大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・165『日光・4』

2020-07-15 12:35:17 | 小説

魔法少女マヂカ・165

『日光・4』語り手:マヂカ    

 

 

 戊辰戦争の幕軍ほど哀れな軍隊は無い。

 

 装備においても兵員数においても幕軍は新政府軍を凌駕していた。

 初日の戦いこそ一敗地にまみれたが、総司令官である慶喜が前線に出ていれば十分に勝てる戦いであったし、慶喜は前線の幕軍に自身の出馬を約していた。

 ところが、慶喜は夜半、本陣である大坂城を密かに抜け出して軍艦で江戸に引き上げた。

 新政府軍の陣頭に錦の御旗が翻り、その瞬間に幕軍は賊軍に堕ちてしまった。たかが一枚の御旗の意味を慶喜は過剰なほどに承知していた。天皇に弓ひくことは水戸学の真髄を極めた慶喜にはできようはずがない。

 ただ、やり方が姑息であった。小姓の交代を装い主戦派の司令官である会津藩主松平容保らを引き連れて外国の船に拾われて、後に徳川の軍艦にのり移り、それこそ尻に帆掛けて逃げ帰った。

 一夜にして幕軍の司令部が空になった。

 司令官を失った幕軍は総崩れになって大坂方面に逃げ散った。

 殿軍(しんがり)になって僅かな時間を稼いだのが新選組である。

 彼らは、慶喜を非難することもなく伏見や京街道のあちこちで打ち取られ、僅かなものだけが満身創痍で江戸に戻った。

 これ以上の手向かいは軍事的にも戦略的にも意味が無かった。総司令官である慶喜自身が江戸城を出て上野の寛永寺、後には水戸まで引いて謹慎してしまっているのだ。

 わたしは、立場を超えて近藤や土方を説得したが、彼らは優しく微笑んで首を横に振るだけだった。

「敵ながらマヂカには世話になった。マヂカが居なければ江戸までたどり着けはしなかっただろう。たどり着いたからには、俺たちは自分の『士道』を全うするよ。一度くらいは侍姿じゃねえマヂカと酒が飲めたらと思ったが、もし、俺たちの墓が建てられたら……墓の前で一杯やってくれたら嬉しいよ。もしよかったら総司を時々見舞ってやってくれ、根岸の植木屋に預けてある。あの体じゃ連れて行くわけにもいかねえしな」

 望み通り、総司のことは最後まで看てやって葬儀の差配までしてやった。年の暮れに珍しい大雪になって、積もった雪で雪だるまを作ってやると、もう寝返りを打つ元気も無かったのが、半身を起こして喜んでくれた。そのころには珍しい西洋式の雪だるまだ。少しでも総司を喜ばせたくって横浜の居留地まで行って、ハリスの護衛に付いてきたブリンダに教えてもらったんだ。そう言えば、あの時の礼を言い忘れている。

 総司にかまけている間に、幕軍の残党たちは、ろくに見舞ってやる間もなく、次々に撃破されてしまった。

 その無念が凝り固まったものが、目の前に溢れてまとわりついてくる妖どもだ。

 知らぬ間に南無阿弥陀仏と念仏を唱えながら風切丸を振り回している。

 念仏が良いのか、妖の切りように慣れたのか、仕損じが減ってきて、陽明門の前に出たころには敵の数は半分以下になってきた。

「もう邪魔をするな! おまえたちを切りたくはないんだ! 用があるのは、東京タワーの化け物一つだあああ!」

 ゴゴゴゴゴーーーーーーー!

 玉砂利が軋み、神山もろ共に鳴動したかと思うと、陽明門の内側に全き姿の東京タワーが地を山を震わせながら聳え立ってきた!

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かの世界この世界:10『志村先輩』

2020-07-15 06:33:44 | 小説5

かの世界この世界:10

『志村先輩』    

 

 

 最初に崩れた東側のビルは三か国の共同でつくられた。

 

 実際の工事に入ると、日本以外の二か国の技術では対応できないことが分かったからだ。

 その時点で二か国を撤収させ、日本企業だけで作るべきだった。

 しかし、メンツを重んじる二か国は継続を固執し、日本企業もことを荒立てることを望まず、東棟の建設に部分参加させた。

 結局二か国が担当したところは、三棟を屋上プールで連結するという部分で、重量に耐え切れずに挫滅し、東棟全体を傾かせることになったのだ。そして、傾いた東棟は中棟と西棟をも巻き込んで大崩壊に至ったというわけだ。

 これは、崩壊の責任を擦り付け合う、グロテスクな争いになるだろうなあ……光子は思った。

「悲惨な事件だけど、これは、たとえ話のサンプルなの」「今から説明することのね」

「サンプル……?」

「ええ、こじれても、会社が潰れたり、それぞれの国の評判が落ちるだけのこと」

「世界が滅びるようなことにはならないわ」

「でしょ?」

「ええ……まあ、そうでしょうけど」

「ちょっと切り替えるわね……」

 

 志村先輩が右手を上げると画面が変わった。

 ビルのシルエットはそのままで、シルエットは無数の小部屋に区分けされた。

 小分けされた小部屋には、高校二年の光子の知識では分からない……たぶん歴史的な事件が書かれている。

 歴史的な事件と分かるのは、ところどころ光子でも分かる出来事が書かれているからだ。

 

