魔法少女マヂカ・165
戊辰戦争の幕軍ほど哀れな軍隊は無い。
装備においても兵員数においても幕軍は新政府軍を凌駕していた。
初日の戦いこそ一敗地にまみれたが、総司令官である慶喜が前線に出ていれば十分に勝てる戦いであったし、慶喜は前線の幕軍に自身の出馬を約していた。
ところが、慶喜は夜半、本陣である大坂城を密かに抜け出して軍艦で江戸に引き上げた。
新政府軍の陣頭に錦の御旗が翻り、その瞬間に幕軍は賊軍に堕ちてしまった。たかが一枚の御旗の意味を慶喜は過剰なほどに承知していた。天皇に弓ひくことは水戸学の真髄を極めた慶喜にはできようはずがない。
ただ、やり方が姑息であった。小姓の交代を装い主戦派の司令官である会津藩主松平容保らを引き連れて外国の船に拾われて、後に徳川の軍艦にのり移り、それこそ尻に帆掛けて逃げ帰った。
一夜にして幕軍の司令部が空になった。
司令官を失った幕軍は総崩れになって大坂方面に逃げ散った。
殿軍(しんがり)になって僅かな時間を稼いだのが新選組である。
彼らは、慶喜を非難することもなく伏見や京街道のあちこちで打ち取られ、僅かなものだけが満身創痍で江戸に戻った。
これ以上の手向かいは軍事的にも戦略的にも意味が無かった。総司令官である慶喜自身が江戸城を出て上野の寛永寺、後には水戸まで引いて謹慎してしまっているのだ。
わたしは、立場を超えて近藤や土方を説得したが、彼らは優しく微笑んで首を横に振るだけだった。
「敵ながらマヂカには世話になった。マヂカが居なければ江戸までたどり着けはしなかっただろう。たどり着いたからには、俺たちは自分の『士道』を全うするよ。一度くらいは侍姿じゃねえマヂカと酒が飲めたらと思ったが、もし、俺たちの墓が建てられたら……墓の前で一杯やってくれたら嬉しいよ。もしよかったら総司を時々見舞ってやってくれ、根岸の植木屋に預けてある。あの体じゃ連れて行くわけにもいかねえしな」
望み通り、総司のことは最後まで看てやって葬儀の差配までしてやった。年の暮れに珍しい大雪になって、積もった雪で雪だるまを作ってやると、もう寝返りを打つ元気も無かったのが、半身を起こして喜んでくれた。そのころには珍しい西洋式の雪だるまだ。少しでも総司を喜ばせたくって横浜の居留地まで行って、ハリスの護衛に付いてきたブリンダに教えてもらったんだ。そう言えば、あの時の礼を言い忘れている。
総司にかまけている間に、幕軍の残党たちは、ろくに見舞ってやる間もなく、次々に撃破されてしまった。
その無念が凝り固まったものが、目の前に溢れてまとわりついてくる妖どもだ。
知らぬ間に南無阿弥陀仏と念仏を唱えながら風切丸を振り回している。
念仏が良いのか、妖の切りように慣れたのか、仕損じが減ってきて、陽明門の前に出たころには敵の数は半分以下になってきた。
「もう邪魔をするな! おまえたちを切りたくはないんだ! 用があるのは、東京タワーの化け物一つだあああ!」
ゴゴゴゴゴーーーーーーー!
玉砂利が軋み、神山もろ共に鳴動したかと思うと、陽明門の内側に全き姿の東京タワーが地を山を震わせながら聳え立ってきた!