せやさかい・262
☆ 頼子
フェニーチェ堺『ゴルゴ13×堺』、わたしが行くわけには行かない。
そうでしょ、わたしが行ったんじゃ、ソフィアの休暇にならない。
たとえお忍びで行っても、ヤマセンブルグ諜報部員であり、魔法使いの末裔であるソフィアにはバレてしまう。
バレてしまえば、真面目なソフィアは自主的に休暇なんて中止して、いつもの王女様(まだ正式じゃないんだけど)のガードに戻ってしまう。
だけど、放っておけば、ゴルゴ13にドップリ浸かってしまって、ますます、堅物のガードになってしまう。
ただでも、ソフィアは諜報部いちばんの堅物ガード。
わたしより一個年上と言っても18歳。
ルックスもスタイルも気立てもいい。そんな華の18歳が女ゴルゴになってしまうって、とっても残念だし残酷なことだと思う。思うでしょ?
そんな女ゴルゴに始終警護されていたら、こっちの……いえいえ、あくまでも、ソフィアのためなのよ!
ジョン・スミスと悩んでいたら、さすがにベテラン諜報部員。
名案を思い付いてくれて、思わず膝を叩いたわたしは、さっそくわたしは愛すべき後輩に電話したのよ!
☆ さくら
テイ兄ちゃんの車でフェニーチェ堺に来てる。
頼子さんの勧めで『ゴルゴ13×堺』を詩(ことは)ちゃん、留美ちゃんといっしょに観に来てるわけです。
テイ兄ちゃんは、てっきり頼子さんも来るもんやと思て「よし、連れてったろ!」と胸を叩いた。
頼子さんはこーへんよ。
言うたら、露骨に落胆してたけど、いったん「よし、連れてったろ!」と胸を叩いた手前いややとは言われへん。
いつものように、テイ兄ちゃんは、うちら送った後に檀家周りして、時間になったら拾いに戻って来る。
頼子さん来るんやったら、檀家周りの一つや二つおっちゃんに回したやろけどね。
「ゴルゴ13にもお宝的場面とかがあるんですね!」
頼子さんの話を聞いて、留美ちゃんは目を輝かせてる。
「うん、文学的にも貴重な発見になるかも!」
詩ちゃんは、マンガや劇画も文学の一つという感覚があって、文学的には『ゆるみ』に繋がるものがあると言って、これまた期待してる。
本音のとこはね「そらええこっちゃ!」とお祖父ちゃんとおっちゃんが、それぞれ諭吉を奮発してくれたこと。
「なんか美味しいもんでも食べといで」
コロナの規制もようやく解けて来たんで、孫や娘にも羽を伸ばしてやりたいという気持ちと、ちょっとでも堺の街を元気にしたいという地元民らしい心から。
「す、すごい!」
入っただけで詩ちゃんが大感動を発してしまった!
留美ちゃんも同じ、それ以上に感動してるねんけど、留美ちゃんは感動のあまり声も出えへん。
入ったとこに畳六畳はあるくらいの看板があって、ゴルゴ13のでっかい顔と生原稿!
すごいすごいと思てると「パネルの前なら写真撮れますよ」と言うてくれるんで、そんなら!
スマホを預けて十枚くらい写真を撮ってもらう。
「うわあ」
今度は、うちが声をあげる。
モデルガンやねんやろけど、ゴルゴ13が使ってたライフルやらピストルがズラリ。
う、撃ってみたい(# ゚д゚ #)!
「ちょっと、さくら」
「目が怖い」
二人にビビられる。
「「うわあ(#꒪ꇴ꒪#)」」
今度は二人が感動。
ゴルゴ13のバックナンバーが全部揃てる!
