鳴かぬなら 信長転生記
本当に酔っちゃったんだ……(-_-;)
客楼にあてがわれた部屋に連れて行っても、茶姫はアルコール漬けのナメクジのようにグデングデンだった。
呆れながらも、シイは甲斐甲斐しい。
「鎧のまま寝たら体に悪いよ……ニイチャン、ちょっと手伝って」
「着替えさせるのか?」
「鎧だけでも脱がせよう……」
ガチャガチャ
「よし、持ち上げてるから、鎧を引き抜け……よいしょ」
抱え上げると、酒臭さと女くささが立ち込め、転生して女性化したはずの俺でもクラっとくる。
「ああ、汗とお酒でグシャグシャ……体拭いて、全部着替えさせなきゃダメね」
「そうか、じゃ、ちょっと取りに行ってくる」
「うん、お願い」
『お召し替えなら、これに』
廊下から声がして、出て見ると、検品長が行李を抱えて蹲踞している。
「あ、用意してくれていたのか」
「ああ、蜀の丞相さまが『お召し替えになるかもしれない』とおっしゃって、自分も用意だけはしていたのだが、客楼までは入れずに困っていたので助かった」
「さすがは孔明、やるなあ」
「それが、途中、兵部の倉庫を通ったんだがな……」
「忍んだのか?」
「いや、指定された経路がそうだった」
「武備が整っていたんだな?」
「ああ、一万の兵が一か月は戦闘行軍できる量だ。それも部隊別の仕分けもされていて、あそこを通過して、装備を整えるだけで出撃できる」
「得難い情報だ、酔いが冷めたらお伝えする」
「それは威嚇だなあ……」
体を拭いて着替えさせると、半分覚醒した茶姫は結論付けた。
「むろん、その気になれば、すぐにでも一万の兵は繰り出せるぞという意思表示だ」
「でも、一万ぽっちじゃ、とりあえずの戦いはできても、攻め入るなんてできないでしょ」
シイが口をとがらせる。
「蜀の倉庫は奥が深い、検品長は目に見えた分だけで話している」
「むー、使えないやつ」
「ちがうぞシイ少尉。輜重はリアリズムだ。目に見える装備や糧秣を正確に把握して準備輸送するのが任務。憶測でものを言わんのは、検品長が優れているからだ」
「それより、問題は、孔明が、大橋の話に膝を打ったことだ」
「美人姉妹を主従で分けたって話でしょ、ちょっとヤラシくなくない?」
「どうだ、我が主?」
「孫策は事実上の呉王だ、二人の美姫を独占しても文句を言う者はいないだろうが、不安と不満は広がる。孫策は色ボケの吝嗇王だとな。しいては第一の臣周瑜との関係にもひびが入る。仲良く分けたほうが聞こえがいいだろう……もう少し寝る。なあ……一人じゃ寂しいから、どちらか添い寝してくれ」
「「断る」」
「ふふ、戯言だ……戯言……」
そう言うと、茶姫は布団に抱き付いて、再び寝てしまった。
「天下を三分いたしてはいかがだろう?」
再開した談義の冒頭で孔明はぶち上げた。
「まあ、天下三分の計というわけですね(^▽^)」
大橋がパチパチと手を叩く。
「いかにも、三という数字は安定を表します。そうだ、これをご覧ください」
孔明は、飲み干した盃を持ち上げた。
「ご覧の通り、三国志の盃には三本の脚があります。そうだ、それを……」
孔明は関羽と張飛の狼藉で剥がれ落ちた壁の一部を持って来させた。
「あの酔っ払いには困ったものですが、こういう役には立つ。壁の砕けは表面がガタガタでござる。ここに、底が平らな皿を置くと……」
置いたさらに指を添えると、カタカタと揺れる。
「これに、四つ脚の肉皿を置くと……」
これも一脚が浮き上がってガタついてしまう。
「しかるに、この盃は……ご覧のように、ズシリと安定いたしております」
「でも、道具の脚と国とがいっしょになるのかなあ?」
シイが遠慮のないことを言う。
「同じです。我が蜀は、関羽と張飛、それに、この孔明という三脚の上に劉備玄徳という器が載って安定を保っております」
「ああ……」
シイが納得の声をあげ、茶姫と大橋はニコリと笑っている。
蜀にとって、関羽と張飛は両腕で孔明が頭脳という図を描かなくても、感覚的に理解できる。
「天下も、また同義。三国が互いを尊重し助け合っていけば安泰であるとは思えませんか。魏・呉・蜀の三国が鼎立してこそ、その脚の上に載せている天下という器は、三国合わせて数億の民を載せているのですから、これを覆すことは断じてできません」
「そうですよね! いま気づきましたが、三国の街の多くは『盃』の字が充てられておりますよね! 豊盃とか酉盃とか!」
「良いところに気付かれたな、大橋殿。街とは民と法と産によって出来ております。古来より、盃は三脚。古の知恵者も、そのことに気付いて名付けたのでありましょう」
「もう一つ、いいだろうか」
茶姫が、ほのかに酒の残る顔を上げた。
「傾聴します、茶姫殿」
「三国鼎立ということは、四本目の脚を許さぬということでもあるよな?」
孔明と大橋が笑顔のまま固まった。
「いかにも、そこが最も肝要なところなのです、茶姫殿。天下の安定を覆す第四の脚が現れた時は、三国共同して、これに当ります」
「つまり、三国の攻守同盟ということであり、防ぐべきは三国内の脚ばかりではなく、外に脚を求めて、自分たちの脚を肥え太らせることも戒めるということであると?」
「我々は、茶姫殿の扶桑打通行軍を相互不可侵の宣言であると理解しております……ということでご理解いただけましょうや?」
「承知」
茶姫は左手で右の拳を包む拱手(きょうしゅ)の礼で、これに応えた。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん