大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記 序・8『人とロボット・1』

2020-07-11 12:00:56 | 小説4

序・8『人とロボット・1』    

 

 

 児玉司令の勘は外れた。

 

 マン漢国境の弱点に集結した敵はニ十分ほどで消えて、その後は威力偵察のように一個大隊規模の部隊が侵入を繰り返したが深入りはしてこない。逆にマンチュリア北方の露マン国境近くにロシア軍が集結し始めている。マン漢戦が飛び火しないための手当てではあるのだろうけど、絶対的に戦力不足の日マン軍には脅威だ。二百数十年前、まだソ連と名乗っていたロシア軍が日ソ不可侵条約を一方的に破棄して攻めてきた歴史的前科がある。

「おちょくられているなあ」

 いったんCICに入った司令だったけど、一時間足らずで司令官室に戻ってきた。

「敵は、俺を疲れさせるつもりらしい。ひと眠りする」

 靴のままベッドに飛び込んだかと思うと三秒で寝息を立て始めた。

 意外に寝顔が可愛い。

 起きている時も笑顔の絶えない人だけども、あれは一種の韜晦だろう。

 この寝顔、ちょっと魅力的……あ……グランマのファイルが開いた。

 グランマは、スキルを伝えるために未整理のままの記憶をわたしのメモリーに送ってきている。

 スキルに関係ないものは、解凍もしていないんだけど、なにかの弾みでファイルが開いてしまったんだ。

 グランマは、この寝顔にグッときたんだ。寝顔は何種類もあってコレクションのようになっている。

 いくつかは、ほんの至近距離。

 これって、いっしょにベッドで寝ていなければ見えないよ。

 完全に解凍してしまえば、その時のグランマの脈拍や体温まで分かるんだけど、そこまで無粋じゃない。

 他にも解凍できないメモリーがいくつかあるけど、強固なブロックがかかっている気配。

 

 ね~むれ ね~むれ 母のぉ~胸~に♪

 

 思わず子守唄を口ずさんでいる。

 ロボットの行動に――思わず――というのはあり得ない。全て、条件や状況に合わせて行われるからね。ロボットの行動はプログラムとアルゴリズムに支配される。

 まあ、グランマのソウルの欠片だろう。あるいは、敷島博士が組み込んだいたずら。プログラムはされているんだろうけど、ロボット本人にプログラムと意識させないようにしているのかもしれない。

 グランマは自分のソウルをコピーしようとしていたけど上手くいかなかった。

 ロボットがコピーできるのはスキルとパターン。ソウルとか魂とか云う人間の本質にかかわるものはコピーできない。無理にやればロボットのOSそのものが壊れるか人間が死ぬか、あるいは、その両方か。

 敷島博士は、世界で初めてソウルコピーが可能なロボットとして私を作った。

 でも、うまくいかなかった。

 わたしは密かに思っている。ソウルのコピーを拒否したのは、実はグランマ自身。

 たぶん無意識。

 もし、ソウルをコピーしたら、わたしはグランマ以上になってしまうかもしれない。

 いや、わたしの方か……そうなったらグランマを不幸にしてしまうと思っているから?

 答えなんか出てこないんだけど、司令の寝顔を見ていると、つい、そんな想いを巡らせてしまう。

 

 三時間ほど子守唄をループさせていると、司令が目覚めた。

 

「今度こそ来る。ついてこい!」

 そのままCICに向かうと「奉天市内の衛星画像を出せ!」と命じた。

 え、敵は国境じゃないの?

 わたしの戸惑いを補完するように、電測員が叫んだ。

「マン漢国境付近からミサイル、百二十機突っ込んでくる!」

「迎撃ミサイルは?」

「いま発射されました」

「何発?」

「百八」

「残りはCIWSで間に合う、奉天を」

「奉天出します」

 オペレーターが復唱すると同時に、画面が揺らめいたかと思うと、突如映像が切れた。

「偵察衛星ロスト」

「敵ミサイル百五機を破壊、一機ロスト、十四機突っ込んでくる」

 それには躊躇せずに、司令は別の命令を出した。

「航空管制レーダーを出せ!」

「航空管制レーダー出します」

 メインモニターに奉天空港の管制レーダーが出された。

 マンチュリアの上空には五機の航空機が映っている。マンチュリアを引きあげる最終便だ。

「全機に緊急着陸を指示!」

「我が方には航空管制権はありませんが」

「戦時だ!」

 その時、ドスンと衝撃がやってきて、数秒遅れてくぐもった爆発音が響いた。

「奉天市内で爆発、衝撃の八十パーセントは上空を指向」

「アンチパルス弾だ……」

 二十三世紀初頭、航空機、船舶、ロケット、自動車、戦車、バイクに至るまで大半がパルス動力で動いている。アンチパルス弾とは、爆発の衝撃で強いアンチパルス波を発し、パルス動力を一瞬で停めてしまうと言う恐怖の兵器。二百年前の核兵器同様、国際的に使用は禁止されている。

「民間機の安否確認! 奉天市内の被害状況確認急げ!」

「奉天市内の交通機関、走行中車両停止、パルス発電所停止、非常電力に切り替えられつつあり」

「民間機五機ロスト、墜落した模様」

 

 うそ、墜落……五機のどれかにはグランマが乗っている……。

 

 

 

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かの世界この世界:06『二日前・3』

2020-07-11 06:32:16 | 小説5

の世界の世界:06

『二日前・3』       

 

 

 ヤックンの視線を遮るように冴子が、わたしの前に座った……。

 

 以前のわたしだったら、ただの偶然だと思うだろう。

 でも、今は違う。

 明らかに――わたしのヤックンに近づくな!――と、背中で言っている。

 作業が終わったら、さっさと帰ろう。

 こないだは、ぐずぐず残って、ヤックンと二人きりになってしまった。

 告白なんて、そうそうできるもんじゃない。

 二人きりになる状況と、決心をはぐらかせれば、なんとかなる。

 ヤックンは冴子のことも嫌いではないはずだ。うまく誘導すれば、冴子の方に向かせることだってできるだろう。

 もともと、今日は行けないと言ってあるんだ。さっさと帰っても不自然じゃない。

 

 よし!

