大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:14『あ あれ?』

2020-07-19 06:27:02 | 小説5

かの世界この世界:14

『あ あれ?』    

 

 

 戻って来たのかと思った。

 

 だって、同じ鳥居の前だ。

 時間は……たぶん昼? 

 鳥居も自分の影も真下にある。

 ……爽やか……南中したお日様に猛々しさはない、むろんお日様を直に見ることなんてできないけど、イメージとしてはニコニコと穏やかに笑っている感じ。これは春か秋か?

 社務所に戻って聞いてみれば、現在(いま)がいつなのか分かる……でも、なにか憚られる。

 もう少し観察してからでないと、うかつには動けないという気がする。

 

 鳥居の柱に寄り掛かって周囲を観察。

 

 神社の前は昔からのお屋敷街で、見慣れた百坪や五十坪ほどが落ち着いたたたずまいで並んでいる。

 五月か十月ごろの鳥居の前……てことは学校行かなきゃ……でも日曜で休みとか?

 スマホでカレンダーを見ようと思ったが……え、このポシェット?

 いつものリュックじゃなかった。肩から斜めに下げたポシェットと言っていい小ぶりのバッグ。

 一瞬ためらったけど、自分が下げているんだから自分のだろう。

 あれ?

 ざっくりワンピにちょっとルーズなカーディガン……自分のじゃない。

 ドキッとして顔を触ってみる。

 ほんとは鏡で見た方がいいんだろうけど、とりあえず触った感触は自分だ。

 ポシェットを探ってみると、財布とハンカチとティッシュにもろもろ……スマホが無い。

 

 スマホが無いと、こんなに不安なものだとは思わなかった。

 

 落ち着け光子……家に戻ろうか? いや、もうちょっと考えた方がいい。

 チラチラと周囲に目を向ける。

 ちょっと違和感……道路の両脇を走っている電線が頼りない…………あ、光ケーブルが無い!

 子どものころ、電線に並行して走っている黒いらせん状が気になってお父さんに聞いたことがある。

――ああ、あれは光ケーブルだ。家のパソコンに繋がってるんだよ――

 そう教えてもらって、ひどく感心したことがある。

 

 ひょっとして昔にもどった?

 

 財布の中を確かめる、一万円札が二枚に千円札が……あれ? 夏目漱石だったけ?

 カードとかも変だ、なにこれ……テレホンカード?

 

 落ち着け。

 

 もう一度周囲を観察……振り返って神社の境内。

 あ、あれ?

 拝殿の脇にはポールがあって日の丸が掛かっているんだけど、その日の丸がおかしい。

 風に翻ったそれは、赤地に白丸!?     黒田長政 on Twitter: "赤地に白丸。日章旗の逆バージョンのようなこれ ...

 

 

☆ 主な登場人物

 寺井光子  二年生

 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される

 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長

 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 

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あたしのあした・58『赤穂の塩』

2020-07-19 06:09:16 | ノベル2

・58

『赤穂の塩』    

 

 きららさんとの話を終えてリビングを出た。

 松野廊下は無くなっていて、三メートルほどの廊下の向こうは普通の扉。
「じゃ、よろしくお願いしますね」
 きららさんの笑顔に送られてエレベーターに向かう、どこにでもある普通のマンションだ。
 老女うららの役を引き受けて、それから風間寛一さんのことを思い出して……なにか大事な話をした……気がするんだけど思い出せない。

 エントランスを出ると市役所の車が待ってくれていた。

「ご苦労様でした、では、車を出します」
 運転手さんはゆっくりとアクセルを踏む。バックミラーに写るマンションが小さくなっていく。
「あれ……?」
 きららさんの部屋は十三階だった。エレベーターのボタン⑬を押した……はずだ。
 だけど、バックミラーに写っているマンションは十二階までしかない。
 もっかい数えよう……数えていると、車がグッとカーブした。

