父さんがもっとも信頼している牛島一尉だろうと思った。

 お父さんは、一部政府の指示を拡大解釈した。

 上陸部隊は一個中隊だが、後方支援の部隊については指示がない。そこで、遊撃特化連隊に許されている最大の権限を行使した。
「必要に応じ、連隊長は、陸海空自衛隊に支援を要請することができる」という条項である。
 ただし、要員の輸送に関してのみという条件がついていたが。
「輸送というのは、部隊を確実に作戦地域まで送り届けることである。そのためには、なにをしてもいい」
 そう解釈し、空自のP3Cを飛ばし、敵の衛星や、侵攻部隊のレーダーにジャミングをかけた。
 つまり、敵が目視できるところまで来なければ、味方の部隊は発見されない。

 そして、上陸寸前に限定的ではあるが上陸地点の爆撃を依頼した。

 攻撃は、セオリー通り夜間に行われた。ただ、政府が予想していたのより一晩早く。
 オスプレイ6機が、石垣島を離陸したのと同時に、ジャミングが始まった。敵は若干慌てた。攻撃は、政府の指示通り、明くる日だと思っていたからだ。

 S島の東海岸線が空自により、徹底的に爆撃され、敵の本拠地であると思われる山頂を30発のミサイルで潰した。中隊は無事に東海岸には到達できた。一個分隊を除いて……。

 牛島中尉は、自ら一個分隊を指揮して島の一番急峻な西の崖をよじ登った。

 東海岸に上陸した中隊の主力は、よく頑張った。上陸直後から、三個小隊に分かれ、小隊は、さらに分隊に分かれ、牛島一尉が見抜いていた敵指揮官がいる中腹を目指した。

 夜明け前には、敵部隊の半数を撃破。しかし、中隊は2/3の兵力を失っていた。

 西側の崖をよじ登った牛島一尉の分隊は夜明け前には、敵の指揮官の分隊の背後に回った。東側の中腹で中隊が全滅したころ、牛島一尉は敵の指揮官の首にサバイバルナイフを突き立てた。

「一尉、後ろ!」

 分隊長が、自分の命と引き替えに牛島を助けた。しかし、そこまでだった。中隊を全滅させた敵の部隊が集まり始めた。

 牛島の撤退の合図に応じたのは三名に過ぎなかった。

 ボートで沖に全速力で三十分走った。そこを海自の潜水艦に救助された。

 180人の中隊で生き残ったのは、たったの4人だった。で、島は奪還できなかった。
 政府の反応は早かった。命令違反と作戦失敗の責任をとらされ、お父さんは即日解任された。

「バカな政府を持ったもんだね日本は……」
 エミーが無表情に言った。
「S諸島は日本の領土だから、アメリカ軍が助けてくれるんじゃないの……?」
「世の中、そんなに甘くないのよ」
「そんな……!」
「でも、愛のガードは続けるよ」
「……どうして、お父さん解任されちゃったのに」
「世の中、甘くもないけど単純でもないの」

 スイッチを切り替えたように、エミーは涙目の笑顔になった。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・05』

2019-05-15 06:10:39 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・05    


『第一章 はるかの再出発・5 大橋むつお』        
 
 
 プレゼンに入ると、由香がレクチャーしてくれた部長の山田太郎先輩と、タマちゃんこと玉城恵里菜先輩が行儀よく並んでいるのが目に入った。

「「失礼します」」

 由香と挨拶すると、いきなりファンファーレが鳴り響き、目の前が真っ白になった!

