『第一章 ホンワカはるかの再出発・6・タキさん』
帰り道、由香が「マクドに寄ろう」と誘ってくれた。
しかし制服やら教科書を買いに行くため、お母さんと合流しなければならない。
「ごめん。後で、かならずメールするから」
そう言ってわたしはY駅から環状線に乗った。
環状線、山手線より一回り小さい。
でも、なんだか、山手線を思い出させてくれる。わたしは、学校は地下鉄だったけど、遠足やお出かけで、たまに山手線に乗っていたので、ふと錯覚におちいったりしてくる。
でも車窓に大阪城の鉄筋コンクリートの天守閣が見えてくると――ああ、やっぱ大阪に来たんだ――と思い知らされる。
帰り道、由香が「マクドに寄ろう」と誘ってくれた。
しかし制服やら教科書を買いに行くため、お母さんと合流しなければならない。
「ごめん。後で、かならずメールするから」
そう言ってわたしはY駅から環状線に乗った。
環状線、山手線より一回り小さい。
でも、なんだか、山手線を思い出させてくれる。わたしは、学校は地下鉄だったけど、遠足やお出かけで、たまに山手線に乗っていたので、ふと錯覚におちいったりしてくる。
でも車窓に大阪城の鉄筋コンクリートの天守閣が見えてくると――ああ、やっぱ大阪に来たんだ――と思い知らされる。
桜宮を過ぎ、大川を渡ると、すぐに天満。
この駅は、真下が天神橋筋商店街。日本一長い商店街だそうである。
お母さんが、大阪に来て勤めはじめた……というか、パートに出たお店が南森町というところにある。ほんとは地下鉄で行ったほうがいいんだけど、まだ、大阪の地理に慣れていないわたしには、このほうがいい。スマホのナビは、一応つけているんだけど、商店街をまっすぐ南に行けばあとは大通りに出て、チョイチョイで着く。
紙ヒコ-キが好きだったお父さんが「視界没」という言葉を言っていたのを思い出した。
お母さんが、大阪に来て勤めはじめた……というか、パートに出たお店が南森町というところにある。ほんとは地下鉄で行ったほうがいいんだけど、まだ、大阪の地理に慣れていないわたしには、このほうがいい。スマホのナビは、一応つけているんだけど、商店街をまっすぐ南に行けばあとは大通りに出て、チョイチョイで着く。
紙ヒコ-キが好きだったお父さんが「視界没」という言葉を言っていたのを思い出した。
紙ヒコーキが、風にのって見えなくなるまで飛んでいってしまうことを「視界没」と言って、紙ヒコーキファンの間では、ゴルフのイーグルのようなものらしい。が、お父さんは、この「視界没」をまだ、二回しかやったことがない。下手の横好き。生き方も下手だけど。
この商店街はまさにその「視界没」で、見はるかす限りの商店街。その点では壮観。
それに、お店の並び方に脈絡がない。本屋さんの筋向かいが古本屋さんなのはご愛敬だけど、オモチャ屋さんの隣がアッケラカンと派手な下着屋さん。花屋さんの隣りが八百屋さん。店先が入り組んで、どこまでが食べられる植物か分からない。
食べ物やさんが多いのも特徴。今の視界の中にも、喫茶店や、お好み焼き屋さん。うどん屋さんなど七八件は見える。なんともコテコテの商店街。
あ……
この商店街はまさにその「視界没」で、見はるかす限りの商店街。その点では壮観。
それに、お店の並び方に脈絡がない。本屋さんの筋向かいが古本屋さんなのはご愛敬だけど、オモチャ屋さんの隣がアッケラカンと派手な下着屋さん。花屋さんの隣りが八百屋さん。店先が入り組んで、どこまでが食べられる植物か分からない。
食べ物やさんが多いのも特徴。今の視界の中にも、喫茶店や、お好み焼き屋さん。うどん屋さんなど七八件は見える。なんともコテコテの商店街。
あ……
ふと目にとまったブティックというか洋品屋さんのウィンドウ。胸に白い紙ヒコーキをあしらった群青のポロシャツ。
お父さんに似合う……と思った。
あやうく通り過ぎてしまうところだった。
商店街から、視界没、群青のポロシャツ……そして、ギロチンでちょんぎられてしまったように無くなった東京での生活。そんなことがポワポワと心に浮かんでくるうちに、スマホナビの「ココデ右ニマガリマス」も、大通りの広がりもわたしの意識には入ってこなかった。また、あのマサカドクンが目の前に現れたので、そうと気づいた。
「こんにちは……」
ズー……っていう自動ドアの音と同じくらい小さな声で、店に入る。
入ると、お母さんが言っていたアイドルタイム(休憩と、夜の仕込みをする時間。それがこのお店は三時間もある!)のようだ。
「お、はるかちゃん……やな?」
と、これがマスター……がっしりした上半身がカウンターの中で、和製ロバート・ミッチャム(わたし、親の趣味でわりと洋画とかにもくわしいんです)の顔をのっけてふりかえった。
ただし、このロバート・ミッチャム、中年以降のポッチャリしたときのそれ。おまけにポニーテール!?