 景色がグルリと回って、あたりは武家屋敷ばかりのところに出てきた。

「こちらに立ち寄っていただきます」

 車のドアが開いたのは、いかにも大名屋敷の長屋門の前だった。羽織袴の男の人が頭を下げて待っている。

「お待ち申し上げておりました、うららさま。浅野家筆頭家老の大石内蔵助にござります、あるじ内匠頭がお待ち申し上げておりまする。まずはお運びを」
 大石さんの挨拶を受けて長屋門を潜る。うららさまと呼ばれているけど、不思議には思わない。

 松野廊下の強装束(こわしょうぞく)では分からなかったが、浅野さんは神経質そうな若者だった。
「あるじきららの名代としてまいりました、よろしくお願いいたします」
「勅使饗応役の御指南ありがとうございます」
 老女とは言え、他藩の奥女中に過ぎない者に丁寧な挨拶。教えを乞う立場であるとは言え、ちょっと堅苦しい。浅野さんの個性なんだろうけど、これは弱点になるだろう。
「指南役は吉良様です。わたしは、その吉良様対策の助言をさせていただきます」

 浅野さんは、都からやってくる勅使(天皇様のお使い)の接待役を吉良さん共々命ぜられたのだ。

 吉良さんは旗本の中でも高家筆頭というセレブな家柄で、幕府の礼式やマナーのオーソリティ。方や浅野さんは見ての通りの若者で、家は広島浅野家の分家。吉良さんの家は足利や新田に並ぶ鎌倉時代からの名家。浅野さんちは江戸時代になってできた外様大名のそのまた分家。キャリアも家柄もぜんぜん違う。勅使饗応役なんかを引き受けて緊張しまくっている。

「いちおう吉良様には御指南を受ける身として御挨拶には行ったんだけどねえ。その……感触は悪くなかったんだ、悪くなかったんだけど、なんかバリアーがあるって感じで、悪い予感がするんだよ」
「その予感は当たっていると思いますよ」
「やっぱり……」
 浅野さんのこめかみが引きつった。
「あ、悪い方じゃないんですよ吉良様って『持ちつ持たれつ』ってのが吉良様のコンセプト」
「持ちつ持たれつ?」
「ギブアンドテイク、魚心あれば水心です」
「それって、賄賂とか?」
「それはテレビとか映画の設定です。吉良様は領民おもいの、よくできたお旗本です」

「えと、どういうことかな?」

 あらら、目が座っちゃってる。真面目なんだろうけど、これは嫌われるなあ。
「吉良様のご領地は塩を作っています。塩は、浅野様の特産でもありますね」
「う、うん。赤穂の塩は日本一で、江戸や大坂でもよく売れているよ。我が藩の専売だしね」
「吉良様は、赤穂の塩の作り方を知りたがってるんです。これを教えて差し上げることです」
「あ、それはできない。専売品の製法って、どこの藩でもトップシークレットだよ」
「市場開拓すればいいと思います」
「市場開拓?」
「赤穂の塩は高級品で、一般庶民のお台所では使われません」
「そこが高級品の値打ちだよ」
「吉良様のところと協同で製法を研究し、もう少し安く売れるようになれば市場が拡大して、結果的には売り上げが伸びると思いますよ」
「でも、それはなあ……」
 浅野さんは眉を寄せて腕を組んでしまった。吉良さんにこんな態度をしては反抗的な拒絶と思われる。
「赤穂の塩を使っているのは、江戸に限って言っても、大名や旗本、大商人や、その人たちが利用する高級料亭や遊郭……人口にして五万人を切るでしょう。江戸には百万の人間がいます。五万の人々が一石五両の塩を使うよりも、百万の人たちが一石一両の塩を使った方が儲けが多くなります」
「百万人分の塩なんて作れるもんじゃない」
「だから吉良様といっしょにお作りになればよろしいのですよ」
「う、うん」

 浅野さんの気持ちが少し動いたような気がした……。
 

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