大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・262『ソフィアの休暇をめぐって』

2021-11-29 15:04:46 | ノベル

・262

『ソフィアの休暇をめぐって』       

 

 

 ☆ 頼子

 フェニーチェ堺『ゴルゴ13×堺』、わたしが行くわけには行かない。

 そうでしょ、わたしが行ったんじゃ、ソフィアの休暇にならない。

 たとえお忍びで行っても、ヤマセンブルグ諜報部員であり、魔法使いの末裔であるソフィアにはバレてしまう。

 バレてしまえば、真面目なソフィアは自主的に休暇なんて中止して、いつもの王女様(まだ正式じゃないんだけど)のガードに戻ってしまう。

 だけど、放っておけば、ゴルゴ13にドップリ浸かってしまって、ますます、堅物のガードになってしまう。

 ただでも、ソフィアは諜報部いちばんの堅物ガード。

 わたしより一個年上と言っても18歳。

 ルックスもスタイルも気立てもいい。そんな華の18歳が女ゴルゴになってしまうって、とっても残念だし残酷なことだと思う。思うでしょ?

 そんな女ゴルゴに始終警護されていたら、こっちの……いえいえ、あくまでも、ソフィアのためなのよ!

 ジョン・スミスと悩んでいたら、さすがにベテラン諜報部員。

 名案を思い付いてくれて、思わず膝を叩いたわたしは、さっそくわたしは愛すべき後輩に電話したのよ!

 

 ☆ さくら

 テイ兄ちゃんの車でフェニーチェ堺に来てる。

 頼子さんの勧めで『ゴルゴ13×堺』を詩(ことは)ちゃん、留美ちゃんといっしょに観に来てるわけです。

 テイ兄ちゃんは、てっきり頼子さんも来るもんやと思て「よし、連れてったろ!」と胸を叩いた。

 頼子さんはこーへんよ。

 言うたら、露骨に落胆してたけど、いったん「よし、連れてったろ!」と胸を叩いた手前いややとは言われへん。

 いつものように、テイ兄ちゃんは、うちら送った後に檀家周りして、時間になったら拾いに戻って来る。

 頼子さん来るんやったら、檀家周りの一つや二つおっちゃんに回したやろけどね。

「ゴルゴ13にもお宝的場面とかがあるんですね!」

 頼子さんの話を聞いて、留美ちゃんは目を輝かせてる。

「うん、文学的にも貴重な発見になるかも!」

 詩ちゃんは、マンガや劇画も文学の一つという感覚があって、文学的には『ゆるみ』に繋がるものがあると言って、これまた期待してる。

 本音のとこはね「そらええこっちゃ!」とお祖父ちゃんとおっちゃんが、それぞれ諭吉を奮発してくれたこと。

「なんか美味しいもんでも食べといで」

 コロナの規制もようやく解けて来たんで、孫や娘にも羽を伸ばしてやりたいという気持ちと、ちょっとでも堺の街を元気にしたいという地元民らしい心から。

「す、すごい!」

 入っただけで詩ちゃんが大感動を発してしまった!

 留美ちゃんも同じ、それ以上に感動してるねんけど、留美ちゃんは感動のあまり声も出えへん。

 入ったとこに畳六畳はあるくらいの看板があって、ゴルゴ13のでっかい顔と生原稿!

 すごいすごいと思てると「パネルの前なら写真撮れますよ」と言うてくれるんで、そんなら!

 スマホを預けて十枚くらい写真を撮ってもらう。

「うわあ」

 今度は、うちが声をあげる。

 モデルガンやねんやろけど、ゴルゴ13が使ってたライフルやらピストルがズラリ。

 う、撃ってみたい(# ゚д゚ #)!

「ちょっと、さくら」

「目が怖い」

 二人にビビられる。

「「うわあ(#꒪ꇴ꒪#)」」

 今度は二人が感動。

 ゴルゴ13のバックナンバーが全部揃てる!