同じ文芸部でも、あたしは『ニワカ』とか『ライト』の人間。
そこいくと、留美ちゃんも詩ちゃんも『ガチ』ですわ。
目の輝きが違う。
「これ、読んだら何年かかるんだろ……」
「麻生さんは全部読んだらしいよ……」
「え、麻生さんて?」
「財務大臣やってたひと……」
「へえ、そう……」
言いながら分かってません。こっそりスマホで調べたら――え、このお爺ちゃん!?――という感じ。
安倍さんが総理やったころ、いつも横に居った人相の悪い爺さん。
留美ちゃんも詩ちゃんも、うちとはアンテナが違う。次々に展示物を見ては感動の声をあげていく。
「へえ、ゴルゴ13て、デューク・東郷っていうんや」
パネルを見て感動してると、二人が付け加えてくれる。
「それって、中学の時の先生の名前なんだよ」
「え、ゴルゴ13の?」
「違うわよ、さいとうたかおの先生!」
「さいとうたかおは、いつもテストを白紙で出すんだけどね」
「そうなん!?」
うちはせえへん、いちおう、なんか書く。まぐれで当たることもあるさかいね。
「すると、先生が『白紙で出すのは勝手だが、おまえの責任で出すんだろ、名前ぐらい書け』って言ったのよ」
「そう、それで、さいとう・たかおは感動して、名前を書くようになったのよ!」
「それで、尊敬の意味も込めて、ゴルゴ13に『東郷』って苗字をつけたんだって!」
二人ともすごいよ(^_^;)。
「でも、ゴルゴ13がデレてるのって、どれに載ってるんだろうねえ」
「デレじゃないです、リラックスです!」
なんか、すごい。
すると、それを聞いてたんか、数人の視線を感じる。
「「あ、それなら」」
目が合った二人のニイチャンから声がかかる。
「SPコミックス第78巻収録のがあります!」
「『夜は消えず』で、リラックスして小鳥の鳴き声を愛でてるのが有名!」
「そうそう、物音で思わず拳銃に手がいくんだけど、小鳥と気づいて自分で笑っちゃう的な……」
「他にも、46巻の『PRIVATE TIME』とか……」
「126巻の、その名も『HAPPY END』とか」
「そうそう、146巻の『いにしえの法に拠りて』とか」
「あとは……」
いや、この人らもすごいわ(^_^;)……と、感心してたら、いつの間にか人の輪ができて(みんな男)楽しくゴルゴ談議になる。
まあ、半分は詩ちゃんと留美ちゃん目当て。
うちが騒いでても、こんなには集まれへんかったやろね( ≖ଳ≖)、いや、ほんま。
☆ ソフィア
あこがれのゴルゴ13! デューク・東郷!
初めて見たのはヤマセンブルク王立諜報アカデミーだった。初級諜報活動の訓練で、各国外務省や諜報機関の情報分析を習っている時に日本の外務省のHPの分析をやっていたら、ゴルゴ13が目に入った。
男らしくクールな表情で、海外渡航者への注意喚起をしていた。
何事にも動ぜず、冷静に事態を把握して任務を遂行する姿は007の比ではない。
それから、少しずつ本編とも言うべきコミックも多忙な訓練の合間を見つけては読むようにした。
しかし、わたしは女王陛下の諜報部員、特定のものに興味を持っていることは、たとえフィクションの世界だとはいえ人に悟られるわけにはいかない。
すぐれた諜報部員や諜報機関なら、相手の嗜好から行動のパターンや傾向を読んでしまうからだ。
だから、ブラフとしての趣味は持つことがあったけど、心から心酔しているゴルゴ13のことを人に悟られることは無かった。
しかし、ヨリコ王女は別だ。
わたしは、まだ18だけれど、ヤマセンブルグの次代を担うヨリコ王女に全てを捧げている。
ゆくゆくは女王になられるであろう殿下に全てを捧げ、影ながら股肱之臣として殿下をお支えしていく所存。
そのために、殿下には全てを……ダメだ、肩に力が入り過ぎている。
今日は、有意義に心行くまでゴルゴ13の世界に潜り込むのだ。そのために、これまで自分に禁じていた休暇をとったのだから……。
深呼吸して、もう一度展示物を見直す。
日ごろの任務があるので、なかなかゴルゴ13を全巻読破することができていない。
全巻読むのは、読めるのは……そう、殿下が女王に即位され、しかるべきところから伴侶を迎えられ、やがてお二人の間に次代を担う、王子か王女がお生まれになり、その王子、王女に新しくガードが着く頃だろうか。
それまでは、ひたすら任務第一に……ん?
さっき見て回ったコーナーが賑やかだ。
ギャラリーに移動すると、下に見えるコーナーが窺える。常人には見えないだろうが、非常に生産的な熱気が立ち込めているのがビジョンとして見える。おそらくは、たいそうなゴルゴファンがゴルゴのあれこれで盛り上がっているんだ。微笑ましくも羨ましい。
あれは?
見れば、殿下の後輩である酒井さくら、榊原留美、それに、さくらの従姉の酒井詩。
熱気がビジョンになってくる。
まだまだ修行中だけど、わたしには人の関心や心に浮かんだイメージを感じる力がある。
わざと視線を外して、立ち上って来る気に集中する。
これは……わたしの知らないゴルゴ13、デューク・東郷の姿だ。
小鳥を愛で……プールサイドで陽を浴びて……山小屋のチェストにくつろいで……こんなゴルゴ13もあったんだ。
小鳥の身じろぎに思わず銃に手をかけてしまった自分い苦笑している……そして、前にも増したリラックスにの中に身をゆだねて……わたしの知っているそれとは違うゴルゴ13。
い、いけない、うっかり、さくらと目が合うところだった(;'∀')。
まだ衝撃でしかないけれど、新しいゴルゴ13のイメージを反芻しながら、フェニーチェ堺を後にするわたしだった。