魔法少女マヂカ・166
風切丸を正眼に構えて東京タワーに対峙する。
333メートルの東京タワーに165センチの魔法少女では絵にもならない。
奴が攻撃の構えを見せたら、精一杯奴にまとわりついて、取りあえず友里とツンを逃がすことだけを考えよう。
背中に感じる気配は、ツンが右、友里が少し後ろの左だ。
ツンは、もともとは西郷さんの猟犬、一人でもどうにかするだろう。
声をかけてやりたいが、僅かな隙を見せても命取りになりかねない。対峙しているのが精いっぱいだ。
やつは壬生で見たレゴブロックでもなく、宇都宮で見た猪突猛進の化け物でもない。
四本の脚で立ち上がった姿は、あっぱれ身の丈333メートルの鉄の巨人だ。
いや、待て、333メートル?
こいつにはトップデッキから上が無かったはずだ。
しかし、間近の足元に居るので、トップデッキから上の姿が判然としない。
―― 上ある あるよ上 ――
ツンのつぶやきが聞こえた。
わたしの気持ちを察して、後ずさって確認したんだ。さすがは西郷さんの猟犬。
しかし、確認したからと言って危機的状況であることに変わりは無い。頭が付いた分、俊敏になり、予想しない動きをするかもしれない。
一か八か!
セイ!!
後ろに跳躍すると友里を抱きかかえて、さらに二の鳥居の外まで逃げる。
『待ってください』
一瞬、誰が喋っているのか分からない。左手で友里を庇って右手で風切丸を中段に構える。
『わたしです』
え?
『わたしです、あなたたちの前にいる東京タワーです』
ガチャリ!
わたしに倣って友里も太刀を構え、ツンは牙をむいた。
『戦うつもりはありません、取りあえず話を聞いてください……と、その前に』
トップデッキから上がプルンと揺れたかと思うと、取り囲んでいた敵意が消えた。残っていた亡霊たちが姿を消したようだ。
『東京タワーと合体しましたが、わたしは宇都宮タワーなんです。東京タワーは首から上を失くしてしまっていたので、日光まで追いかけて、ついさっき合体しました』
そうだ、宇都宮で見かけた時に、まるで東京タワーの首のようだと感じた。
なるほど、合体すると、もとからそうであったようにしっくりしている。
『完成から六十年を超えて、東京タワーはしだいに衰えてきました。スカイツリーが出来て人々の関心は、あのノッポの妹に向かって、だんだん力が衰え、東日本大震災でアンテナが傾いてからは、トップデッキから上はほとんど形だけになってしまい、とうとう理性失って妖になってしまったのです。それで、宇都宮タワーのわたしが補ってみたのです』
「そうなんだ……でも、なんだか最初からその姿だったみたいな感じで違和感が無いぞ」
『そう言っていただけると嬉しいです。これで、この世界も落ち着くと思います。あとは、神田明神さんが元気になられることです』
「そうだな」
「えと、いい?」
「なんだ友里?」
「こっちの世界が落ち着いたら神田明神さんも元気になるんじゃないの?」
「本人も回復の努力をしなければならないということじゃないのか?」
『この世界は、そっちの世界と対になっていると思いますよ……神田明神さんの成り立ちに問題を解くカギがあると思います』
「東京タワーと対になるような……」
「……神田明神というのは平将門の首を祀ったことが始まりだったなあ……そうか!」
「分かったのマジカ!?」
「将門の胴をなんとかすればいいのだな」
『詳しくは分かりませんが、そっちの方でお考えになればよいかと。それに、こちらの方が片付けば、神田明神さんも、それなりには回復なさっておられるかと思います』
「分かった、とりあえず戻ってみることにするよ」
『それから……トップデッキの継ぎ目にこんなものがありました』
トップデッキの継ぎ目あたりからハラハラと封書が落ちてきた。
まかせて!
ツンがジャンプして口に咥えて降りてきて新体操の選手がフィニッシュを決めるようにポーズを決めた。
それは封緘された封筒で『西郷吉之介真名』と書かれている。
「西郷さんの本名だ!」
「急いで持って行ってやろう!」
『では、名残惜しいですが、神田明神さんと西郷さんにもよろしく』
久しぶりに神器『ひそか』を取り出してアカ巫女にミッションコンプリートを告げるわたしであった。