 平安遷都 元寇 太閤検地 サラミスの海戦 コロンブスアメリカ大陸到達 戊辰戦争 アパルトヘイトの終焉 etc……

 

「歴史年表ですか?」

「なんだけどね……」

「よく見て……」

 中臣先輩が呟くと、画面のあちこちがランダムに拡大されていく。

 

 秀吉が幕府を開く ナポレオンがロンドンを陥落させる ミッドウェー海戦勝利の日本がハワイを占領 リンカーン大統領暗殺失敗 阪神淡路大震災に米軍のトモダチ作戦 安倍首相暗殺される

 光子が見ても史実ではないことがチラホラうかがえた。

 

「そう、寺井さんが知っているのとは違う事件が起こった年表」

「たとえば、阪神淡路大震災のとき首相は村山さんじゃない可能性もあったの。すると、もっと早くアメリカの支援も受けたし、自衛隊の出動も早くなって、死者は4000人で済むの」

 あの震災では6000人以上の犠牲者が出ていたはずだ……

「2000人以上の命が救われた……すると、どうなると思う?」

 イタズラっぽい視線を送って来る志村先輩。

「そりゃ、良かったんじゃないですか、2000人も多く助かるんだから!」

「すると、こうなる……」

 年表のあちこちが点滅して、事件のいくつかが書き換わった。

「歴史が変わるんだ、先輩……」

 

 振り向くと、志村先輩の姿が無かった。

 

「え、え?」

「2000人助かると、時美は生まれてこないの」

「どうしてですか?」

「時美のお母さんが震災で助かった別の男の人と結婚するから、いまのお父さんに出会う前にね」

 中臣先輩が、シレッとして言った。

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

 

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あたしのあした・54『雪姫は馬で駆けつける』

2020-07-15 06:07:15 | ノベル2

・54

『雪姫は馬で駆けつける』      

 

 刀を収めなさい!

 叫んだが間に合わなかった。

 役人の首は「不埒ものめが!」と怒った顔のまま胴体から離れてしまった。


 三日前に来たばかりの関東郡代の役人がまたやって来たというので、隣村に出かけていた雪姫は馬に乗って駆け戻って来た。
「女将様(おかみさま)、こやつらは、騙り者どもにございます!」
 肝煎の職を受け継いだばかりの喜蔵は、血刀を振りかぶりながら吠えた。村の若者たちも喜蔵にならって鍬や鍬を振りかぶり、役人の従者たちを追い掛け回す。

 雪姫が乗っているのは、隣村の百姓馬だが、雪姫が手綱を捌くと、まるで天馬のように敏捷に駆け回る。
 雪姫は、俊敏に馬を操り、従者たちに振り下ろされる鍬鍬を叩き落としていった。

「この人たちは本物のお役人です! 無体なことをしてはいけません!」
「しかし、三日前にもお役人が来て、御年貢を持って行ったところです!」
「「「「「そうだそうだ!」」」」」

「これは間違いなの!!」

 雪姫の大音声に、ようやく村人たちは得物を引いた。

「佐竹のお殿様が国替えになられてから、ここいらは水戸様のご領地やら関東郡代支配地やら旗本領やらが入り組んでしまって、とてもややこしい。あってはならないことだけど、そのややこしさから年貢差配の役人が重ねて来たり、逆に来なかったりの混乱があるの。村は去年までは本多様のご領地だったけど、今年は旗本の大久保様のご領地。旗本のご領地は関東郡代の支配。そこで行違ってしまった。手代殿(役人の部下)、ここをどなたのご領地と心得て参られた?」
「ここは酒井様の……」
「いや、この帳面では永井様の……」
「「「「「なんだとー!」」」」」
 役人たちの混乱に、村人たちの目が再び三角になる。
「手代殿、お主たちにも手落ちがある。亡くなった者には済まないが、これは事故であったと了見してほしい」
「し、しかし、士分の者が殺められて……」
「士分であるからこそ言うのです。この者は刀を抜くどころか柄(つか)にさえ手を掛けていない。大勢の者が見ているんですよ。このままでは不覚者のそしりは免れません、この者の家は断絶のお沙汰になるでしょう」

 この時代、事の理非はともかく、戦いを挑まれて刀を抜くこともなく殺されると『士道不覚』ということでお家断絶の処分が下る。

「そ、それは……」

 役人たちは黙ってしまい、雪姫が役人の太刀を抜いて骸の手に持たせてやる。

 この件は事故として処理された。

 大なり小なりの混乱が続く中、雪姫は大名主(おおなぬし)雲母庄左エ門の妻として切り盛りしていった。

 そのあくる年には、雪姫と庄左エ門の間に女の子が生まれ、一族の望みをかけて雲母(きらら)と名付けられる。
 雲母が十六になるまでは、母の雪姫が近隣の村々のことから雲母の家のことまで切り盛りしていたので比較的平穏に過ぎて行った。

 雲母は父の庄左エ門から物に動じない穏やかさと、母の雪姫からは明るい洞察力と行動力を受け継いだ。

 もし、雲母が穏やかな土地に生まれれば、明るく目端のきいた大名主(おおなぬし)の娘として育ち、いずれは近隣の名主の家に嫁ぎ幸せな一生を送ったであろう。
 だが、ここは支配が入り乱れる東関東である。絶え間ない争い事の調整に息つく暇もなく、母の雪姫は雲母が十六になって間もなく病を得て亡くなってしまった。

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