大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・9『さすがにくたびれた』

2022-06-22 09:35:07 | 小説3

くノ一その一今のうち

9『さすがにくたびれた』 

 

 

 さすがにくたびれた。

 

 アルバイトなんて初めてだし、それも、ほとんど体育会系の芸能事務所の、それも入所テストがあったんだから。

 帰りの電車は空いていて、最初から座れたんだけど、それが仇になって寝てしまう。

 

 ビュン! ビュン! ブン! ビュビュン! ブン!

 

 うつらうつら見る夢の中で本が飛ぶ。

 あれも、力持ちさんたち、社員の仕業なのか、秘密の構成員(?)とかが居て投げてきたのか。

 さっき走った記憶が前身の筋肉に残っていて、ピクピクと体が動いてしまう。

 小さいときに犬を飼っていて、犬が夢を見てヒクヒク動いていたのを思い出す。

『あら、夢の中で走ってるよ』

 お祖母ちゃんが、面白そうに言っていた。かわいく思いながらも『バカだね、こいつ』とか思ってたよ。

 バカ半分、可愛い半分くらい。

 いま、電車の中にいる人たちは『バカだね、こいつ』とか思われてるよ(^_^;)。

 でも、わたしって可愛くないから、きっとバカ百パーセントだよ。

 前のシートのガキが寄ってきた。

 く、くそ……来んなよ。

「……面白い顔」

 声を潜めて言うんだけど、目の前だから聞こえてるっつ-の!

 くそ、体動かないから、せめて睨んでやろ……グヌヌヌ……

「わ、目むいた!」

「これ、見るんじゃありません!」

 母親が引き戻す……でも、今のニュアンスって、道端のウンコ見てる子に言うみたいだったよ。

 

 それでも、無事に家について、お祖母ちゃんに報告だけはする。

 

「次の日曜日から、本格的に仕事なんだって!」

 あ、声が弾んでる?

 ろくな芸能事務所じゃないけど、めちゃくちゃ弱小のボロだけど、やっぱ、嬉しいのかなあ。

 電車の中では、アレだったし。お祖母ちゃんには心配かけないようにとは思ってたけど。

 思いのほかというか、案に相違して、あたし、楽し気に話してるよ。

「よかったね、そのの性に合ってるようで」

 お祖母ちゃんも、喜んでくれてる……というか、ホッとしてくれてる。

 嬉しいよ、心から案じてくれてたから、こんなに喜んでくれるんだ。

 お祖母ちゃんは外面のいい人だから、本当に嬉しいとか喜んでるというのは、きっと、あたししか分からない。

 想像だけど、お母さんは、娘のくせして、お祖母ちゃんの表情は読めてなかったと思うよ。

 だからね、あんなことに……。

「魔石を出しな」

「う、うん」

 魔石を差し出すと、お祖母ちゃんは両手でくるむようにして耳元に持っていく。

「……うん、魔石もスイッチが入ったようだね……ちょっと汗臭い。まず、お風呂入っといで。上がったら、ささやかにお祝いしよう」

「う、うん」

 お祖母ちゃんは、魔石を神棚に供えて手を合わす。

「お仏壇じゃないの?」

「え? ああ、気分しだい」

 ああ、いいかげんだ。

 

 お風呂に入ると、電車の中でまどろんだせいか、寝てしまうようなことは無かった。

 でも……背中の方に凝りを感じる。

 やっぱ、疲れてんのかなあ……お風呂を追い炊きにして、お湯が出てくる方に背中を向ける。

 ア アアアア……

 オッサンみたいな声が出て、我ながらおかしいよ。

 

 あがって体を拭くと、やっぱ、凝りが残ってる。

「あれぇ?」

 洗面の鏡に映すと、肩甲骨の間の所が赤くなってる。

 気が付かなかったけど、テストの時に飛んできた本が当たったのかもしれない。

 

「お祖母ちゃん、ちょっと見てぇ」

 

 お祖母ちゃんに背中を見せる。

「あ……これは!?」

「え、なに!?」

「ちょっと、ジッとしてるんだよ」

「う、うん」

 なんか怖いよ。

「オン アビラウンケンソワカ……」

 小さく呟いて、お祖母ちゃんは……え? 背中からなにか引っ張り出したよ!

「え、なに? なんなの!?」

 子どもの頃、背中に虫が入ってパニクったのを思い出す。

「こんなのが、入ってたよ……」

「ええ?」

 

 お祖母ちゃんが取り出したのは、一冊の本だった。

「太閤記」と書かれた古い文庫本……飛んできた本の一冊? なんで? どうして? 

