完璧な劣等生というのは、あまりいるもんじゃない。
本人が自覚しているかどうかは別にして、なにかひとつ取り柄ってか、その点にかけては負けないものがある。
本人が自覚しているかどうかは別にして、なにかひとつ取り柄ってか、その点にかけては負けないものがある。
ゲームであったり、テッチャンであったり、アニメであったり、ラーメンの味わい方やウンチクであったり。でも、それって学校の勉強とはなんの関係もなくって、本人の自信喪失以外の何にも結び付かない。
オレの取り柄は、まず、人の心が読めること。
オレの取り柄は、まず、人の心が読めること。
だから、本当に相手を怒らせたりすることはない、自分がイジメのターゲットになる前に適当に言って、破局にならずに済んでいる。
でも、これだと単に小動物が大きな動物の機嫌や動きをあらかじめ感知して逃げ回っているようでみじめったらしいだけだ。現にそういうタイプの劣等生は他にもいて、大概の奴が一年の二学期には自主退学していく。
オレは分かっている「がんばれ、おまえは期末で60点以上とれば上がれるんだ!」と、担任は言う。でも、そいつにとって60点というのは、ほとんど100点と同義なんだ。先生だってとれないことを承知で60点と言っている。
「お前は、もう進級は無理だ」
そう言ってしまうと、今の世の中ハラスメントになる。だから、先生たちは「もう進級は無理だ」と思いながら「がんばれ60点!」を言っている。心が読めるというのは、時に残酷な本性を、見たくもないのに見させてくれる。
ほかに、ほんの2単位だけど、成績に直結する取り柄がある。
美術だけは、学年で断トツの成績だ。
ほかに、ほんの2単位だけど、成績に直結する取り柄がある。
美術だけは、学年で断トツの成績だ。
子供のころから、暇があったら絵を描いていた。
アニメとかイラストとか言うんじゃない。ひたすら写実的に描く。中学で、そこらへんの美大生程度のデッサン力があった。
入試に美術があったら、もうちょっとマシな学校にいけただろう。いや、逆に言えば内申の美術10が入試判定に大きな影響を与えたであろうことは疑う余地が無い。
九月の中ごろに、夏休みの宿題になっていた油絵の優秀作品の発表があった。
美術の先生は非常勤講師で、この春からは和気士郎という風采の上がらないオッサン。
九月の中ごろに、夏休みの宿題になっていた油絵の優秀作品の発表があった。
美術の先生は非常勤講師で、この春からは和気士郎という風采の上がらないオッサン。
ネットで検索してブッタマゲタ! なんと中堅画家の新人会というグループのホープだった。有名な私鉄の会長あたりがパトロンで付いていて、キャンパスサイズ1号あたり8万円はするというプロだった。
プロだけに、やることはストイックだった。一学期の中間までは徹底的にクロッキーとデッサンをやらせた。
で、自分で言うのも気恥ずかしいけど、オレは先生に見込まれた。
「う~ん、ちょっといいかな」
和気先生は、そう言いながら、オレのデッサンに手を加える。「手がちょっと……陰影がちょっと……」と言いながら、気づくとほとんどオレの線は残っていなかった。
でも、オレは他の教科のようにやる気無くしたりすることは無かった。直されたところは「ああ、なるほど」というものばかりだったしな。
言われたことに注意しながら描いたら、次は確実に上手くなっていた。理屈ではなく、見た目で直ぐに分かるところが、絵の素晴らしいところだ。
で、オレの絵は特選に選ばれたんだけど、アンラッキーとラッキーが両方やってきた。
アンラッキーは、絵のモデルが妹だったということ。
で、オレの絵は特選に選ばれたんだけど、アンラッキーとラッキーが両方やってきた。
アンラッキーは、絵のモデルが妹だったということ。
前に言ったけど、夏休みの宿題は妹とシェアリングした。互いに半分の労力で済むからだ。しかし、芸術の宿題だけはシェアのしようがない。オレが美術で、妹は音楽だから。
オレは、ハーパンにTシャツに立膝で寝っ転がって、読書感想用の文庫を読んでいる妹をスケッチし、それをもとに4号の油絵を描いた。
『若さが、夏の日差しと相まって、印象派を思わせる華やぎが素晴らしい』の選評付。
「落葉くん、あのね!」
妹は、そう言って、オレを階段の踊り場まで引っ張って行った。言わずとも怒っている……黙ってモデルにしたことを。で、心配している。兄妹であることがバレるんじゃないかと。
妹の怒りは二日で収まった。
「この子、顔見えないけどかわいいね」と評判がたったからである。
妹の怒りは二日で収まった。
「この子、顔見えないけどかわいいね」と評判がたったからである。
人間は顔かたちだけじゃない。何気ない身のこなしや姿勢に、その人間の本性が出る。事実ニクソイ妹だけど、これを描いている間は『若い集中力』がテーマだった。特にかわいいを意識して描いたわけではない。可愛いとか好きをテーマにすると、よっぽど芸術的に感動していないと媚びた絵になってしまう。オレとしては、そこらへんの猫を描くような気安さで描いた。
妹も、学校と家では180度態度が違うので、ついに見破られることは無かった。
ラッキーは転校生のミリーが感動したことだ。
「トドムって、英語の時間もクールだったけど。絵のスキルすごいね!」
で、このあと、とんでもないことを言いだしたのだ……。
ラッキーは転校生のミリーが感動したことだ。
「トドムって、英語の時間もクールだったけど。絵のスキルすごいね!」
で、このあと、とんでもないことを言いだしたのだ……。