大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:17『なにかお困り?』

2020-07-22 06:21:35 | 小説5

かの世界この世界:17

『なにかお困り?』    

 

 

 無意識にポケットをまさぐる。

 

 分からない事があると脊髄反射でスマホを捜してしまうのだ。

 今は昭和63年だから、スマホはおろか携帯も存在しないのだ。

 なんとも落ち着かない。

 スマホがあれば、A駅近辺の喫茶店で検索できる。それ以上にスマホを持っていないという現実を突きつけられ、とても不安になる。

 スマホ無しで、どうやって調べたら……。

 

 人に聞くしかない……至極当たり前の解決策が湧いてくるが、これが容易なことではない。

 子どものころから見知らぬ人は不審者という決めつけがある。

 小学校入学時から防犯ブザーを持たされ、見知らぬ人に気をつけましょうと注意されてきた。

 当然世間の大人たちも子どもにものを尋ねるようなことはしない。

 

 路上でものを尋ねて警戒されないのは、マイクを持ってカメラマンを従えているテレビ局とかの人間だけだ。

 

 どうやって聞いたらいいんだろう……。

 駅前の交番が目についた。うまい具合にお巡りさんも居る。

 足を向けてためらわれた。

 わたしは別の世界の令和二年からやってきた人間だ。

 三十年以上のギャップ。数分でも会話すれば、なにかボロが出てしまうんじゃないか……こちらは日の丸が白の丸になっているように、とんでもないところで違いがある。

 もし、異世界の令和二年から来たと分かったら……いや、そもそも信じてもらえない。

 変なことを言う女! 話すことがズレてる! 某国のスパイか工作員か!?

 

 次々に湧いてきて、顔が引きつるだけで身動きが取れなくなってしまう。

 

 なにかお困り?

 

 口から心臓が飛び出しそうになった!

 胸を押えながら振り返ると、買い物帰りのオバサンが穏やかな笑顔で立っていた。

「あ、はい! 困ってるんです!」

 ほとばしるように言ってしまった。

「そうなの、怖い顔して、とても思い詰めてるように見えて。お節介でなくてよかった。で、どうなさったの?」

 なんだか、とても懐かしい感じのオバサンで……というか、わたしが、そこまで途方に暮れていたということなんだ。

「この辺に、ミカドっていう喫茶店ありませんか?」

「ミカド……ミカドね……」

 どうやらハズレ……すると、同じような買い物帰りのオバサンが寄って来た。

「どうしたの?」

「あ、おけいさん。この娘さんが……」

 どうやらお仲間の様子。

「ああ、それだったらB駅じゃなかったかな。カタカナ三つの喫茶店が開店してた。A駅前を考えていたらしいけど、借地料が合わないとかで、ここいらは駅前の再開発で地価が上がってるからねえ」

 そうか、反対だったんだ! B駅も隣だ!

「ど、どうもありがとうございました!」

 頭を下げると――お母さーん――という声がして、ロータリーの向こうから学校帰りの女子高生が駆けてくる。

 

 ほんの一瞬だけ見えて、逃げるように駅の構内に向かった。

 一瞬だったけど確信した。

 あの女子高生は、若いころのお母さんだ。

 オバサンが懐かしかったのは、三年前に亡くなったお祖母ちゃんだったからだ。お葬式に来てくれたお婆さんの一人がナントカ恵子さんだったような気がする、それがおけいさん?

 そんな思いも振り捨てて、B駅を目指して電車に飛び乗った。

 

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あたしのあした・61『そこで、あたしはアルバイト』

2020-07-22 06:03:07 | ノベル2

・61
『そこで、あたしはアルバイト』    



 

 どうして落ち着いているんだろう?

 不思議なくらいショックがやってこない。


 電車に飛び込もうと思ったぐらい――実際飛び込んでしまったんだけど――引きこもりの不登校で、イジメに負けそうになっていた。
 そんなあたしが、奇跡的に復活して学校に通っている。通っているだけじゃなくて、イジメていた子たちとも仲良くなって、口幅ったいけど、その子たちを真っ当な女子高生にした。智満子やネッチは今や親友だ。
 これは、あたしの力じゃない。あたしの中に住んだ風間寛一という人格がやったこと。
 その風間さんが亡くなったんだから、あたしは元の木阿弥……にはなっていない。

 不思議。

 でも、考えてもらちが明かないことなので平常心。

 うちのお母さんは、とりたてて正月の準備をしない。
 年越しそばもお節も生協の出来あい。普段からやっていれば必要ないということで大掃除じみたこともやらない。
 あたしの中には――やったほうがいい――という気持ちが芽生えているんだけど、お母さんに逆らってまでとは思わない。

 そこで、あたしはアルバイト。

 短期集中で稼ぎのいいものということで、雲母神社の巫女さんになるのだ!
 
「ごめんね、ほんとうに助かった」

 鳥居の前で待ち合わせしたベッキーが恐縮する。
「そんなことないわよ、思いもかけないバイト紹介してもらって、あたしこそラッキー」
「そう言ってもらえると、気が休まる~(>#o#<)!」
 実はノンコやノエもいっしょにやることになっていたんだけど、二人とも家の都合でアウトになり、ベッキーは途方に暮れていたのだ。
 巫女さんのバイトは、立ち居振る舞いや着物のさばき方がキチンとできなくてはいけないので、事前に二日かけて練習をやる。普通の女子高生じゃできないから、ベッキーはネッチに電話した。ネッチの家はお茶屋のかたわら茶道教室をやっているので、着物も立ち居振る舞いも問題ない。でも、年末年始、商店街のお店は忙しくてバイトなんかやっていられない。そこで、お鉢が回って来たというわけだ。
 あたしは『雲母姫フェスタ』で腰元の役をやるので、着物も立ち居振る舞いも講習を受けていてバッチリなのだ。

 雲母神社の御祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)と天宇受賣命(アメノウズメノミコト)だ。

 大国主命は商売の神さま、天宇受賣命は芸事の神さま。
 一通りの説明と巫女装束の試着をしたあと、二柱の神さまに御挨拶。
 拝殿の奥で神主さんのお祓いを受け、お作法通りの二礼二拍手一礼。

 最後の一礼をして顔を上げると……景色が変わっていた。

 十二畳ほどの拝殿は、まるで江戸城の大広間くらいに広がってしまっていて、神主さんや、他の巫女さんたちの姿も消えてしまっていた。

 はるか正面の上段の間には祭壇があって、祭壇の向こうの壁は素通しで本殿の社が見えている。

 本殿の扉がピカっと光ったかと思うと、左横に人の気配を感じた。

「この度は、お世話になりますね」

 首をひねると、天宇受賣命が立膝で座っていた。着物は巫女風なんだけど天女の羽衣みたいなのを羽織っていて、巫女装束もシースルーの生地なので、女のあたしでもドキドキする。
「恵子さんは、雲母姫さんの専属なんだけど、この度は、ちょっと無理をお願いしています」
「あの……バイトは、あたしの方から進んで……」
「道をつけたのはわたしです。大国主命さんは、伝える必要はないとおっしゃるんですけど、雲母さんへの礼儀の上からも、きちんと御挨拶しておかなければと思いましたの」
「は、はあ?」
 筋を通してくださっているんだろうということは分かるんだけど、『お世話』の中身が分からない、何をお世話するんだろう?

「それは……言わぬが花……ということで、うふ」

 可愛く笑ったと思ったら天宇受賣命さんの姿は消えてしまい、同時に拝殿の大広間は元の十二畳に戻ってしまった。

 お世話の中身はなんなんだ?

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