大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・10『初めてのアルバイト』

2022-06-28 10:31:09 | 小説3

くノ一その一今のうち

10『初めてのアルバイト』 

 

 

「拘束時間を考えると、けしていいギャラじゃないけどね……」

 

 後ろの座席で一緒になった金持ちさんが呟く。

「そうなんですか?」

 全部合わせても一時間程度の撮影時間で5000円のギャラと聞いていたから、ちょっと意外。

 近ごろの時給は、高校生のバイトで1200円くらいだから、5000円稼ごうと思ったら四時間働いても稼げない。それが一時間の拘束で頂けるんだから、わたし的には文句ない。

 そう言うと、金持ちさんからは大人の答えが返ってきた。

「こうやって、車で往復する時間も入れると、拘束時間は6時間。撮影によっては10時間超えることもあるからね。そうすると、時給は500円くらいに目減りする。コンビニのバイトだったら、同じ時間拘束されて倍くらいは稼げるよ。牛丼の深夜シフトだったら三倍ってとこよ」

 さすがは経理担当!

 初めてのバイトは、ドラマのエキストラ。それも、女子高生の役で、ギャラが5000円だから、ウキウキしていた。

「ええと、そろそろ現場に着くけど、長丁場になるかもだから、水分補給とかには気を付けてください。ぶっ倒れても、治療費は自分もちですからねぇ」

 アハハハハ

 金持ちさんの注意で、ミニバスの中に笑い声がおきる。

 事務所から来てるのは、わたしを入れて四人。他の十人ちょっとはバイト。わたしもバイトなんだけど、今回限りの募集で来た子たちなんだとか。

「あ、カマプロの特装車!」

 バイトの一人が身を乗り出した気配。

 でも、あたしの前にはヌリカベのごとき力持ちさんが座っていて見えない。

「詳しい子がいるんだ……」

 金持ちさんが呟いて、横を通過した時に見えたのは、街をよく走ってるSUV的な車。後ろ半分の窓がスモークになってる以外は特徴が無い。

「ナンバーで分かるみたいよ。鈴木まあやだね」

 鈴木まあや!?

 あたしでも知ってるアイドル俳優。スマホのCMに出たのがきっかけで、最近はドラマにも出ているらしい。

「知らなかった? 今日の仕事はまあや主演の学園ドラマだよ、タイトルは……アハハ」

 笑ってごまかす金持ちさん。

 エキストラってのは、仕出しとか通行人とか呼ばれる台詞無しの役。ゲームで言えばNPCで、制作側から言うと大道具や小道具と大差はない存在。だから、元受けに台本なんか渡されないから、社員の金持ちさんが知らなくても不思議じゃないそうだ。

 ロケ場所は廃校になった高校。まあ、学園ドラマだからね。

「え、力持ちさんも出るんですか!?」

 スタッフさんから、衣装の制服を受け取ってる彼女を見てビックリした。

「まあ、見てな(^▽^)」

 ニコニコ笑顔で校舎の陰に入って三十秒……たってビックリした!

 首から下をスケールダウンした中肉中背の女子高生が出てきた!

「え、ええ!?」

「オレね、全身の関節動かして体形が変えられるんよ」

 全身の関節……いや、もう細胞レベルで変身してるって!

 むろん金持ちさんも衣装着てるし、嫁もちさんもウィッグ付けてるんだろうけど、普通に女子高生に見えてる。

 あたしは……あんまり変わらない。

 微妙には違うけど、自分の学校と同じタイプのブレザーの制服だし、エキストラだから、メイクとかもしないから、もうほとんど日常。

 シーンは五つ。

 登校風景と下校風景、校内を歩きながらのカットが二つ。

 