 同じ文芸部でも、あたしは『ニワカ』とか『ライト』の人間。

 そこいくと、留美ちゃんも詩ちゃんも『ガチ』ですわ。

 目の輝きが違う。

「これ、読んだら何年かかるんだろ……」

「麻生さんは全部読んだらしいよ……」

「え、麻生さんて?」

「財務大臣やってたひと……」

「へえ、そう……」

 言いながら分かってません。こっそりスマホで調べたら――え、このお爺ちゃん!?――という感じ。

 安倍さんが総理やったころ、いつも横に居った人相の悪い爺さん。

 留美ちゃんも詩ちゃんも、うちとはアンテナが違う。次々に展示物を見ては感動の声をあげていく。

「へえ、ゴルゴ13て、デューク・東郷っていうんや」

 パネルを見て感動してると、二人が付け加えてくれる。

「それって、中学の時の先生の名前なんだよ」

「え、ゴルゴ13の?」

「違うわよ、さいとうたかおの先生!」

「さいとうたかおは、いつもテストを白紙で出すんだけどね」

「そうなん!?」

 うちはせえへん、いちおう、なんか書く。まぐれで当たることもあるさかいね。

「すると、先生が『白紙で出すのは勝手だが、おまえの責任で出すんだろ、名前ぐらい書け』って言ったのよ」

「そう、それで、さいとう・たかおは感動して、名前を書くようになったのよ!」

「それで、尊敬の意味も込めて、ゴルゴ13に『東郷』って苗字をつけたんだって!」

 二人ともすごいよ(^_^;)。

「でも、ゴルゴ13がデレてるのって、どれに載ってるんだろうねえ」

「デレじゃないです、リラックスです!」

 なんか、すごい。

 すると、それを聞いてたんか、数人の視線を感じる。

「「あ、それなら」」

 目が合った二人のニイチャンから声がかかる。

「SPコミックス第78巻収録のがあります!」

「『夜は消えず』で、リラックスして小鳥の鳴き声を愛でてるのが有名!」

「そうそう、物音で思わず拳銃に手がいくんだけど、小鳥と気づいて自分で笑っちゃう的な……」

「他にも、46巻の『PRIVATE TIME』とか……」

「126巻の、その名も『HAPPY END』とか」

「そうそう、146巻の『いにしえの法に拠りて』とか」

「あとは……」

 いや、この人らもすごいわ(^_^;)……と、感心してたら、いつの間にか人の輪ができて(みんな男)楽しくゴルゴ談議になる。

 まあ、半分は詩ちゃんと留美ちゃん目当て。

 うちが騒いでても、こんなには集まれへんかったやろね( ≖ଳ≖)、いや、ほんま。

 

☆ ソフィア 

 あこがれのゴルゴ13! デューク・東郷! 

 初めて見たのはヤマセンブルク王立諜報アカデミーだった。初級諜報活動の訓練で、各国外務省や諜報機関の情報分析を習っている時に日本の外務省のHPの分析をやっていたら、ゴルゴ13が目に入った。

