せやさかい・316
どちらが好きかと聞かれることがある。日本とヤマセンブルグのどちらが好きか。
「それぞれの国に良いところ、優れたところがあって、いずれも甲乙つけがたく……」
ローマの休日のアン王女のように、こんな顔(^~^;)して答えておく。
でも、根っこの所では、7:3ぐらいで日本が好きだ。
生まれ育った……生まれたのは日本じゃないんだけど、物心ついて、高三の今日まで育ったのは日本だからね。
いちおうバイリンガルで、英語もヤマセンブルグ語もできるけど、考えるのは日本語。マザータングというやつです。
でもね、一年の内、この時期だけは、こんな顔(^▽^)して「ヤマセンブルグ!」と答えられる。
梅雨ですよ梅雨!
この、じっとしていても粘りつくような湿気は17年生きてきても馴染めない。
むろん、家も学校も電車の中も車の中もエアコン効いてるんだけどね。
人工的に湿気を取ったり温度を下げた空気と、夏でもカラリとしてるヤマセンブルグの空気は違うんです。
散歩して、ちょっと暑くなったなあと思ったら、日陰に入ればいいんですよ。
「日本の木陰は裏切り者です」
日本に来て、最初の梅雨時にソフィーが言った。
日本は、日陰、木陰でも蒸し暑い。
さくらなんかは、ヘッチャラで汗をかいている。「もう、暑いのは、かないませんねえ(^_^;)」とか言って、平気でブラウスのボタンを開けて、タオルで腋の下とか拭いている。
留美ちゃんは汗をかかない。「いえ、そんなことないですよ」とか控え目に言うんだけど、ほんと、汗を拭いてるとこなんて見たことない。
「お武家の女性は汗をかかなかったと言います」
ソフィーが真顔で言った時は笑っちゃったけどね。留美ちゃんの苗字は『榊原』、ソフィーは領事館のコンピューターで調べて、榊原というのは、徳川将軍家の重臣の苗字だと発見した。
「そんな偉い家じゃありませんよ!」
ソフィーに聞かれて壁を塗るように否定していたけど、家系はともかく、留美ちゃんの佇まいには、そういうところがある。
「あ、さくらの『酒井』も徳川の重臣ですよ」
バランス感覚のいい留美ちゃんは、そう付け加えたけど、「それは、なにかの間違いです」とソフィーは切り捨てる。
メグリンこと古閑巡里は、汗をかきながらも(さくらほどの大汗じゃないけど)普通にしている。
「暑いのも寒いのも、わりと平気です。わたし、人よりでっかいですから、表面積はさくらの倍はあります。だから、冷却能力は高いんですよ」
一種の自虐ネタなんだろうけど、メグリンが言うと、アハハと笑っていられる。
「メグリンは、お父さんが自衛隊の大佐です。きっと、日本各地を転勤してきたのに付き合ったから……それと、やはり武人の子です。泣き言は言わないんですよ」
ソフィーの日本愛は凄いものがありますよ。
昨日は、プールの緊急点検とかで、急きょ体育館の授業だった。
冷暖房完備の聖真理愛学院なんだけど、さすがに体育館の冷房まではできない。
さっきも言ったけど、日本の日陰・木陰は裏切り者。身に絡みつくような湿気と汗はたまらない。
部活ではシャワーを使うこともできるんだそうだけど、授業では人数も多く、時間も無くて、ただただ汗を拭くだけ。
湿気と制汗スプレーのニオイにゲンナリしたまま放課後を迎えたので、まあ、こんなことを思う訳ですよ。
で、お祖母ちゃんとのスカイプで、思わず返事してしまった。
『夏休みになったら、お仲間連れていっらしゃい(⌒∇⌒)』
「うん、いくいく!」
お祖母ちゃんは、宮殿の庭の木陰でアイスティーなんぞを飲みながら涼しい顔でかけてくるんだもんね。
お祖母ちゃんの後ろには、かわいいブランコなんかが揺れている。わたしが、子どもの頃使ってたブランコ。
お父さんの膝に乗っかって、あまりの心地よさに、つい眠ってしまったブランコが。
まんまと引っかかって、うっかり返事して。
「ソフィーから聞きました!」
なんて、部活で全員に言われたら、もう行くしかない。
で、単に行くだけではなく、結論を出さなければならないんだろうと爪を噛む頼子です。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 聖真理愛女学院高校一年生
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦念 さくらの伯父 諦一と詩の父
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
- 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原 留美 さくらと同居 中一からの同級生
- 夕陽丘頼子 さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
- ソフィー 頼子のガード
- 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン