魔法少女マヂカ・280
けっきょく大黒さんにはご遠慮願うことにした。
武人としての実績が乏しいし、神田明神を訪れた時の本殿の有り様……まるでアニメかゲームの制作現場のような佇まいから受けた印象は武闘派のそれではない。
「実は、本人もホッとなさっているんですよ」
池袋駅からの道中、こっそり耳打ちしてくれているのは白巫女だ。
東京西部の哨戒を主任務とする白巫女は「とりあえず、トキワ荘を見に行く」と伝えると「同行させていただきます」と、快く返事してくれた。
大人数では目立つので、大正リープ組の三人(マヂカ・ブリンダ・ノンコ)で出向いている。
白巫女は、白のカットソーに生成りのジーンズで、漫研のOBが後輩を引率して見学に来たという感じだ。
山手通りを西に渡るころには、同じようにトキワ荘めざす個人やグループもチラホラ見えて、休日の歴史散歩という感じになってきた。
「マンガの捨てられた作品やアイデアが凝り固まってファントムになったとお考えなんですね?」
大黒さんのことには深入りせずに、核心に触れてきた。
「うん、あいつは大正時代では味方になったり敵になったり、脈絡が無かった」
「せやねえ、震災で霧子を助けたり、邪魔したり……被災者を助けたりもしたけど、世界中のあやかし集めて横浜から上陸しようとしてきたり、大連で武闘大会やったり、富士山の上で決戦やったり……」
「そういうスペクタクルというか、話の展開が、どこかマンガじみている」
「うん、こんな事を言っては不謹慎なんだが、我がアメリカのコミックよりも面白かった」
「そうですね……お話を伺っていると『見てくれ!』『面白がってくれ!』という熱を感じます。それだけなら、捨てられたマンガやアイテムに憑りついた付喪神の一種……という感じがしないでもありませんが、陰にバルチック艦隊が見え隠れしているんですよね……」
「うん、それに、大正時代からクマさん……虎沢クマという実在のメイドを拉致しているしね」
「クマさん、可哀そうやし……」
「大丈夫だ、ノンコ。クマさんを取り戻すための調査でもあるんだ、必ず取り戻す」
「う、うん……」
一人っ子のせいか、ノンコはシャキッとした霧子よりもクマさんになついていたところがあった。
髪をワシャワシャしてやると、目を潤ませながらも笑顔になった。
「関東大震災から100年、日露戦争からは115年だ、こじれた霊障になっていても不思議じゃないぞ」
「どんなにこじれていても、特務の魔法少女が全力でがんばれば、大丈夫だよ」
「そうです、神田明神の巫女たちも付いていますよ、ノンコさん!」
「うん、ありがとう!」
「お、着いたぞ、みんな!」
ブリンダが指差したそこには、木造二階建ての古典的なアパートが佇んでいた。
モルタルの塗装は、ところどころシミが浮かび、鉄製の窓の手すりはペンキが変色したり錆が浮いたりしている。
実感を出すためのウェザリングなんだろうが、よくできたレプリカだ。
レプリカではあるけど、再建以来、多くのファンや関係者、生き残りの漫画家本人たちが訪れたことで、急速にリアリティーを取り戻し、いまや完全にトキワ荘のソウルを取り戻しつつある。
「根本のところは、神田明神と変わりませんね……」
「え、そうなの?」
「はい、そうですよ、神田明神も震災後に再建された鉄筋コンクリート。歴史の深さこそ違いますが、人々の願いや思いが蓄積され発酵しています。そういう属性と神聖さという点で見ると相似形です。ほら……」
白巫女が示した部屋ではメガネにベレー帽の漫画家が逆立ちしている。
「詰まったときは、ああやって、アイデアを絞り出していたんですね」
バシャバシャ
水音がすると思ったら、共同炊事場の流しに水をためて水浴びしている。
「あら、麗しい……」
ある部屋では、売れ出した漫画家が風邪をこじらせて原稿が書けなくなってしまい、仲間たちが、彼の画風を真似て原稿の代筆をやっている。
廊下で土下座している編集者がいる。ペコペコしていると、部屋から頭を掻きながら漫画家が現れ、一言二言。
「あれ、お祖父ちゃんの先輩の漫画家さんや!」
ノンコが嬉しそうに解説。
「受け取った原稿失くしてしもてね、それも、お酒飲んで会社に帰る途中でね……」
「「「それで、土下座……」」」
てっきり、怒り心頭で怒鳴り倒すか、一発食らわせる……と思ったら、その漫画家は「いいよいいよ、誰にも失敗はある。そうだ、ゲン直しに飲みに行こう!」と言って、階段を下りて飲みに行った。
「もうちょっとしたら、帰って来るよ」
たしかに、間もなく二人そろって顔を赤くして帰ってきた。
「待ってて、すぐに描くからね」
そう言うと、漫画家は部屋に籠って、二時間ほどで描き上げた。あ、実際に二時間待っていたわけじゃない『二時間後』という吹き出しが出たのだ。
「アハハ、二回目だったから、前のよりもうまく描けたよ(^_^;)」
「あ、ありがとうございます、先生!」
編集者は涙をこぼして原稿を受け取り、漫画家は疲れた目をこすりながら、それでも笑顔で手を振って編集者を見送った。それを、二つ向こうの部屋から、若いアシスタントが目を潤ませて見ている。
「あの、アシさん、お祖父ちゃんや……」
「な、泣かせるなあ(´;ω;`)ウッ…」
ジャラジャラ
陽気な音がしたかと思うと、別の部屋で麻雀が始まった。
「ああやって、英気を養っているんですねえ!」
神社では見せたことが無い顔で、白巫女が感動している。
「いや、そんなええもんとはちゃうと思うよ……」
麻雀をやっている漫画家たちの頭から、アイデアの欠片がポロポロ零れていく。
「ああやって整理してるんですよ、いや、整理してるいう意識もなしに……」
その隣では、三人の漫画家たちがお酒を飲みながら喋っている。
「きっと、アイデアとか、マンガの話ですよね!」
耳を澄ましてみると、映画やパチンコの話、近所の喫茶店の女の子の話だ。マンガの話なんて一つもない。
しかし、漫画家たちの頭からは、ポロリポロリと零れていくものがある。
整理されていくアイデアたちだ。
そして、一階で電話に出ている漫画家……出版社から打ち切りの通告。
黒い塊が零れて、廃油のように廊下や玄関にシミを作っていく。
と思ったら、荷物をまとめて出ていく青年。それを見送る見覚えのある漫画家たち。
漫画家の夢破れて、引き払っていくんだ。
駅へ向かう彼の体からもポロポロと零れていくものがある。
これがファントムの種なのか?
「完全不一样(マンチェンプーイヤ)」
いきなりの中国語に振り返ると、廊下の端に孫悟嬢が腕組みして立っていた。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
- サム(サマンサ) 霊雁島の第七艦隊の魔法少女
- ソーリャ ロシアの魔法少女
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査
- ファントム 時空を超えたお尋ね者