 

 最後のお札に取り掛かる、これを仕上げれば帰れるぞ。

「それが最後だよね?」

 仕上げの熨斗を掛けたところで、高階さんが話しかけてきた。

「は、はい」

「野本さん(具合が悪くて休んでる一人)入院することになったんだ」

「入院……じゃ、巫女神楽は?」

 野本さんは、もう一人の遠野さんと二人で今年の巫女神楽をやることになっていたんだ。

「急に申し訳ないんだけど、代わりに入ってもらえないかな」

「え……もう二回もやって……十六だし……」

 巫女神楽は十三歳の女の子がやるのが伝統だ。

「うん、でも、別の子が一から覚えるには時間がね。テレビの取材もあるし……実は、遠野さんも野本さんがやらないんだったら、降りたいって」

 気持ちは分かる、過去二回もやってる私と並んだら緊張はハンパないだろう。

 でも、それだったら冴子に頼んでもいいんじゃないかな。冴子は遠野さんとも近所で顔見知り、わたしとやるよりはましだ。

「冴ちゃんにはOKもらってる。つまり、一昨年と同じ組み合わせでやろうと思うんだ」

 

 うう……神楽のお囃子にはヤックンが入る。とうぜん稽古と本番で何度もいっしょになることになる。

 ヤバいよ、そうそう不自然な距離をとれるもんじゃない。

 

 しかし、断るに十分な理由がない。

 だいいち、高階さんを始め、この夏まつりの世話をしている人たちに迷惑をかけてしまう。

 どうやったら、元の時間に戻れるかは分からないけど、ヤックンの告白を回避しない限り戻れないような気がする。

 

「……分かりました」

 

 数秒置いて返事をする。もどかしさと暗い後悔が胸にわだかまる。

 

 そのあといろいろあって、最悪なことに帰り道がヤックンと二人になってしまった。

 当然、冴子も誘ったんだけど、なんだか不機嫌に断られた。

――これで、ヤックンに告白させたら、もう、世界の終わりなんだよ!――

 まさか正直に言うわけにもいかず、ここから逃げ出すわけにもいかず、良い回避方法も見つからないまま、ズルズル、ヤックンと帰ることになった。

 

 そして帰り道。   

 夜道にいくらでもキッカケは有ったというのに、ヤックンは告白してこなかった……。

 

 

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あたしのあした・50『智満子のスマホ』

2020-07-11 06:25:00 | ノベル2

・50

『智満子のスマホ』      


 

 春風さやか議員(元)海外に逃亡!

 マスコミやネットで大騒ぎになっている。
 萌恵ちゃん先生までが、ため息つきながら授業の冒頭で「裏切られた……」とグチっている。

 二世議員とは言え、四十歳そこそこで野党第一党の党首になっていた春風さやかには人気があった。

 でも、彼女が没落してしまったことで、手のひらを返して罵り、身も世もなく嘆くってどうなんだろ。
 大人の女性たちってこの程度なの?
 たかが、女性政治家一人が、スキャンダルで辞めただけじゃんと思ってしまう。

 サングラスなんかで半端に顔を隠すことも無く、パリ経由ゼノヴィア行きの搭乗口に現れた本人のほうがサバサバしていた。
「ちょっと、スマホなんか見ないで!」
 ヒステリックに萌恵ちゃんが𠮟った。叱られた智満子は、肩をすくめてスマホをしまう。
 余談中とは言え授業中にスマホを見るのはいけないことだけど、授業中にスマホなんか(たとえチラ見だとしても)出したことのない智満子が出してるってことを考えなくっちゃと思うんだけどね。

「ね、スマホで、なに見てたのよ?」

 起立礼が終わると、ネッチが押しかけて行って智満子に聞いた。
「あ、まだ発表する段階じゃないの、ゴメン」
 そう言って頭を掻いた。

 春風批判に熱中して、萌恵ちゃんは進路調査のプリント回収を忘れていた。

 仕方が無いので、あたしが集めて職員室に持って行った。
「プリント回収しときました」
 萌恵ちゃんに渡すと、萌恵ちゃんの周囲に集まっていた女先生たちの視線が集まる。
「あんたたち、スマホ見てたんだって?」
 家庭科の先生がジト目だ。
「直ぐにしまってましたよ、それに、いつもってワケじゃありませんし。で、スマホは一人だけでしたし」
 スマホは……という言い方は、スマホ以外では居たという事実を言ったことになるんだけど、幸い聞きとがめられることはなかった。
「あんたたちは、春風さやかのことなんか、どう思うワケ?」
 朝毎新聞から目を上げた国語のオバサンが詰問口調。
「えと、まだ秋ですよね、春のことは、まだイメージ湧きません」
 女先生たちは――うまいこと言うわね――という顔をして放免してくれた。

 春風さやか……国会議員よりもアイドルに相応しい名前だなと思って職員室を出る。 

「恵子、ちょっと相談」
 智満子が折り入ってという表情で顔を寄せてきたのは、A定食のトレーを机に置いたばかりの食堂だった。
「え、なに?」
 智満子はスマホの画面を見せた。
 画面には、懐かしいタヒチアンダンスのことが色々と出ていた。
「わ、なっつかしー!」
「あたし、タヒチアンダンス始めてみようと思うんだ」

 今までに見たことがないほど、智満子の瞳が輝いていた。

 

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