銀河太平記・113
しんこはチャーミングでいなさい。
折に触れて伯母さんは言うんです。
大臣やマスコミや侍従さんがいる時には「こころ子」と真名で呼ばれるんですけど、二人だけになったときは「しんこ」と呼んでくださいます。
だから、呼ばれ方で接し方の区別がつく。
「エリザベス二世の妹にアン王女がいらしたの」
英国の元首はエリザベス三世。それと区別するために、微妙に長くなるけど、伯母さんは「エリザベス二世」とキチンと言います。
エリザベス二世は二百年前の英国女王ですね。
現国王も含めて、英国には三人のエリザベス女王が居られます。その中で、二世のエリザベス女王が好きです。言うまでも無く伯母さんの影響だと思います。わたしって影響されやすいんですねぇ。
あ、それで、アン王女なんです。
英国の王室予算は議会で決定されるんです。女王以下、王子王女や王族たちは、一人一人、いかに国民や国の為に貢献したかが査定されて、それで年間の予算が決められるんだそうです。
ある年、アン王女の予算がちょこっと少なかった。
「生きていくために、必要な経費なんです」というような野暮はおっしゃいません。
英国という国は、王族であっても自分で車を運転して街に出かけるんだそうです。
車は普通なんですけど、ナンバーが違うので、見る人が見たらすぐにわかります。
アハハ……思い出して笑ってしまうんですけど。
ある日、王女の車を見かけた人たちは目をまん丸にしました。
なんと、王女の車にはデカデカと企業の広告が貼られているんですよ!
王女は、自分の車に広告を載せることで広告収入を得ることにしたんですねぇ。
日本の皇族ほどではないですけど、英国の王族にも行動の規制があります。王女は、綿密に調べ上げて『自分の車に広告を載せてはいけない』という文言が無いことを発見して、実践したんです!
議会も大臣たちも弱り果てたんですけど、法治国家だから、規制がない以上、王女の自由でありアイデア勝ちなんです。イギリス人は、こういうウィットの利いた反抗って好きなんですよね。
面白いし、王女が予算を減らされて困っていることをウィットと共に知って、王女にエールを送るんですね。
絶好の宣伝方法だし、いろんな企業が「ぜひ、わが社にも!」って、王女に広告を申し出るんです! 問い合わせの電話がひっきりなしにかかってきます。議会には「王女の予算を上げてやれ!」とデモまでかかります。
議会は、王女に頭を下げ、頼み込んで、王女の予算を増額して広告はやめてもらったんです。
それから「これなんかも、素敵でしょ?」って、伯母さんは、お気に入りの動画をいくつも見せてくれました。
女王は大型特殊の免許を持っていて、戦時中は陸軍でトラックの運転をしておれれました。急いでいる時なんか、窓開けて前の車に怒鳴ったりもするんです、文字通りトラックネエチャン。
競馬で贔屓の馬がホームストレッチでぶっちぎりでトップに出た時のガッツポーズもよかったです。双眼鏡持ったまま、観覧席の端から端まで走って、ちょっとした段差なんて、ピョンと飛び越えちゃうんです。とってもチャーミング。
「これは、企んでできることじゃないわね。持って生まれた性格と自己訓練の賜物でしょうね」
「皇室にはないの、こういうの?」
「そうねえ……ある日、明治天皇が、蜂須賀公爵を宮中にお呼びになったことがあったわ」
「蜂須賀って、秀吉が一時身を寄せていた夜盗の親玉の?」
「うん、後に阿波徳島の大名になった蜂須賀小六の子孫。その蜂須賀公爵がね、陛下が中座された時に、テーブルの上のタバコをごっそりポケットに入れたのよ」
「公爵が?」
「宮中のタバコには菊の御紋が付いていてね、人にあげると喜ばれたの。むろん、公爵をもてなすために出されてるタバコだから持って帰っても問題はないんだけどね。お戻りになった陛下はお気づきになって『ワハハ、蜂須賀、先祖はあらそえんのう!』とお笑いになった」
「アハハ」
「まあ、ギャグなんだけどね。気にした蜂須賀公は、高名な学者にお願いして、ご先祖の蜂須賀小六のことを調べさせたの。一説では、小六は地侍だったという説もあったからね」
「フフ、それで?」
「調べた結果、やっぱり夜盗だったって」
「「アハハハハ」」
陛下の事を『伯母さん』という呼び方で話題に出来るのは、亡くなった母と、いま目の前でいっしょに笑ってくれている元帥だけ。
元帥と言っても、満州戦争でJQにPI(パーフェクトインストール)してからは絶世の美女の姿で、総理や伯母さんにだってズケズケものを言う元気なオネエサンという感じ。
その元帥が、越萌カンパニーCEOとしての視察を終えて大阪に帰る途中、空港でわたしの姿を見つけ、一便遅らせて付き合ってくださった。
笑った後、元帥が何を言ったかって?
なんにも、なんにもよ。ただ二人で笑って、元帥は次の便で帰って行って、わたしは、お土産のサーターアンダギーを持ってラボに帰って行きましたよ。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源