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『ミイラとエンドライン』 ![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/56/8d/08054f2bf6633e772387fc23bbeb09fc_s.jpg)
ミライとミイラ、ちょっと似ている。
あたしは高橋ミライっていう。でも通称はミイラだ。
なぜかっていうと、いま言ったみたいに読み間違いやすい。それにあたしは、保育所の頃から背がヒョロッと高くて痩せていたから、みんなからミイラって呼ばれてた。
とくに気にはしない。保育所の最初のころってミイラの意味も分かってなかったし、お友だちが言っても気にならなくて、自分でも「ミイラ(^▽^)/」って喜んでた。
年中さんになって、お母さんが気づいて保育所の先生に言ったことがある。
「この子はミライなんです。ミイラじゃありません」
でも当人が一人称で「ミイラ」って言ってるのだから仕方がない。
背が高いという理由だけで、中学ではバレー部に入れられた。あんまり強いクラブじゃなかったしウイングスパイカーってのもヘタクソながら気に入っていた。
高校に入っても、当然のごとくバレー部に入った。
同期でも背が高い方なのと、中学からのポジションもあるので、だぶだぶの制服で「ウイングスパイカーをやりたいです!」と希望した。
あだ名は相変わらずミイラだった。
ところが思春期ってのはむつかしいもので、あたしは体つきが変わってきてしまった。
身長はそのままで、体にメリハリがついてきたんだ。一緒に入った仲間はずんずん身長が伸びていき、一年の二学期では同じくらいに、三学期では全員に追い越された。
「ミイラ、リベロに替われ」
「え?」
顧問の天崎先生に言われた時はショックだった。
リベロって、チームで一番チビがやるポジションじゃん!
まあ、バレーってのは6人それぞれ大事な役割がある……と、納得はしたよ(^_^;)。
リベロは目立つ。
6人の中で一人だけユニホームが違う。全員赤なら、リベロだけは黒だとか……バレーの専門ならともかく、素人目には、よく目立つ。クラブもそこそこで、地区では2~3番目くらいの力の学校だ。ミイラと呼ばれても気にならないお気楽な性格なので、いつの間にかリベロにも慣れてきた。
リベロになりたての頃に、コクられた(#^_^#)。
軽音の米倉君。
身長は165で、そんなに高くないけど160で止まってしまったあたしにはちょうどつり合いがとれる。彼はボーカルで良い声してんだけど、なんせ70人もいる軽音の中では二線級らしい。だから、クラブも暇してて、よく試合を見に来てくれた。
「なんか、一人目立ってかっこいいじゃん!」
と、素人だから喜んでくれる。もちろん米倉君も「ミイラ」って、あたしを呼ぶ。
でも、一人だけ「ミイラ」って呼ばれてムカつくやつができた。
二年になってから、顧問が替わった。県の教育委員会の方針で「教師の負担を軽減する」ということで、顧問を外部から呼ぶようになった。
畑中って、地元企業のバレーの選手。ほとんどプロと言っていい。
専門の顧問が来たのは、試験段階なので女バレとサッカーだけ。サッカーは分かる。顧問の島崎先生が主席になったから。
でも、天崎先生は平のペーペーだよ。
「あてがいぶちだから仕方ない。それに畑中さんは、オレよりずっとバレーが上手いし、よく指導してくださる。ミイラもしっかりついていけ」
そう言われて、しぶしぶ付いていった。
練習は厳しかった。トスとレシーブの練習を徹底的にやらされた。
「県大会でベスト3に入る!」なんて無茶を言う。
怪我人続出の半年だった。で……悔しいことにうちのクラブは強くなっていった。だから、みんな表立っては文句も言わない。
でも、あたしには合わなかった。畑中の「ミイラ」には訳もなくムカついた。
「畑中監督。監督ががんばってんのは、けっきょく自分のチームの宣伝のためじゃないんですか!?」
言ってしまった……。
「そうだ。君らを一流にして、オレのチームの名前を挙げたいと思ってる」
「そんな……あたしたち、監督の道具なんですか!?」
「そうだ。そして……」
あとの言葉は聞いてなかった。
「あたし、このシーズンが終わったら辞めます!」
そして、試合は秋も押し詰まり、県の三位決定戦にまで進んだ。
女バレ開設以来の上位進出だった。相手は去年の優勝校、私立H女学院。始めから気後れしてしまったけど、なんと試合はフルセットの14:14にまでもつれ込んだ。
H女学院の名サーバーの早乙女って子がサーバーに入った。ここまで、サービスエースを5本も取られている。
このサーブだけは取ってやる……つもりだった。だけどボールが飛んできたとき、これはアウトになると見送った。
トン!
ボールがスローモーションみたく見えてフロアに弾んだ。
かつかつで、エンドラインを超えている「勝った!」と思った。
ところが主審も線審もインの判定だった。
抗議しようと思ったら、先を越された畑中監督が鬼のような顔で主審に抗議した。
けど、結果は覆らなかった。畑中監督は、それでも抗議したのでイエローカードのおまけまで付いてしまった。
5年間バレーをやってきて、最大の屈辱感だった。チームメイトの目も微妙に険しい。あたしが見送らなければ別の展開になった……そんな目つきだ。いたたまれない。
「ミイラの目は正しい!」
畑中監督は、みんなの目の前で言ってくれた。
「今のアウトですよ!」
米倉君がビデオを持ってやってきた。スローの拡大で再生すると、確かにボールはエンドラインを超えている。
「監督!」
「高校バレーにはチャレンジシステムがないからな。来年、また頑張ろう!」
監督は、そう締めくくった。そしてキャプテンが、そっと言ってくれた。
「監督、あのときね、オレの事も利用しろって言ったのよ。世界はギブアンドテイクだって」
あたしの気持ちは、辛うじてエンドラインを越えずに済んだ。
米倉君は、誤審のビデオをスローにして動画サイトに投稿してくれた。アクセスは1000ほどになったところで、県の高校バレー連盟から削除の要請があり、動画は削除されたんだけどね。
素人ながら、ここまで頑張ってくれた米倉君への気持ちは嬉しかった。
スマホでお礼のメッセを……なかなか気の利いた言葉が見つからず、やっと思いついて送信。
トン!
送信の電子音が、あの時のボールがフロアに弾む音に聞こえた。
わたしの中で、ミイラのニックネームがミライにでんぐり返って、心はエンドラインを超えそうだった……。