魔法少女マヂカ・163
この川を渡ると神域です、心してください。
森を抜け、赤い橋のたもとで立ち止まると猫娘……いや眠り猫娘が立ち止まって、背中で言う。
川というよりは谷なのだろう、清涼なミストのような飛沫を感じる割には、橋の袂からは川面が窺えない。
日光で赤い橋と言えば大谷川にかかる神橋だが、魔法少女ごときが渡れる橋ではない。神がお通りになる橋で、普段は凡夫がうかつに渡らないように車止めのような柵がしてあるはずだ。
しかし、聞いてはいけないのだろう。端の向こう側に三匹の猿が控えている。
「あの猿たち、感じワル~だよ、わん」
「あれ、三猿だよね」
友里まで声を潜めているのは『見ざる聞かざる言わざる』の三匹だ。
口を塞いでいるやつ、目を塞いでいるやつ、耳を塞いでいるやつ。
本来の意味は、それだけの知識も経験もない若輩者に対する警句で、けして悪い意味では無いのだが、説明が面倒だ。
「おまえたち、今日は違うだろう」
眠り猫娘がたしなめると、三猿は、それぞれ片方の手を離した。
「わん!」
「吠えるな、ツン。おまえをおちょくっているわけでもないんだ」
犬娘なので、猿がやることはいちいち気に障るみたいだ。
「必要なことは、ちゃんと聞いて、見て、喋りなさいってことかな?」
「……分かっていればいいの」
また猫娘の背中が言う。
「あ、五重塔がある」
神社である東照宮に五重塔があることを友里は不思議なようだ。高校生としては水準を超えてた疑問だ。仏塔は、元来が釈迦の遺骨を納めた墓、供養塔で神道には馴染まない。仏教伝来以来神仏習合が進み、明治初年の神仏分離令が出されるまでは、普通に神道と仏教は馴染んでいた。神宮寺という言葉のように神社と寺を兼ね合わせたものが日本中にあった。
「あの五重塔はスカイツリーの設計にもヒントを与えているのよ、東日本大震災で東京タワーの先端は傾いてしまったけど、スカイツリーはビクともしなかった」
「え、倍ほども高いのに!?」
「その基になったのが、あの五重塔」
「そうなんだ!」
思わず立ち止まる友里とツン。
ツンは五重塔とスカイツリーの関係などには興味はない、猟犬本来の勘が意識を向けさせているのだろうが、半ば以上人間になってしまって確信が持てないのだろう。
魔法少女の勘は、階段を上がった陽明門の向こうこそが問題だと言っている。眠り猫娘が立ち止まっているのも、五重塔の解説のためではない、それに気づいて行動しろと言っているのだ。
「さすがは魔法少女、そうなの、良からぬものが奥つ城に蟠っている。それを退治してもらってから、要望を聞かせてもらうわ!」
言い切ると同時に眠り猫娘は跳躍して、後方の大杉の天辺に退避した。
「三猿ども、しっかり見届けるのよ!」
ウキキキ!
三猿どもが練塀の上に現れ、口だけは押えたまま、両目、両耳、おまけに鼻の穴まで膨らませて、これから始まる戦いを監視し始めた。