大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・316『それぞれの梅雨』

2022-06-26 09:20:57 | ノベル

・316

『それぞれの梅雨』頼子   

 

 

 どちらが好きかと聞かれることがある。日本とヤマセンブルグのどちらが好きか。

 

「それぞれの国に良いところ、優れたところがあって、いずれも甲乙つけがたく……」

 ローマの休日のアン王女のように、こんな顔(^~^;)して答えておく。

 でも、根っこの所では、7:3ぐらいで日本が好きだ。

 生まれ育った……生まれたのは日本じゃないんだけど、物心ついて、高三の今日まで育ったのは日本だからね。

 いちおうバイリンガルで、英語もヤマセンブルグ語もできるけど、考えるのは日本語。マザータングというやつです。

 でもね、一年の内、この時期だけは、こんな顔(^▽^)して「ヤマセンブルグ!」と答えられる。

 

 梅雨ですよ梅雨!

 

 この、じっとしていても粘りつくような湿気は17年生きてきても馴染めない。

 むろん、家も学校も電車の中も車の中もエアコン効いてるんだけどね。

 人工的に湿気を取ったり温度を下げた空気と、夏でもカラリとしてるヤマセンブルグの空気は違うんです。

 散歩して、ちょっと暑くなったなあと思ったら、日陰に入ればいいんですよ。

「日本の木陰は裏切り者です」

 日本に来て、最初の梅雨時にソフィーが言った。

 日本は、日陰、木陰でも蒸し暑い。

 さくらなんかは、ヘッチャラで汗をかいている。「もう、暑いのは、かないませんねえ(^_^;)」とか言って、平気でブラウスのボタンを開けて、タオルで腋の下とか拭いている。

 留美ちゃんは汗をかかない。「いえ、そんなことないですよ」とか控え目に言うんだけど、ほんと、汗を拭いてるとこなんて見たことない。

「お武家の女性は汗をかかなかったと言います」

 ソフィーが真顔で言った時は笑っちゃったけどね。留美ちゃんの苗字は『榊原』、ソフィーは領事館のコンピューターで調べて、榊原というのは、徳川将軍家の重臣の苗字だと発見した。

「そんな偉い家じゃありませんよ!」

 ソフィーに聞かれて壁を塗るように否定していたけど、家系はともかく、留美ちゃんの佇まいには、そういうところがある。

「あ、さくらの『酒井』も徳川の重臣ですよ」

 バランス感覚のいい留美ちゃんは、そう付け加えたけど、「それは、なにかの間違いです」とソフィーは切り捨てる。

 メグリンこと古閑巡里は、汗をかきながらも(さくらほどの大汗じゃないけど)普通にしている。

「暑いのも寒いのも、わりと平気です。わたし、人よりでっかいですから、表面積はさくらの倍はあります。だから、冷却能力は高いんですよ」

 一種の自虐ネタなんだろうけど、メグリンが言うと、アハハと笑っていられる。

「メグリンは、お父さんが自衛隊の大佐です。きっと、日本各地を転勤してきたのに付き合ったから……それと、やはり武人の子です。泣き言は言わないんですよ」

 ソフィーの日本愛は凄いものがありますよ。

 

 昨日は、プールの緊急点検とかで、急きょ体育館の授業だった。

 冷暖房完備の聖真理愛学院なんだけど、さすがに体育館の冷房まではできない。

 さっきも言ったけど、日本の日陰・木陰は裏切り者。身に絡みつくような湿気と汗はたまらない。

 部活ではシャワーを使うこともできるんだそうだけど、授業では人数も多く、時間も無くて、ただただ汗を拭くだけ。

 湿気と制汗スプレーのニオイにゲンナリしたまま放課後を迎えたので、まあ、こんなことを思う訳ですよ。

 

 で、お祖母ちゃんとのスカイプで、思わず返事してしまった。

 

『夏休みになったら、お仲間連れていっらしゃい(⌒∇⌒)』

「うん、いくいく!」

 お祖母ちゃんは、宮殿の庭の木陰でアイスティーなんぞを飲みながら涼しい顔でかけてくるんだもんね。

 お祖母ちゃんの後ろには、かわいいブランコなんかが揺れている。わたしが、子どもの頃使ってたブランコ。

 お父さんの膝に乗っかって、あまりの心地よさに、つい眠ってしまったブランコが。

 まんまと引っかかって、うっかり返事して。

「ソフィーから聞きました!」

 なんて、部活で全員に言われたら、もう行くしかない。

 

 で、単に行くだけではなく、結論を出さなければならないんだろうと爪を噛む頼子です。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      頼子のガード
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・037『琥珀浄瓶・4』

2022-06-26 06:21:05 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

037『琥珀浄瓶・4』 

 

 

 
 東京全域で携帯電話が使えなくなった!