 男らしくクールな表情で、海外渡航者への注意喚起をしていた。

 何事にも動ぜず、冷静に事態を把握して任務を遂行する姿は007の比ではない。

 それから、少しずつ本編とも言うべきコミックも多忙な訓練の合間を見つけては読むようにした。

 しかし、わたしは女王陛下の諜報部員、特定のものに興味を持っていることは、たとえフィクションの世界だとはいえ人に悟られるわけにはいかない。

 すぐれた諜報部員や諜報機関なら、相手の嗜好から行動のパターンや傾向を読んでしまうからだ。

 だから、ブラフとしての趣味は持つことがあったけど、心から心酔しているゴルゴ13のことを人に悟られることは無かった。

 しかし、ヨリコ王女は別だ。

 わたしは、まだ18だけれど、ヤマセンブルグの次代を担うヨリコ王女に全てを捧げている。

 ゆくゆくは女王になられるであろう殿下に全てを捧げ、影ながら股肱之臣として殿下をお支えしていく所存。

 そのために、殿下には全てを……ダメだ、肩に力が入り過ぎている。

 今日は、有意義に心行くまでゴルゴ13の世界に潜り込むのだ。そのために、これまで自分に禁じていた休暇をとったのだから……。

 深呼吸して、もう一度展示物を見直す。

 日ごろの任務があるので、なかなかゴルゴ13を全巻読破することができていない。

 全巻読むのは、読めるのは……そう、殿下が女王に即位され、しかるべきところから伴侶を迎えられ、やがてお二人の間に次代を担う、王子か王女がお生まれになり、その王子、王女に新しくガードが着く頃だろうか。

 それまでは、ひたすら任務第一に……ん?

 

 さっき見て回ったコーナーが賑やかだ。

 

 ギャラリーに移動すると、下に見えるコーナーが窺える。常人には見えないだろうが、非常に生産的な熱気が立ち込めているのがビジョンとして見える。おそらくは、たいそうなゴルゴファンがゴルゴのあれこれで盛り上がっているんだ。微笑ましくも羨ましい。

 あれは?

 見れば、殿下の後輩である酒井さくら、榊原留美、それに、さくらの従姉の酒井詩。

 熱気がビジョンになってくる。

 まだまだ修行中だけど、わたしには人の関心や心に浮かんだイメージを感じる力がある。

 わざと視線を外して、立ち上って来る気に集中する。

 

 これは……わたしの知らないゴルゴ13、デューク・東郷の姿だ。

 小鳥を愛で……プールサイドで陽を浴びて……山小屋のチェストにくつろいで……こんなゴルゴ13もあったんだ。

 小鳥の身じろぎに思わず銃に手をかけてしまった自分い苦笑している……そして、前にも増したリラックスにの中に身をゆだねて……わたしの知っているそれとは違うゴルゴ13。

 い、いけない、うっかり、さくらと目が合うところだった(;'∀')。

 まだ衝撃でしかないけれど、新しいゴルゴ13のイメージを反芻しながら、フェニーチェ堺を後にするわたしだった。

 

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ライトノベルベスト『桜の花が満開になるまで』

2021-11-29 05:43:54 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
桜の花が満開になるまで』    




 近鉄山本駅を降りると四十年前と変わらない風景があった。

 よく見ると、駅近くの神社の玉垣が新しくなったり、舗装がしっかりしたものになっていたが、駅の構造、近辺の風景は、ほぼ昔のままである。

 ひょいと振り返ると、今東光が名付け親になった散髪屋も、そのままの屋号で残っていて、今にも散髪屋のオバチャンが出てきそうであった。

 首を元に戻し、十歩ほど歩くと玉串川。

 川幅四メートルにもならない小川であるが、川筋の桜並木は見事で、兵藤はもう一カ月も遅ければ見頃の桜……と、思ったが、直ぐに頭で打ち消した。

 なにも、これが最後というわけでもあるまいに……。

 毎日、この道を母校のY高校まで通った。もう大昔の話だ。

 最後に、ここを通ったのは、教育実習の二週間だった。

 それからもう四十年になる。

 現役の高校生のころ、この玉串川沿いに歩いていくと、三百メートルほどで英子が西の道から出てくるのにいっしょになった。

 特段何を話すということもなかったが、ほとんど毎朝、ここで「お早う」と声を掛け合うところから、学校の一日が始まった。

 意識していたのかどうかは分からないが、兵藤は三年間同じ時間の準急に乗っていた。英子は、朝の連ドラのテーマ曲が始まると家を出る。

 それで判を押したように、二人は、そこの辻で一緒になり三年間通った。そして偶然だが、三年間同じクラスであった。半期だったが生徒会の役員をいっしょにしたこともあった。

 が、特別に意識はしなかった。いや、意識はあったんだろうが、気が付かなかった。それほど当たり前の関係で、気が付いたのは、卒業して、この当たり前が無くなった時であった。

