今度はパソコンの画面の中に現れた。
風間さんのことが気になったので、ネットで「風間寛一」を検索してみたのだ。
風間さんのことは、退院した後の事情聴取のときに、お巡りさんに教えてもらってはいた。
衆議院議員の春風さやかの秘書で、正義感の強いやり手だと聞いた。たまたま駅のホームで、あたしが電車に飛び込んだところを反射的に飛び込んで助けてくれた命の恩人。
並の人間にはできないことだと感謝して何度か御見舞にもいった。意識が無いので、枕もとでそっと頭を下げて感謝の気持ちを表すことしかできなかったけど。
その風間さんのことを調べてみる。
知っていた以上のことは出てこない。そうだろう、ネットに出てくることなんてオフィシャルなことしかないから、風間さんの心情までは分からない。
三回スクロールして読み直し、途方に暮れて、画面の「風間寛一」の名前をボールペンのお尻でトントンしている。
すると、ウィキペディアの画面が切り替わって、風間さんが現れた。
――やあ、ここに現れる方がエネルギーが少なくて済む。
「風間さん!?」
――きみの調べたいと思う気持ちとパソコンの力のお蔭だよ。
「えと……」いざとなったら、なにから聞いていいか分からなくなる。
――わたしは、脳腫瘍の末期なので長くはない。二か月前、駅前の交差点で死んだような目をしたきみを見かけたんだ。
偶然だが、行先は同じ駅のホームだった。そして、きみはやってきた電車に飛び込もうとした。
わたしが飛び込めば助けてあげることができるかもしれない。
ラグビーをやっていたのでタックルやトライには自信があったし、ダメでもいっしょに死ぬだけだ、そう思ったんだよ。
そして、なんとかきみを助けることができた。
「そ、その節は、ありがとうございました!」
――お礼を言うのは早いよ。実は衝撃的なことを伝えなきゃならない。
「えと、なんでしょう?」
――じつは、きみとわたしは融合してしまっているんだ。
「ユーゴー?」
――病院で目を覚ました時、わたしはきみになっていた。
「どういうことですか?」
――目覚めたとき看護婦さんに声を掛けられ、返事した声が変だった。で、鏡を見ると、わたしはきみの姿になっていた。
「あの、あたし目覚めた時は誰も居なかったですけど」
――それは、恵子さん、きみが自分の意識で目覚めた時だよ。
つまり、二回目の目覚めだ。わたしは、きみを驚かせたくなかった。だから意識の底に潜ったんだ。
すると、どうやらきみと同化してしまったようなんだ。
「でも、今は別々に……」
――パソコンの力を借りてね。自分の力だけでやると、昨日の金縛りのように続かなくなってしまう。
「えと……」
――退院して最初にお風呂に入った時、ドキドキしたでしょ?
「あ、ええ、なんだか自分の身体じゃないみたい……って、あれは!?」
――そう、あれはわたしの感性だろうね。
顔が熱くなった、恥ずかしいから……って、あたしの感性? 訳わかんなんくなってきた。
「学校に復帰してからのあれこれって、実にあたしらしくないんですけど、それは風間さんの……」
――おそらくは……。
「そうなんだ……あたしにしては上出来すぎますもんね」
あたしは凹んだ。あたしは、あんなにアクティブで思いやりのある人間じゃない。
――でも、こんな風に融合してしまうのは、恵子さん、きみの中にも同じような感性があるからなんだよ。
同じでなければ、こんな風に融合したりはしないと思う。
「そうなんですか?」
――そうなんだ。近ごろは、ほとんどきみの意識で動いているといってもいい。
仲間への気遣いはきみならではだと思うよ、議員秘書の感覚からだったら、あの子たちとは切れていたと思う、いっしょに居ても、あまりきみのためにはならないからね。自信を持っていいよ。
「ありがとうございます」
――そこで本題なんだけれども。
「は、はい」
思わず居住まいを正してしまった。
――恵子さん、しばらくきみの身体を貸してもらえないだろうか?
「は、はい!」
うっかり反射的に返事をしてしまったが、うろたえまくるあたしであった。