やくもあやかし物語・143
応接室のソファーに座っていたのは、同じ中学、後姿の女生徒。
「やあ、久しぶり」
そう言って振り返った顔は、あたしだ。
「ゲ」
「アハハ、『ゲ』はないだろう」
そう、そいつは、外見的には、あたしとソックリな二丁目断層だよ。
断層のくせに妖で、目の前に現れる時は、いつもあたしソックリに化けている。
本性は、神さまがインクを落としてできた染みみたいなまっくろくろすけ。
わたしと同じ能力者の教頭先生が「けして直に見ちゃいけない」と言って、体育館の鏡に映してしか見せなかった、ご近所きってのあぶない奴。
アカメイドさんも、二丁目断層だって言ってくれればいいのに。
「言ったら、会ってくれなかっただろ。それに、メイドさんには違う姿見せてたし」
「むー」
「いいお城じゃないか、ほら、新築祝い」
「え……てか、新築じゃないよ。もらったもんだし……なんなの?」
断層が取り出したのは小さな紙箱。お祖父ちゃんが通販で買った腕時計が入っていたくらいの黒い箱。
「開けてごらんよ」
「う、うん……」
なんかパンドラの箱めいてるんだけど、教頭先生が――直に見ちゃいけない!――というほど悪い奴じゃないというのは分かっている。
断層の頼みで預かったチカコは、とっつきは悪いけど、いい子だしね。ひょっとしたら、うちの家だけの超局地的地震とか起こして意地悪するかと思ったけど、そういうこともなかったし。
パカ
開けると、ほとんど透明な霧みたいなのが立ち上って、あっという間に窓から出て行った。
「……なに?」
「ボクの気だよ」
「ゲ、あんたの気!?」
「もう、ゲって言うなよ。あれは、ボクと同じ力で外敵から城を守ってくれるんだぞ」
「バリア的な?」
「アキバは夢はあるけど、守りに弱くってさ、まだ歴史が浅いし。このお城も、やくもがアキバを護ってやったお礼だろ?」
それもそうだよね……納得してどうすんのよ、あたし。
「で、なんの御用なの?」
「ご挨拶だなあ……まあいいや。実は親子(ちかこ)のことなんだ」
「チカコ?」
「やくものお蔭で、ずいぶん明るくなった。積極的になったし、口数も多くなった……ほら、あんなに元気に……」
ドタドタドタ!
窓の下、庭を走る音がする。「待てえ!」とか「コラー!」とか言ってチカコが御息所を追いかけまわしている。
「やくもに預ける前は、あんな元気に走り回るような子じゃなかった」
「あれはね、御息所が、チカコをからかったのよ。御息所は気に入ってるみたいだけど、チカコは、あんまりお城が好きじゃないみたいで」
「昔は、あんなに好き嫌いが言える子じゃなかった、元気になったんだよ……」
なんか、しみじみと愛しむような目でチカコの姿を見る二丁目断層。
なんか……やだ。
「そうか……やくもは、親子を実の姉妹のように思ってくれているんだ」
「え、あ、それは……(;'∀')」
こいつ、人の心を読むんだ。
「ボクは、断層が好きでね……」
そりゃ、あんた自身リアル断層だもん。
「断層というのは、相反するものがせめぎ合って困っている状況なんだよ……放っておくと、いつか『せめぎ合い』が溜まっちゃって、ドッカーン! グラグラってきちゃう。中には押しつぶされるのもいたりして……そうだね、ボクは親子に思い入れがきつすぎたから、つい出しゃばっちゃった。こういうことは、やっぱり本人が出てこなくっちゃね……あとで、もう一度連絡するよ。じゃあね」
そう言うと、二丁目断層は無数のポリゴンみたいに細かくなって消えて行った。
キャー ドタドタドタ キャー ドタドタドタ
あいかわらず、庭ではチカコが御息所を追いかけまわし、アノマロカリスや、他のフィギュアたちも加わっていたよ。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王