 ちょっと怖いよ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
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漆黒のブリュンヒルデQ・033『西の空』

2022-06-22 06:03:39 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

033『西の空』 

 

 

 
 自殺女を成仏させてやって気が付いた。

 
 ほら、『呪』と『祝』を間違えてたOL。

 呪うはずのところを祝ってしまって、死んでも死にきれないで、道端でヘバっていた。

 あの女を助けたあと、調子がいいのだ。

 一部始終を見ていたスクネ老人も、軽口を飛ばすくらいに機嫌が良かった。

 この異世界に来て、かなりの数の妖を名前を付けることで成仏させたり昇天させたりしたが、成仏、昇天させた後、いささか体調が悪くなることが多かった。弱音を吐くのは嫌だったから、祖父母や人に言ったことは無かったがな。

 あいつの名前聞かなかったなあ……。

 まあいい、調子がいいにこしたことは無い。

 

 学校から帰ると祖父母の機嫌が悪い。

 リビングのテレビを見ながら「不見識だ!」「場当たり的すぎる!」とか罪もないテレビにボヤいている。

「なに怒ってるの?」

 冷蔵庫のお茶を出しながら声をかけてみる。

「どうすんの、ひるでは!?」

「え?」

 矛先が向いてきて、思わずお茶をこぼしそうになる。

「安倍さんがね、またバカなことを!」

「三月二日から、日本中の学校を休みにするって言ってる」

 え?

 テレビの画面にはアナウンサーやコメンテイターが口角泡を飛ばして、祖父母と同じようなことを言い募っている。

 なるほど、新型コロナウイルス対策のため、安倍首相が全国の学校を休校にしてほしいと要請したのだ。

 学校では話題になっていなかったから、下校している間に発表されたんだ。

「議会にも掛けないで、横暴よ、思い付き丸出しじゃない」

「要請というのは他人任せに過ぎるだろう、ほんとに安倍晋三という男は」

 なんだかボロクソだ。

 面白いので、ソファーに座って祖父母とテレビの憤慨を聴いてみる。

 

 長期間休校にするには準備が要る! 子守は誰がするのか! 子守の為に休んだ親の給与保証は!

 卒業式が出来ない! 入試はどうする! 病院関係者の親は休めないぞ! 予算の裏付けがない!

 
 みんな好きなことを言っている。

 
 そもそも、この異世界の日本には緊急事態法が無い。

 首相として言えるのは『要請』が限度だ。「やるんなら、はっきり言え!」と祖母はまくしたてるが、首相に要請以上の権限が無い。ついこないだまでは『安倍独裁!』とか叫んでいた人が言うべきではないと思うぞ。

 しかし、義憤にかられて息巻くことで元気にしているのは、かりそめの孫としても嬉しい。

「あまり血圧上げないようにね」

 一声かけて、自分の部屋に向かう。

 東南の方角……霞が関のあたりだろうか、そこへ向かって芥子粒のようなものが集まってとぐろを巻き始めている。

 ……日本中から集まっている非難や不満だ。どうやら蟠って積層した黒雲になりそうだ。

 安倍首相も苦労なことだ。

『西の空も御覧じろ』

 スクネ老人の声がした。

 窓に顔を寄せると、電柱の上に老人の姿があった。天狗のように一本足で立って腕組みして西の空を仰いでいる。

 部屋の窓からは西の空は見えないので、部屋を出て廊下の窓から窺ってみる。

 
 ああ……

 
 西の彼方の空に禍々しいものが見えた。

 世の中のありとあらゆるカビを混ぜて、そいつに命が宿ったものが沸騰するように湧きたっている。

『ご加勢ねがえるか』

 え、ひょっとして、あれを退治しようというのか?

『オリャ--!』

 老人が跳躍した。直ぐに西の窓からも見えて、スクネ老人は気の早い五月人形のような出で立ちになり、その先に現れたおきながさんといっしょに西の空の彼方に駆け去っていった。

 ゾワゾワ…………一瞬体が震える。

 久しぶりの武者震いだ。

 並の妖退治ではないことが始まろうとしている。

 部屋に戻ると、祖母が門扉に『安倍政治を許さない!』のポスターを貼りなおしているのが見えた。

 とりあえず、我が家は平和だ。

 一肌脱がずばなるまいか……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

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