かの世界この世界:12
いちど帰宅してから神社に向かう。
巫女神楽は三度目だけど、二度目が終わった時に心の糸が切れているので、形はともかく気持ちが入ってこない。
日数が無いのですごく集中する。
バイト同然の巫女仕事に力を入れてもと思う人が居るかもしれないけど、わたしも冴子も、そういう性格だから仕方がない。
左手に榊、右手に鈴を持って、舞台中央で冴子と交差する。
シャリン! トン!
鈴を打ち振ると同時に、右足で床を踏み鳴らし、踏み鳴らした勢いのまま旋回して冴子と向き合う。
勢いがって平仄も合って、宮司さんも満足そうに微笑んでいる。
三間(5・4メートル)向こうの冴子、軽く眉間に力が入って、それがとても美しい。
――光子も美しいよ――
冴子が目の光だけで言っている。
――でも、わたし負けないから――
そう続いて、さらに冴子の表情を引き締める。後ろではヤックンがお囃子の中でわたしたちを見ている。
ヤックンに近づいちゃいけない。ヤックンにコクるきっかけを与えちゃいけない。
その思いだけでお稽古を終わり、サッサと着替えて宮司さんたちに挨拶。
「お先に失礼します」
ペコンと一礼、
視界の端で、ヤックンが立ち上がる気配。
ダメだ、わたしを誘っちゃ!
「一緒に帰ろ!」
二人の間に冴子が立ち上がる。冴子も信じられないくらい早く支度を済ませている。
わたしとヤックンを二人っきりにしたくないのだ。
「そうだね、じゃ、鳥居のとこで待ってる」
二人とも装束を仕舞えていないので、わたしが先に出る。
鳥居の所で待つこと二分ほど、社務所の陰から二人のシルエット。
陰気なのはいけない、肩の高さまで手を上げてヒラヒラと振る。冴子も明るく返してくる。
「じゃ、いこっか」
「「うん」」
声が重なって鳥居を出る。ゲームのダンジョンに踏み入ったように緊張する。
ここから帰宅するまでは、親しい三人の友だちを演じなければならない。
三人揃ってというのは久々のはずなのに、何度もやっているような徒労感がある。
寺井さん
夜道の斜め前から声が掛かる。
「あ、中臣先輩!?」
「こんな時間にごめんなさい、ちょっと部活の事で話があるの。寺井さん借りてもいい?」
「はい、ごめん。二人で帰ってくれる?」
少し戸惑ったような顔をしたが、うん、じゃね。と二人連れで帰っていく。
この帰り道のどこかで、冴子がコクればいいのに……そう思うけど、冴子はヤックンがコクルのを待っているんだ。自分からコクルなんて百年待ってもやらないだろう。
二人が闇に説けるのを待って、先輩が口を開く。
「これで、108回目……」
「え、なにがですか?」
「三人で帰るのが」
「え、えと……話が見えないんですけど」
「ヤックンに告白させないまま三人で帰るのが108回あったの。そして家に帰って玄関を開けると、今日の夕方に戻って、また神社に急ぐ」
「え、そんな?」
「学校を帰ってから、この瞬間までがループしてるの」
「ループ?」
「……うん」
「ヤックンに告白させないために、無意識に時間を巻き戻している」
「もう、旅立たなければ無限ループの闇に落ちてしまうのよ」
いつの間にか志村先輩も現れて、前を塞ぐように立っている。
「このままでは、光子、あなたが世界の綻びになってしまうわ」
二人の真剣さに、ゾゾッと背中を怖気が走った……。
☆ 主な登場人物
寺井光子 二年生
二宮冴子 二年生、不幸な事故で光子に殺される
中臣美空 三年生、セミロングで『かの世部』部長
志村時美 三年生、ポニテの『かの世部』副部長