大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:05『二日前・2』

2020-07-10 06:39:07 | 小説5

の世界の世界:05

『二日前・2』         

 

 

 頼まれたら引き受けてしまう。

 

 気の弱さか人の良さか。

――女子二人体調不良で来られなくなった、来てくれないか?――

 メールだったら断ることもできたんだけど、直に電話されては断れない。青年部長の高階さんは困り果てたという声だし。

「分かりました、直ぐに行きます……いいえ、大丈夫です」

 そう答えて後悔はなかった。

 神社に行っても回避する方法はあるだろう、お札は女子、それも十三歳から十六歳でなければ触れない。

 それに、記憶では女子の休みは無かったはずだ。前回とは様子が変わっている。

 注意さえしていればヤックンの告白を回避できるだろう。

 

「遅くなりました、がんばります!」

 

 勢い込んだ挨拶が、われながらおかしかった。

 奥のテーブルが女子の仕事場。

 まちがって資格のない者、特に男が入り込まないように赤い毛氈が敷かれている。

 八人の女子が向き合って、せっせとお札を作っている。

 神さまの名号を書いて朱印を押して、乾いたら裏に祭りの日付、そして熨斗を付けて袋に詰める。

 これだけの事なんだけど数が多いし、字体を始め朱印の押し方熨斗の付け方に型があって、けっこう面倒なのだ。

 わたしも冴子も今年で四年目になる十六歳。

 今年で最後。去年は人が足りずに、普通、最初の十三歳で演る巫女神楽を冴子と一緒にやった。

 今年は、めでたく新人の十三歳が演るので、二度も務めた私たちは、ま、先生役だ。

 その神楽のお稽古もあるので、お札は早く片づけなきゃならない。

 

 十分ほどして気づいた。      

 

 座っている所が前回といっしょなのだ。向かいに冴子が居て、端っこの二つが空席だ。

 二人休んでいるから変わっているはずと思っていたんだけど……そうか、前回も二人は休んでいたんだ。

 ベテランのわたしが最初からいたから、高階さんは、二人休みと連絡が入っても、慌てて電話なんかしてこなかったんだ。

 

 このままだと同じ展開になる。

 

 キリがいいのでお茶を飲みに行く。それを潮に座る場所を変えよう。

 お茶を一息で飲み切ると「よし!」と掛け声かけて端っこの空席に回る。

 場所が変わった新鮮さなのか作業は一段とはかどり出した。

 

 あ、ヤバ。

 

 二つ向こうのテーブルで作業をしているヤックンと対面(といめん)になってしまう。

 正直視線を感じる。前回はコクられるまで意識しなかったけど、ヤックンは、こんな視線でわたしを見ていたんだ。

 今さら、元の席に戻るのはあからさまに過ぎる。

 

 ヨッコイショ、こっち仕事溜まってるね。

 

 ヤックンの視線を遮るように冴子が、わたしの前に座った……。

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長

 坂本保夫  光子・冴子の共通の男友達 ヤックン

 

 

 

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あたしのあした・49『だれの胃袋だ!?』

2020-07-10 06:26:21 | ノベル2

・49
『だれの胃袋だ!?』
      


 

 今週は大きなニュースが重なった。

 まさかと思っていたトランプ大統領が再選され、C国の主席が解任された。
 そして、野党第一党である民公党の春風さやか議員の二重国籍の致命的な発覚。

 画面の中の春風さやか議員は、口を一文字に結んで沈黙している。

 百を超えるだろうフラッシュの明滅とシャッター音、それに記者たちの質問、その外周に居る人たちの怒号、まるで戦場だ。
 動画サイトに、春風さやか議員の戸籍謄本、ゼノヴィア公国のパスポートと大統領選挙に投票する議員の映像が流れたのだ。
 それまで、きっぱり否定していた二重国籍の疑惑が本物であることが白日の下に晒されたのだ。

「決意を述べます!」

 凛とした声で、春風議員は記者たちを制した。

「ここに二つの封筒があります。一つは民公党幹事長に宛てた党代表の辞職届と離党届です。もう一つは衆議院議長に宛てた議員辞職願です。この提出を持って、わたくし春風さやかは全ての問題に幕を引きます。以上!」
 ほとんど怒ったように宣言すると、数人の男たちにガードされながら画面のフレームから消えていこうとした。
 怒号が飛び交い、春風議員はガードの男たちごとモミクチャにされる。
「あ、秘書の南さんだ」
 雲母城で見かけた主席秘書の南さんが、渾身の力で人をかき分けている。もう力技なんだ。
 一瞬振り返った春風議員は、唇の端が切れていた。向けられたマイクの一つが当たったのかもしれない。
 南さんが、手で庇うようにして血を拭き、エイヤとばかりにかき分けた人垣の隙間にねじ込むようにして春風議員を逃がしていった。

 あたしがやったんだよね……。

 呟いてみるが、実感が無い。

 あたし……正確には、あたしの中に潜っている風間寛一さんがやったことなんだ。
 風間さんが、あたしの意識の上に居た時の記憶が無いわけじゃない。雲母城で南さんや春風議員と話したこと、春風議員の家に潜り込んで、パスポートやらの秘密資料を写メったこと、春風議員のお母さんに、公園で待ち伏せされて話したことも憶えている。

 でも、なんだか映画かゲームの画面を見ていたようで、とことんのところでの現実感が無い。

 今朝起きると、風間さんは意識の底に潜ってしまい、あたしが表面に浮き上がって来た。

 あ、いけない、学校だ!

 テレビを観ているうちに、朝ごはんを食べそこなってしまった。
「行ってきまーす!」
 寝ているお母さんに声だけかけて玄関へ。
 ドラマとかだったら食パンを咥えて走るんだろうけど、そんな女子高生は現実には居ない。
 電車に乗ったら要領が悪くて、当駅仕立ての準急であるにも関わらず座り損ねる。

 グーーーーー。

 派手にお腹が鳴る。トボケりゃいいんだけど、自分でも分かるくらいに顔が赤くなってしまったので俯くしかない。
 前に座っていたオバサンがニッコリ笑い、トートバッグからアンパンを取り出した。
「電車下りてから食べなさいよ」
「あ、いえ、けっこうです」
 胸の前で小さく手を振るけど、再びお腹が鳴る。もうマンガだ。
「ども、いただきます」
 朝の通勤電車の車内を暖かく笑わせて駅に着く。

「ほんと、マンガだったわね」

 階段を下りると、智満子が並んできた。
「え、同じ車両だったの!?」
「うん、なんかサザエさんみたいだったよ」
「もーーー」
 ふくれてはみたけど、空腹が満たされるわけではない。歩きながらアンパンを齧る勇気もない。
 だいいちアンパン一個でくちくなるほど、あたしの胃袋は上品じゃない。
「コンビニ寄る?」
「うん!」
 速攻で駅前のコンビニに。

 悩んで買ってる暇はないので、棚のお握りを引っつかんでカウンターへ。

「あれ、恵子、大学芋なんて食べるんだ?」
「え?」

 あたしは、無意識に大学芋のパックを掴んでいた。
 風間さんの好物だ。
 どうやら胃袋は、まだ風間さんのままのようだった。

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