銀河太平記
サン!
次の命令は、この一言だった。
三、 参、 山、 桟、 算、 餐、 珊、 惨、 撒、 SAN、 SUN 様々な頭文字が浮かんだ。
おそらく事前に決められていた作戦の符丁なのだろう、文字そのものに意味は無いんだろうけど、頭の中で『サン』にまつわる軍事用語を思い浮かべてしまう。
CICの兵士たちは一斉に操作や作業を止めCIC四か所にある出口からほんの数秒で出て行った。
「俺たちも行く、身を低くしろ」
両手を突いてスタートラインに付いたランナーのような姿勢をとると、畳一畳分ほどの床が跳ねあがり、わたしと司令を真上に開いた天井から撥ね上げた。
「着地したら、バイクに跨れ」
放物線の頂点から窺うと、五十機余りのウマが擱座している中に博物館モノのバイクがアイドリングの身震いをさせている。駐屯地の南北は、どこから湧き出したのか数千の日本軍R兵(ロボット兵)が西北、南西を目指して疾走している。
ブロン! ブロロロローーーーーー!!
スロットルを上げると、バイクは前輪を跳ね上げて駐屯地の開け広げられたゲートを飛び出して西北西を目指した。
「手話はできるな?」
小さく頷くと、司令は左手で手話を送ってきた。
―― 俺の側を離れるな 必ず日本に戻れる ――
―― このまま日本に? ――
―― しばらくは戦争だ 俺に付いていれば弾も避けていく ――
―― このまま作戦指揮を? ――
―― パルス動力のものは飛行機からウマまで使えない バイクがオシャカになったら俺を背負って走れ ――
―― わたしが司令のウマに? それってセクハラなんですけど ――
―― 俺は人間だ 時速百キロでなんか走れない 以上 ――
―― わたしをウマの代わりに連れ出したの!? ――
それ以上は応えずに、司令はわたしの前を走った。
司令を背負うとしたらオンブ? それとも四つ足になって背中に?
四つ足は屈辱的だ……と思うのはわたし? それともグランマの感性?
空に光るものがあって目を向けると火星への連絡船だ。高度二万を超えているのでアンチパルスの影響は受けないのだろう、光学ズームすると機体番号から新造貨客船『信濃丸』であると知れる。日本が汎用性を重視して作った新型だ。
その向こうにも漢明国の連絡船『遼寧』が火星を目指している。
宇宙は地上のいがみ合いを持ち込めるほど安全じゃないからね、地上で戦争ができるのは、ひょっとしたら、かなり贅沢なことななのかもしれない。
だったら、こんな贅沢はヤメロ!
バイクは二時間近く走って、マン漢国境を眼下に望む台地に着いた。
「JQをウマにし損ねたな」
憎らしいことを言う司令の周囲には、すでに到着している部隊の指揮官たちが集まり始めている。
日本軍は国境の南北に分かれ、浸透してくる漢明国を引き入れ挟撃する姿勢をとりつつある。
ただ、挟撃する日本軍は敵の五分の一ほどでしかないことが、なんとも痛ましいのだけれど。