 英子はD大学の国文科に、兵藤はK大学の医学部に進んだ。

 そして、三年ちょっとたった時、教育実習で二週間同じ道を通った。そして、その二週間で、お互いが、当たり前の存在ではないことに気づいた。

「兵藤さん」


 口から心臓が飛び出しそうになった。あのころの英子が、そのまま、その辻から出てきた。

 

「兵藤さんでしょ?」

「あ、ああ……そうです」

 間の抜けた返事になってしまった。

「あたし、こういう勘はええんです。それに兵藤さん写真のまんまでしたし」

 一瞬どの写真か頭が混乱したが、目の前の英子については整理がついた。この子は孫娘の一美だ。同じY高の制服で、同じようなポニーテール。混乱して当たり前だ。兵藤は正直に、そのことを一美に言った。

「別に兵藤さんのこと威かすつもりやないんですよ。学校から帰ってきたら、そのまま兵藤さんのこと迎えに行け言われたもんですから……アハハ、ごめんなさいね。思たことが直ぐに口に出てしもて」

 兵藤は、英子の家を知らない。知っているのは、あの辻を曲がってからの英子だけだ。なんだか、この鈴のように陽気な一美が、英子の本性のような気がしてきた。

「お婆ちゃんには内緒なんですけど、兵藤さんの手紙が、ぎょうさんでてきたんです」

「え……あの手紙、残ってたん!?」

「大婆ちゃんが、どないしょ言うて、お母さんに見せたんです……ありがとうございます。お婆ちゃんのこと愛してくれてはったんですね」

 一美が拳で目を拭った。英子の状態が察せられた。

「兵藤君……わざわざ、ありがとう」

 やせ細った顔で、英子が言った。精神科ではあるが、医者ではあるので、英子の重篤さが辛いほど分かった。

「一美見てびっくりした?」

「うん、心臓が一個止まってしもた」

「兵藤君の心臓は二つあるのん?」

「ああ、悪魔の心臓と天使の心臓と」

「止まったん、どっち?」

「それは、業務上の秘密」

 重篤とは思えない明るさで、英子が笑った。その足許で英子そっくりな一美が笑っている。兵藤は不思議な幸福を感じた。

「あの時は、金蘭の付き合いで行こて、兵藤君わからへんかったでしょ?」

「うん、国文らしい単語でやんわり断られたと思た。帰ってから辞書ひいて、ちょっと分かった」

「どないに?」

「親密な交わり、非常に篤い友情……やっぱりNGやと思た」

「急にプロポーズするんやもん。あたしもネンネやったし、急にあんな言葉しか出てけえへんかった」

「せやけど、あの電話は堪えたわ『好きやったら、なんで、もっとしっかり掴まえといてくれへんかったん』」

「そうやよ、半年もほっとくんやもん……」

「せやけど、その結果、こんな一美ちゃんみたいな、ええ子がおるんやろ?」

「ほんまや。お婆ちゃんがが兵藤さんと結婚してたら、うち生まれてへん。兵藤さん、お婆ちゃんフッてくれてありがとうございました!」

 一美の言葉で、病床とは思えない笑いの花が咲いた。

 それから一か月。

 

「兵藤さん、ほんまごめんなさいね。この通りです」

 英子の母が、仏壇の前で、折りたたむように頭を下げた。

「お母さん、手ぇ上げてください。お母さんの選択は正しかったんですよ」

「あんたさんの手紙を隠したばっかりに、英子は主人にも上の娘にも先立たれて、自分も、こんな骨壺に収まってしもてからに……ほんまにバチあたったんですわ」

 兵藤は、英子の「好きやったら……」の電話に「何十通も手紙を出した」とは言わずに、ただ無言で通した。すでに、英子の気持ちが自分から離れ、おそらく新しい恋人ができていると察したから。

「お母さん、それよりも一美ちゃんです。この歳で母親に逝かれて、相当まいってるはずです。週一回寄せてもろて、カウンセリングやらせてもらいます。僕が英子にしてやれることは、これくらいですけど、前向いてやっていきましょ」