 もう一つ……これが問題だった。

 主役の鈴木まあやの階段の踊り場のカット。

 まあやが敵役の子と言い争いになって、突き飛ばされた勢いで階段を転げ落ちるシーン。

「え、スタント間に合わないの?」

 スタッフから耳打ちされて、監督が飛び上がった。

「来る途中で事故ったらしいよ」

 金持ちさんが、薄く笑いながら耳打ちしてくれる。

 鈴木まあやはアイドル俳優だから、階段を転げ落ちるだとかの危険な演技は、吹替のスタントマンがやるらしい。

 監督たちが話しているのに注意すると、どうやら、別に日程を取らなければ撮影できないみたい。

「まあやは売れっ子だから……」

 別に日程をとるのは不可能らしい。

「ちょっと、百地さ~ん」

 助監督さんが、ヘタレ眉の顔を金持ちさんに向けてきた。

 ヒソヒソヒソ……

「うちがスタントやっちゃまずいでしょ」

「ですよねぇ(^_^;)」

 頭を掻いて引き下がる助監督。

 うちなら、階段落ちぐらい簡単だと思うのに、ちょっと不思議。

「こういうのって、縄張りがあってね、普通のダクショ(芸能事務所)がスタントの領域侵すのはマズいのよ」

 大人の世界は難しい……と、今度は監督自らやってきた。

 態度のデカそうな監督だけど、金持ちさんの前に来てサングラスを取った顔は、意外にチープ。

「ギャラはしっかり出すからさ、Jアクション(スタントのプロダクションらしい)がやったってことで引き受けてもらえないかなあ」

「う~ん……あとで揉めると、弱小プロの百地としては……」

「だったらさ、こういうのでは……」

 嫁もちさんが割り込んで、三人でヒソヒソ。

「「「じゃ、そういうことで」」」

 数分顔を突き合わせて話がまとまって……え、なんであたしの顔を見るの?

 

「うん、ソックリだ!」

 

 モニターを見て、監督が大きく頷く。

 まあやと並んだ後姿、斜め後ろ、真横、下からのロング……数パターンをテストで撮ってみると、我ながらまあやとソックリ。

 撮影中に、まあやの歩き方とか動きの癖を見ていたんだけど、いざ、やってみて、こんなに似ているとは思わなかった。

「じゃ、まあやが突き飛ばされるところから、テストいきます」

 5……4……3……2……

 1は発音しないで、監督の手が振られる。

 

 あ、あああああ!

 グラリ ドスン ドスン ゴロゴロ……そう言う感じで階段を転げ落ちる。

 突き飛ばされるところから、シームレスのノーカットだから吹き替えに見えない。

 敵役とまあやの顔がカットバックで四回、二人横向きの睨み合いが同じフレームに入って、突き飛ばされて転げ落ちる。そこまでワンカット。

「はいOK!」

「監督、ちょっと」

 カメラの後ろにいた白髪頭のスタッフが手を挙げた。

「なに、多田さん?」

 監督がさん付けで呼ぶ、ベテランさんのようだ。

「いいんだけど、Jアクションの役者には見えませんよ」

「あ、Jアクションはここまで似てないかぁ……」

「照明変えて撮りなおせませんかね、トッパナのとこをシルエットぎみにしたらいけると思います」

「でも、一瞬のカットだから」

 金持ちさんが手を挙げる。初めてのバイトでスタントの撮り直しはきつすぎると思ってくれてるんだ。

「わたしなら、いいですよ。今のでいいならやれます」

「そう、じゃあ、お願いしようか。無理言ってごめんね……百地芸能の……」

「風間そのです」

「ああ、そのちゃんそのちゃん(^_^;)、じゃあ、照明変えて、もうワンテイク!」

 

 照明を手直しして、すぐに本番。ラッシュを見た監督がOKを出して、無事に撮影が終わった。



「ごめんね、そのちゃん、僕のせいで撮り直しさせて」

 多田さんが頭を掻きながらお詫びしてくれる。多田さんは照明のトップのようだ。

 ぺーぺーの仕出しにもキチンとしてくれて好印象。

「いいえ、お役に立ててよかったです」

 照れたような笑顔が返ってくる。

 監督よりも印象が良かった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優


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漆黒のブリュンヒルデQ・039『琥珀浄瓶・6』

2022-06-28 06:18:30 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

039『琥珀浄瓶・6』 

 

 