「母がお世話になっています。ご……坂東はるかです。マスターさんですか?」
「まあ、お座りぃ。お昼は食べたんか?」
フライ返しをしながら、マスターが背中で聞いた。
「はい、学校で済ませてきました……あの、母は?」
すると、奥のトイレからジャーゴボゴボと音をさせて、お母さんが出てきた。もともとではあるが色気のないことおびただしい。
「お、はるか。思ったより早かったじゃない」
「初日だもん。でも中味は濃かったよ」
「タキさん。トイレ掃除は、おわり。あとやることあります?」
「ないない、トモちゃんもお昼にしよ」
お父さんに似合う……と思った。
あやうく通り過ぎてしまうところだった。
商店街から、視界没、群青のポロシャツ……そして、ギロチンでちょんぎられてしまったように無くなった東京での生活。そんなことがポワポワと心に浮かんでくるうちに、スマホナビの「ココデ右ニマガリマス」も、大通りの広がりもわたしの意識には入ってこなかった。また、あのマサカドクンが目の前に現れたので、そうと気づいた。
「こんにちは……」
ズー……っていう自動ドアの音と同じくらい小さな声で、店に入る。
入ると、お母さんが言っていたアイドルタイム(休憩と、夜の仕込みをする時間。それがこのお店は三時間もある!)のようだ。
「お、はるかちゃん……やな?」
と、これがマスター……がっしりした上半身がカウンターの中で、和製ロバート・ミッチャム(わたし、親の趣味でわりと洋画とかにもくわしいんです)の顔をのっけてふりかえった。
ただし、このロバート・ミッチャム、中年以降のポッチャリしたときのそれ。おまけにポニーテール!?
「母がお世話になっています。ご……坂東はるかです。マスターさんですか?」
「まあ、お座りぃ。お昼は食べたんか?」
フライ返しをしながら、マスターが背中で聞いた。
「はい、学校で済ませてきました……あの、母は?」
すると、奥のトイレからジャーゴボゴボと音をさせて、お母さんが出てきた。もともとではあるが色気のないことおびただしい。
「お、はるか。思ったより早かったじゃない」
「初日だもん。でも中味は濃かったよ」
「タキさん。トイレ掃除は、おわり。あとやることあります?」
「ないない、トモちゃんもお昼にしよ」
タキさん、トモちゃん……初日から、もうお友だちかよ。
……って、わたしも人のこと言えないけど。
……って、わたしも人のこと言えないけど。
「はるかちゃんも、口さみしいやろから、これでも食べとき。それから、オレのことはタキさんでええからな」
マスター……タキさんは、手早くサンドイッチを作って、オレンジジュ-スといっしょに出してくれた。
そして、タキトモコンビの前には、毛糸にしたら手袋一個と、セーター一着分くらいのパスタが置かれていた。
想像してみて、セーター一着ほどいた毛糸の量のパスタを!
「お母さん、これ食べたら、教科書と制服いくんだよね?」
「え、ああ、あれね……(この間、パスタをすするタキトモコンビの盛大な音)」
あ、また忘れたってか……!?
「あれ、行かなくってもいいことになった」
「え、どういうこと(まさか、また学校変われってんじゃないでしょうね)?」
「送ってもらうことにしたから。今夜には家に着くわ」
「だったら言ってよ。そういうときのためのスマホでしょうが! わたし友だちのお誘い断ってきたんだからね!」
「あら、もう友だちできちゃったの!?」
「さすが、トモちゃんの子ぉやなあ……(同、パスタをすする盛大な音)」
「原稿の締め切りせまってるからさあ……」
マスター……タキさんは、手早くサンドイッチを作って、オレンジジュ-スといっしょに出してくれた。
そして、タキトモコンビの前には、毛糸にしたら手袋一個と、セーター一着分くらいのパスタが置かれていた。
想像してみて、セーター一着ほどいた毛糸の量のパスタを!
「お母さん、これ食べたら、教科書と制服いくんだよね?」
「え、ああ、あれね……(この間、パスタをすするタキトモコンビの盛大な音)」
あ、また忘れたってか……!?
「あれ、行かなくってもいいことになった」
「え、どういうこと(まさか、また学校変われってんじゃないでしょうね)?」
「送ってもらうことにしたから。今夜には家に着くわ」
「だったら言ってよ。そういうときのためのスマホでしょうが! わたし友だちのお誘い断ってきたんだからね!」
「あら、もう友だちできちゃったの!?」
「さすが、トモちゃんの子ぉやなあ……(同、パスタをすする盛大な音)」
「原稿の締め切りせまってるからさあ……」
いつの間にかパソコンを出してキーを叩きだした。