 虚空を見つめている一美に、まず明るさをとりもどしてやることだと、兵藤はおもった。

 玉串川の桜は満開になっていた……。

 

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泉希 ラプソディー・2〈泉希って……!?〉

2021-11-29 05:19:08 | 小説6

ラプソディー・02
〈泉希って……!?〉    




 泉希(みずき)は、よく似合ったボブカットで微笑みながら、とんでもないものを座卓の上に出した。

「戸籍謄本……なに、これ?」

 今日子は当惑げに、それを見るだけで手に取ろうとはしなかった。

「どうか、見てください」

 泉希は軽くそれを今日子の方に進めた。今日子は仕方なく、それを開いてみた。

「え……なに、これえ!?」

 今日子は、同じ言葉を二度吐いたが、二度目の言葉は心臓が口から出てきそうだった。

  雫石泉希   父 雫石亮  母 長峰篤子

 え……?

 亮の僅かな遺産を整理するときに戸籍謄本は取り寄せたが、子の欄は「子 雫石亮太」とだけあって、婚姻により除籍と斜線がひかれていただけだった。ところが、泉希の持ってきたそれには泉希が俗にいう婚外子であることを示す記述がある。同姓同名かと思ったが、亮に関する記述は自分が取り寄せた戸籍謄本と同じ。

「これは、偽物よ!」

 今日子は、慌てて葬儀や相続に関わる書類をひっかきまわした。

「見てよ。あなたのことなんか、どこにも書いてないわ!」

 泉希は覗きこむように見て、うららかに言った。

「日付が違います、わたしのは昨日の日付です。備考も見ていただけます?」

 備考には、本人申し立てにより10月11日入籍。とあった。

「こんなの、あたし知らないわよ」

「でも事実なんだから仕方ありません。これ家庭裁判所の裁定と、担当弁護士の添え状です」

「ちょ、ちょっと待って……」

 今日子は、家裁と弁護士に電話したが、電話では相手にしてもらえず、身分を証明できる免許証とパスポートを持って出かけた。

 泉希は、白のワンピースに着替えて、向こう三軒両隣に挨拶しにまわった。

 

「わけあって、今日から雫石のお家のご厄介になる泉希と申します。不束者ですが、よろしくお付き合いくださいませ」

 お向かいの巽さんのオバチャンなど、泉希の面差しに亮に似たものを見て了解してくれた。

「うんうん。その顔見たら事情は分かるわよ。なんでも困ったことがあったら、オバチャンに相談しな!」

 そう言って、手を握ってくれた。その暖かさに、泉希は思わず涙ぐんでしまった。

 今日子が夕方戻ってみると、亮が死んでからほったらかしになっていた玄関の庇のトユが直されていた。庇下の自転車もピカピカになっている……だけじゃなく、カーポートの隅にはびこっていたゴミや雑草もきれいになくなっていた。

「奥さん、事情はいろいろあるんだろうけど、泉希ちゃん大事にしてあげてね」

 と、巽のオバチャンに小声で言われた。

「お兄さん、お初にお目にかかります。妹の泉希です。そちらがお義姉さんの佐江さんですね、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 夜になってからやってきた亮太夫婦にも、緊張しながらも精一杯の親しみを込めて挨拶した。

 なんといっても父である亮がいない今、唯一血のつながった肉親である。亮太夫婦は不得要領な笑顔を返しただけであった。

 母から急に腹違いの妹が現れたと言われて、内心は母の今日子以上に不安である。僅かとはいえ父の遺産の半分をもらって、それは、とうにマンションの早期返済いにあてて一銭も残っていないのである。ここで半分よこせと言われても困る。

「わたしは、ここしか身寄りがないんです。お願いします、ここに置いてください。お金ならあります。お父さんが生前に残してくれました。とりあえず当座にお世話になる分……お母さん……そう呼んでいいですか?」

 今日子は無言で、泉希が差し出した通帳を見た。

 たまげた。

 通帳には5の下に0が7つも付いていた。5千万であることが分かるのに一分近くかかった。

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