「まぶしい……!」

 目が慣れると、スポットライトがまともに当てられたことがわかった。スポットライトが消されると、その横にニューヨークヤンキースのスタジャンを着たおにいさん……よく見るとおじさんがドヤ顔で立っていた。
「どや、これが初めて舞台に立った時の感覚や。今の二人を見た印象はどないや?」
 二人の先輩に質問が向けられた。
「えーと……」
 と、山田先輩。
「なんや、また、びっくりです……」
 と、タマちゃん先輩。
「どっちがや、見てたほうか? 見られてたほうか?」
「あ、両方……やと思います。なあ、由香ちゃん……あ、その子ぉ?」
「坂東はるか……さんやな?」
 と、ヤンキース。
 え、どうして……?
「乙女先生から聞いてた。たぶん転校生の子がくるて」
 うーん……油断のならない学校だ。
「まあ、そこに座って。まずは自己紹介。オレはこういうもんや」
 ヤンキースはホワイトボードを指さした。大きいだけでチョーヘタクソな字で『大橋むつお』と書いてあった。
 そして、山田先輩の履歴書の「書きかた見本」のような自己紹介に移った。山田先輩、いわゆる自己紹介の部分は短かった。
「趣味は、鉄道です」
 で終わろうとして……。
「おお、自分はテッチャンか!?」 
 と、ヤンキース。そこから、山田先輩のウンチクがはじまり、調子が出てきたころに、放送部員とおぼしき女の子たちがぞろぞろ入ってきた。
 しかし、今度は、ファンファーレもスポットライトもなく、自己紹介がフツーに続いた。
「人生も芝居も最初が肝心や。芝居の場合〈つかみ〉という。面接やら、見合いやったら、この〈つかみ〉の三十秒できまりや。ここでトチったら、そのあと取り返すのにその十倍の力がいる」
「あの、一ついいですか?」
 わたしは、ホンワカを忘れて挑戦的にこう言った。
「先生の自己紹介はまだのようですけど」
「そやけど、十分オレには興味持ってくれたやろ?」
 ムム……わたしは二の句がつげなかった。
「乙女先生にいわれてきた放送部の子ぉが大半やと思うけど、ここは、演劇に興味があると思て、話をすすめる、ええな。演劇て、なにやろ……太郎くん」
「はい……演ずることによって、人に感激をあたえる芸術……やと思います」
「乙女先生から、そうおそわったんやな」
「はい」
「大正解! ほんなら、演ずるということはどういうことや、タマちゃん?」
「ええと……また……」
 タマちゃん先輩は、美しいまつげを伏せてうつむいてしまった。
「ほんなら、べつのこと聞くわ……梅干してどんなもんや?」
「え……丸くて、また、すっぱい……です」
「どんなふうに丸うて、どんなふうにすっぱい?」
「……」
「このくらいの大きさで、プニっとしてて、赤くて……」
 困っているタマちゃん先輩を助けるように、由香が引き受けた。
「うん、それから?」と、ヤンキース。
「それから……」
 今度は由香がつまった。

――梅干しが、演劇となんの関係があるんだ!?―― 

 思った瞬間、わたしは立ち上がってしゃべっていた。
「梅干しってのは、梅の実を塩漬けにしたあと天日干しにして赤ジソの葉なんかといっしょに漬け込んだ漬け物の一種で……その、えと、干したり、漬けたりの過程で、脳みそみたくシワができて、そのシワに黒っぽく変色して、縮こまった赤ジソの葉がからんで、酸っぱさは、舌の奥の両側あたりからしてきて……」
 荒川の家の三軒お隣の仲さんちのオバアチャンが、自家製の梅干しを作っていたので、わたし、歳の割にはくわしい。
「それで色は……」
「色は?」
「……ドドメ色!」
 すっかり酸っぱくなった口から、つばきと共にドドメ色が飛び出し、みんながどっと笑った……またやらかした。
「どや、みんなの頭の中に梅干しがうかんできて、口の中にツバ湧いてきたやろ?」
 言われてみればそのとおり……。
「これが、芝居や。イメージ創って感じること。ほんなら、観てる人にも伝わる」
 なるほど……チラッと見渡すと、半分くらいの子たちが同じ顔つきになっていた。
「つぎ、左右の人差し指と親指をひっつけて目ぇの前にもってくる」
「ん……?」
「ほんで、右手に糸。左手に針を持ってると思いなさい。左利きのもんは、その逆……そうそう、目の焦点を合わせたら、そんな気が……」

 ……してきた。

「そしたら、その針の穴に糸を通す」
 おお……糸が通った! 部屋のみんなから、軽いどよめきがおこった。
「ようし、ほんなら、グラウンドにいくぞ。三分後、朝礼台前集合!」
 三分後、朝礼台の前に集合すると、ヤンキースは妙なことを始めた。なんだか、左手に持ったようすで……って、なんにも持ってないんだけど。右手で、左の「なにか」から端っこを取り出して、山田先輩とタマちゃん先輩に持たせた。二人とも「?」である。
「ええか、それは、縄跳びの縄。さあ、二人で回して!」
「はい……」
 二人は長さ五メートルくらいの(見えない)縄を回し始めた。
「縄が地面を叩くときにはちょっと力を入れて!」
 なんということ、みんなが見えない縄の回転を見てるじゃないの!
「さあ、残りのもんは、順番に入っていけ!」
「大縄跳びや!」
 由香が最初に飛び込むと、みんな次々にロープの回転の中に飛び込んでいった。
 六番目に飛び込んだ子がタイミングを外すと、みんなから「あーあ……」というため息がもれ、縄が停まった。
「惜しい、引っかけてしもたなあ。もっかいやるぞ!」
 もうみんな喜々として、この見えない縄跳びに集中しはじめた。
 十分ほどして、気がつくと、グラウンドで練習をしていた、野球部や、サッカー部、陸上部の子たちが、ポカーンとして私たちを見ている!
「ああ、おもしろかった!」
 みんなうっすらと汗をかいていた。
 ヤンキースはまるで本物の縄をまとめるように巻いていくと、ごていねいに朝礼台の上に置いた。
「さあ、これで君らは、〈梅干し〉と〈針に糸を通す〉と〈大縄跳び〉の芝居ができるようになった。今日はここまで」


 

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