銀河太平記・114
まあ、そうなるよね。
電子ボードに780を781と書き換えるココちゃんの背中に呟いた。
実は、サーターアンダギー中毒になりかけている。
植樹祭のお土産にサーターアンダギーをもらってからツボにはまって、毎日二個ずつ食べている。
サーターアンダギーは、沖縄のボール型のドーナツ。むやみに美味しいけど、カロリーが高い。
「レプリケーターなら、カロリーオフのも作れますよ」
分かっていながら、ココちゃんは意地悪を言う。
やっぱ、天然黒糖の手作りがいい!
レプリケーターでも、98%同質なのが作れるけど、全然違う!
「レプリケーターなら、一日6個食べても平気ですよ」
「ぜったい、本物がいいの!」
言い張ると、ココちゃんは、ボードに食べた数を記録するようになった。
まあ、半分ジョーク、半分は可愛いイヤミだと思って、放っておいたら、もう一年も続いている。
「でも、おかしくない? 今日で、ちょうど一年だから730個でしょ?」
「日に三つ食べた日があるんです」
「え、そんなの記憶にないよ!」
「都合よく記憶の改ざんをやってるんですよ。メグミさんも二十ン才なんですから、油断してると西之島の拡大よりも早くブタになりますよ」
「そうだ、わが西之島だよ! 北東区というのは妥当な線だと思うわよ」
「なんでしょうけどね……」
『EE計画』正式名称『西之島北東部新規総合開発計画』は、パルス鉱の輸出利益に後押しされて、飛躍的な発展を遂げた。
そこで、新しく行政区として独立させて、さらなる発展を願って議会で決められた名前が『北東区』なんだ。
議会では、東北区と北東区のどちらにするかというバカな論争をやっていたが、『東北というのは、本土の東北地方と被ります。東北というのは、単なる地方名ではなく、東北地方の人々の思い入れのある名前なので、控えたほうが良いであろうと思われます』という及川市長の意見で北東区に落ち着いた。
「なんか無機質な感じで、すこし残念です」
ココちゃんは、天皇の姪という立場なので、それ以上に踏み込んだ不満は漏らさない。
さる筋からは『火星に移るように進言してほしい』と言われているけど、わたし自身、相当のアマノジャクなので本人には言っていない。そううことは、皇族であっても――自分で決めなさい――だと思っている。
「あ、そろそろ時間だから、行ってくるね」
午後は、市役所で開発評議会がる。ココちゃんが時間を確認している隙に、もう一個サーターアンダギーを摘まむ。
パク……
よしよし、敵は気づいていない(^▽^)/
と思ったら、ガラスに映ったボードの数字は、しっかり782になっていた。
「メグミさんはバカな名称だと思っているでしょ?」
早く着きすぎた会議室には、すでに及川市長が秘書も伴わずに、ひとり、完成度80%の開発地区を見下ろしている。
前回も同様だった。時間にして、この三十分余りが、市長の短い休憩なんだろう。
ドアを開けてから気づいたので、ちょっと申し訳なく思いつつも、横に並ぶ。
「お邪魔になりませんか?」
「いえ、話す相手があった方が、頭の中で整理できます。まあ、誰でもいいというわけではありませんが。『北東区』の名称に否定的だった人の方が話が面白いです」
名称などどうでもいいと思っていたわたしは、つい曖昧な返事になる。
「ええ、まあ……」
「役所や役人は、平凡な方が安心するんですよ。希望や展望に満ちた名前だと警戒されます。ただでも、この島は『西之島開発特措法』によって、役所が口を出しにくい存在になっています。眼下に完成間近のオタカラ劇場が見えますが、規格も運営も、並みの市民ホールとは全然違います。歌劇やレビューに特化した大中小、三つのホール。大と中は運営の主体を孫大人の北大街に任せています。並の市民ホールでは、こうはいきません。ヒト、モノ、カネを柱に、世界をリードするカルチャー都市を目指すのには、本土からの援助は必要ですが、口は出させたくないですからね。なあに、事業がうまく行けば、自然発生的に別の名前が付きますよ。エデンとか、ニューアキバとか」
「ハハ、大昔のラブホかヘルスセンターの名前みたい」
「いや、そっちの文化的な能力はゼロですから、ま、そんな感じで通称名ができればいいんですよ」
ホール以外にも、本土政府からの資金で作られている施設や開発地の説明をしてくれる。
なるほど、こうやって説明することで、相手の反応で考えをフィードバックして、頭の中で、次のステップを考えていることが分かる。国交省の役人だったころは鼻持ちならない人だと思ったけど、市長としてはなかなかの采配ぶりだ。
この及川軍平の能力と人となりを読んでいた社長たち、三人の島のリーダーは大したものだと思う。
かくいうわたしも、元とは言え、天狗党の幹部の一人。それをラボの代表者にしているんだ。
まあ、ゆっくりと島の変化を見せてもらおう。
あと、数分で会議が始まるところで、秘書からとんでもないことを知らされた。
「ちょっと、面倒なことになるかもしれません」
「確かに……」
なんと、西之島の核(二百年前の噴火の拡大期以前からあった元の西之島)から、漢明国の遺物が発掘されたというのだった。
ちょっとややこしいことになりそう……無性にサーターアンダギーが食べたくなってきた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源