 
 71カ所ある携帯基地局の電源が全て落ちたからだ。

 すぐに全基地局の点検が行われた。携帯が使えないのはライフラインが止まったことと同義で、管理会社の作業車は都内全域から駆り出されたパトカーに先導されて現場に急行した。

 しかし、電源を落としたのはスクネとヒルデ。どちらも神である。

 神の御業は人の目や知識では認識不能だ。

「どこにも異常はありません!」

 基地局を周った担当者からは同じ答えが送信される。携帯以外の通信システム(固定電話、電信、パソコンなど)は生きているのだ。

 もう一つ異変が起こった。

 急性記憶障害に陥った者が、都内で数千人現れたのだ。

 自分の名前が分からなくなってしまい、ひとに呼ばれても返事をしなくなった。

 テレビやラジオのアナウンサーが番組の初めに名乗りを上げられずに立ち往生したり、銀行や病院で順番を待っていて、呼ばれても返事が出来ない者、宅配便が来て「~さん、宅配便です」と呼びかけられても分からない者、ご近所の人の挨拶されても返せない者などが続出。学校は武漢ウィルスで休校になっているところが多いので問題化することは少なかったが、携帯の不通とともに混乱をもたらした。

 その二つの問題に比べれば、ほとんど問題にはならなかったが、東京の上空に現れた七色に輝く雲は不気味がられた。
 雲の上に太陽が昇ってくると、太陽光は雲を通して照射されるので、地上は七色のマーブル模様にに照らされて、異様な雰囲気になる。
 太陽が雲の上を通過してしまうと、普通の日照りになるので、人々は「不気味だなあ」呟き、インスタ映えがすると言っては写真を撮るが、それを人に送って見せびらかすこともできないので、ちょっと詰まらないと舌を鳴らしたりため息をつくくらいであった。

 
 ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 
 その妖雲を見上げては盛大にため息をついているのがスクネとヒルデの二人の神さまだ。

 二人は世田谷八幡の拝殿の屋根に、武装も解かず、腕を組んで思案にふける。

「『寿限無』もダメでござったなあ」

 琥珀浄瓶は人の名を喰らうので、日本一長い名前とされている『寿限無』を食らわせてみたところだったのだ。『寿限無』にたどり着くまでには『死』とか『災』『悪』『毒』『傾』『倒』など縁起の悪い文字を含む名前を食らわせてみたが、ことごとく不発だった。

「狙いは悪くない、もっと奴の体を悪くするような名前を食らわせば、きっと中毒を起こす」

「しかし、もう種がござらん……」

「大丈夫か、スクネ老人」

「かたじけない、少し立ち眩みがしたまでのこと」

 ヒルデは、老人を鰹木を枕にして寝かせてやった。

 
「あ、そんなところに居たニャ!」

 
 声がしたかと思うと、鳥居の所からねね子がジャンプしてきた。

「探したニャ、ここ三日ほど姿が見えなかったニャ……その姿は、戦闘モードなのかニャ?」

「実はな……」

 これまでの事情を説明してやると、ねね子はぶっ飛んだ!

「フニャーー! そんなことが起っていたのニャアアア!?」

「あと二十四時間で琥珀浄瓶を成敗しないと、おきながさんも戻ってこられなくなってしまう……」

「じゃ、じゃ、ねね子の名前を使うといいニャ!」

「ねね子の名前は、ね・ね・子。たった三文字じゃないか」

「違うのニャ!」

「どう違うんだ?」

「ねね子は、いまの名前ニャ」

「他にも名前があるのか、ハンドルネームとか、源氏名とか?」

「違うニャ、ネコは百万回生まれかわるのニャ」

「おまえ、百万回生まれかわったネコなのか!?」

 スクネ老人も驚いた。

「そうなのニャ、そういう猫でなければ、豪徳寺のネコボスは張っていられないのニャ」

 そうだ、先日、豪徳寺の境内を訪れた時に見た招き猫の怪異、あれのトリに現れたのはねね子だった。

「ねね子の他にも豪徳寺の猫を総動員すれば、一億とか二億とかになるニャ!」

 そう言うと、ねね子は印を結び鰹木の上に飛び乗ったかと思うと空中三回転ジャンプ!

 
 ニャニャニャニャニャニャニャニャニャア!

 
 線路を挟んだ豪徳寺の境内から数百、数千、数万の招き猫が飛んできて、ねね子を中心に旋回。やがて、招き猫の群れの中から蛍のようなものが無数に抜け出て、上空の妖雲目がけて飛んで行った。

「あれが、猫たちの名前なんだな……」

「そうなのニャ、中には野良も混じってるんだけどニャ……」

「野良猫には、名前は無かろう?」

「ううん、野良には名前を表す鳴き方があるニャ『ニャウ』とか『ミュー』とか『ニャン』とか、字面は同じでもアクセントとか音の高さとかが違って、すごい数になるニャ」

 そう言えば、立ち上っていく猫の名前たちは『なめるにゃー』と叫んでいるようにも聞こえる。

「あ、停まった!」

 琥珀浄瓶の妖雲は、ギクシャクした動きをしたかと思うと、二三回、ピクリとして動きを停めてしまった。

 
 数分の間、拝殿の屋根の上で妖雲を睨みつける三人。

 その眼力も幸いしたのか、琥珀浄瓶は完全に静止した。

 ねね子が振り返って、自分を指さした。

「わ、わたしって……誰だったのかニャ(;'∀')?」

 完全に自分の名前を忘れている。

「「ヤッターーー!!」」

 呆然とするねね子を尻目に、喜びを分かち合う二人の神さまであった……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

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