 
 いつもなら、ぶちのめして名前を付けてやればお終いだ。

 
 しかし、今度の相手は西遊記の牛魔王が持っていたと言われる琥珀浄瓶。それも数千年の時を経て無限に人の名前を呑み込んでいくと言う化け物だ。

 スクネ老人と共に立ち向かったが、かすり傷一つ負わすこともできず、世田谷八幡の祭神であるオキナガ姫(神功皇后)が琥珀浄瓶の中に飛び込んで支えている。が、それも三日が限度。

 いつもヒルデにまとわりついているねね子が豪徳寺のネコたちを総動員して、ネコたちが百万回生きてきた名前を食らわせて一時は琥珀浄瓶の動きを止めることに成功した。しかし、効果は三十分しかなかった。

 旺盛な琥珀浄瓶の食欲を凌いで、撃滅するには並みの作戦では勝ち目がない……。

 
 その間にも、ヒルデは二人の妖に出会って名前を付けてやった。二人とも東京大空襲の犠牲者で名前まで焼かれてしまった犠牲者だ。

 こんな時なので、できたら相手にしたくなかったが、これが、この異世界の東京に飛ばされてきた使命であろうと怠ることのないヒルデであった。

「しかし……少しだけ休ませてもらおう」

 疲れた顔で八幡の前を通ることも憚られ、宮ノ坂駅のデハのシートに横になる。

 
 初めてここに来て以来か……狭いデハのシートに鉛筆のように真っ直ぐ仰向けに寝て、右腕を閂を掛けるように顔の上に載せて、しばしの微睡みが来るのを待った。

 ……おや?

 デハの周りを何かが巡る気配がする。

 妖か……五分でいいから寝かせてくれ。

 そう思うと、気配はぴたりと止んだ。

 
 もし……もし…………五分経ちました。

 
 そいつは律儀に五分経つのを待って、遠慮気味に足許に立った。

 薄目を開けると、ゲートルを巻いた学生風が立っている。

 ひょろりとしていて、首と襟カラーの間が指二本入りそうなくらいに空いていて、くたびれた学帽の下に丸縁の眼鏡が光っている。

 視線を落とすと、胸には名札が縫い付けてあるが……やっぱりな、ひどくボヤケて名前は読み取れない。

 ヨイショ。

 不用心に片膝を立てて上半身を起こしたので、スカートの中が見えてしまったか?

 まあいい、大人しい妖のようだ、さっさと名前を付けて退散してもらおう。

 しかし、そいつは動揺することもなく、こう続けた。

「いえ、付けていただく名前は決めているのです」

「決めている……ということは、自分の名前を憶えているんだな」

「いえ、付けて欲しい名前があるんです。ヒルデさんに付けていただかなければ名前になりません」

 妙な奴だ。手向かいしないだけでも珍しいのに、自分で名前を用意しているという。

「君は、旧制中学の生徒か?」

「はい、数学を安井算結先生に習っています」

 奇妙な奴だ、自分の名前も憶えていないのに数学の先生を憶えているとはな。

「この名前にしてほしいのです」

 手帳を出して名前を示した。

 円 周率

「声には出さないでください」

 苗字は『まどか』と読むのだろう。名前の方はわたしの漢字の知識では読めない。

「よし、分かった。君にこの名前を付けてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

 円君は、丁寧にお辞儀すると、回れ右をしてデハから下りて行って、踏切の前に出たかと思うと、上空の琥珀浄瓶を見上げた。

「そいつを見るな! 取り込まれてしまうぞ!」

 遅かった、一条の光が差したかと思うと、円君は、あっという間に琥珀浄瓶に吸い上げられた。

 嗚呼!

 思わず古典的な叫び声をあげてしまった。

 せめて見届けてやろう……。

 すると、ビクっとしたかと思うと、琥珀浄瓶は窒息したように木刻みに収縮し、次の瞬間……。

 
 ズボボボーーーーーーーーーーーン!!

 
 無数の名前を吐き散らしながら消滅していった。

 
 そ、そうか。あいつは『円周率』だ!

 円周 ÷ 直径=3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974944 5923078164 0628620899 8628034825 342117067……

 ねね子の百万回どころではない、完全な無限数だ。

 いくら琥珀浄瓶でも呑み込めまい。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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