やくもあやかし物語・109
ニギタマにしてくれてありがとう……と、お地蔵様が言ってました。
カップ麺を宙に浮かせたままメイドお化けがお礼を言う。
ニギタマ……保育所に行っていたころのできごとを思い出してしまった。
マリちゃんという子が、いきなりトウマくんの○○を握ったんだ(^_^;)
ウグ!
幼心にも、声が出ないくらい痛いんだ! と、思った。
じっさいトウマくんは○○を押えて転げまわった。
先生が飛んできて、トウマくんを抱きかかえて医務室へ連れて行って、少しすると、トウマくんの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
ほんとうの痛さって、しばらくは声が出ないくらいに苦しいんだということを学習した。
「あ、それじゃなくてね、和魂と書いてニギタマって読むの」
「あ、ああ……」
「茨木童子の魂は、ほとんど六条御息所に吸収されていたみたいだけど、やくもが別の依り代を用意してくれたので、どうやら荒魂(あらたま)であることを止めて和魂になったみたい」
「あ、あれは……桃の木さんとチカコが思いついて」
「うん、そうなんだけどね、やくもの力が無かったらできなかったことなのよ」
「そうなの?」
「うん、そうだよ。やくもは、いろんな妖に出会ってるけど、他の人には見えていないでしょ?」
「見えてる人もいるよ」
教頭先生の顔が浮かんだ。
「あ、そうね。でも、それ、少し見えてるだけで、やくもみたいに友達付き合いができてるわけじゃないでしょ?」
「あ……ああ、たしかに」
「友だちみたいに付き合えて、はじめて『見えてる』って言うんじゃないかなあ」
「そうなの?」
「さっき、スーパーに行ったでしょ?」
「あ、うん」
「スーパーの店員さんとかお客さん、憶えてる?」
「あ……」
バイトのオニイサンには、カップ麺ではお世話になったけど、顔も覚えてない。
「うん、そうなんだよ、見えてるけど見てないんだよ。やくも、妖のことはしっかり憶えてるもんね」
その通りだ、いま目の前に居るメイドお化けはオリジナルで、お地蔵さんが乗り移った地蔵メイドじゃないことも分かってる。
「ね、だからこそなんだよ」
「う、うん」
「いま一つ分かってないっぽいから、ちょっとね」
「うん」
「それに、お礼も言っておかないと。わたしだけじゃないわよ、ここいらの妖は、みんな喜んでるから。ね、ほんとうに、どうもありがとう」
メイドお化けは、本物のメイドさんのようにていねいにお辞儀をしてくれた。
「ど、ども……」
わたしも、同じように、でも、アセアセでお辞儀をする。
あれ?
頭を下げると、背中に、ちょっとだけ重みを感じる。
「フフ、カップ麺もどしておいたわ」
あ、そうか、さっきまで担いでたカップ麺の重さだ。
と……?
「ね、いま背中に隠さなかった?」
「テヘ、バレちゃった?」
テヘペロの顔で背中のカップ麺を差し出す。
「ハハ、いいわよ、友情のしるしに進呈するわ」
「どうもありがとう」
ニコニコと笑顔を交わして、お家に帰った。
「「おかえり」」
チカコと御息所が、コタツに足を突っ込んだままだけど労ってくれる。
「いっぱい買ってきたのね」
「うん、しばらくは安心……よっこらしょっと」
「あら?」
下ろしたカップ麺を見て、二人とも「?」という顔をする。
「なに?」
「そのカップ麺……」
見て驚いた。
カップ麺の蓋が、スーパーで見た時のとは違っていた。
店員さんの顔は憶えてないのに、カップ麺の蓋を憶えているというのはどうよ……というのはスルー。
蓋には、それぞれ漢字が書かれていた。
仁 義 礼 智 忠 信 孝 悌
じん ぎ れい とも……?
わたしには読めない字もある。
「南総里見……」
「……八犬伝よね?」
二人には分かっているようだった。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所