鳴かぬなら 信長転生記
コウチャン……と呼んでいただければ嬉しいです。
エクボを浮かべてはにかむ大橋・紅茶妃は、戦略的可愛さだ!
さっき、客楼の欄干に頬杖ついていたアンニュイはどこへやら、会談の席に着いた紅茶妃は初御目見えの時の蘭丸のように赤くなっている。
「お楽になされよ、大橋どの、いやコウチャン。期せずして、三国の次席が顔を合わせるのです。胸襟を開いて語らねば実を結ばぬ」
「それがダメなのですよ我が主。主は固すぎます。ただでも主は国主なんです。茶姫さん、紅茶妃……いや、コウちゃんよりも一個上のお立場。だから、ここは同格の丞相である孔明がお相手をするんです。顔出しが済んだら、さっさと執務室にもどってください。関羽・張飛の沙汰書とか書かなきゃならないでしょ」
「あ、忘れていた」
「仮にも、蜀の二大将軍を獄に繋いでいるのです、手続きはきちんとしてください」
「そうであったな、桃園の誓いのころのようなドガチャガでは示しがつかぬ。では、みなさんとは後ほど」
慇懃に礼をすると、劉備は小姓一人を連れて亭(ちん)を出て行った。
何事にも慇懃実直な劉備玄徳が居ては会談が硬くなりすぎるし、ただ一人国王であっては、話にも遠慮が出るだろうと孔明が提案して、城の中庭の亭(ちん=壁のない休憩所)で卓を囲んでいる。
我が主・曹茶姫は、宴会の酒が抜けきっていない……ことを口実に、俺とシイが付き添っている。
要は、遠慮なく、魏・呉・蜀、三国の本音をぶつけ合おうという会談だ。
おそらくは、茶姫の転生国南辺打通が効いている。
一万余の騎兵が、新式の装備に新式の鉄砲を担いでの進軍。信玄と謙信が自ら偵察に出た以上の関心があるに違いない。
かと言って、三国志の国王が三人とも騒いでは、いかにも軽々しく鼎の軽重を問われかねない。
そこで、ナンバー2同士の気の置けない鼎談という形式にしたのだ。紅茶、いやコウちゃんのアンニュイめかした緊張も演技っぽい。まだ少女の面影を残す成りたて呉妃に恥をかかせてはいかぬとか、国王玄徳と丞相孔明と示し合わせることまで読んでいるとしたら、呉の新妃もなかなかの狐だ。
そして、それさえ読んで関羽・張飛の誘いにのって酔っぱらった我が茶姫はすこぶる付の大狐だ。まあ、そのお蔭で、俄か近衛騎兵の俺が同席できているわけだがな。せいぜい、新米らしくコウちゃんと新米比べといこうか。
「いやはや、茶姫さんのモデルチェンジは、この田舎の成都でも評判ですよ。孔明感服つかまつりましたぞ」
「はいコウチャンもですぅ! 建業(呉の都、いまの南京)にも噂は伝わって、孫権さまが『ぜひ、自分で見たい!』とおっしゃったのですが、孫策さまが『いずれは国王になる孫権が出向くのは軽々しい』とおっしゃって、新米妃のわたしならば、ちょうどいいし、コウちゃんの勉強にもなるだろうと……」
「ヒャヒャ、これは痛み入ります、えと……少佐、貴様が語ってみろ」
「え、俺、わたしが?」
「酔いが抜けておらぬ、ニイが言うことに違うことがあれば、その時その時に注釈をつける。だいじょうぶ、酔っても脳みそは起きておる……」
「あ、ヨダレ、もう茶姫さま~」
シイが甲斐甲斐しくヨダレを拭いてやる。
「これは、羨ましき主従関係。我が主玄徳は、全くの謹厳居士で、デレルということがありません。その分、関羽と張飛がハメを外し過ぎて……いやはや愚痴が出てしまいますなあ。近衛騎士の職丹衣少佐ですね、あなたの噂も聞いております。どうぞ、茶姫殿の頭脳として遠慮なく語ってください」
「あのぅ、お二人は姉妹なんですよね!?」
コウちゃんが目を輝かせる。
「はい、こちらは妹の市衣少尉です。縁あって姉妹で召し抱えられております」
「わたしも、縁あって妹の小橋(しょうきょう)と共に呉王のお世話になって……」
「なにぃ、姉妹ともども独り占めに!?」
茶姫が、わざとらしく絡む。
「え、あ、小橋は周瑜の妻で、あ、その……そんな意味では(;'∀')」
フルフルと手と首を振る。演技なのだろうが、反則的可愛さだ!
「ハハ、大きな意味で呉王の世話になられたということでしょう、分かっていますよ、孫策さんは、姉妹二人ともを独り占めにするようなお方ではないでしょう」
「は、はい、そうなんです。独り占めはいけないことですぅ」
ポン
孔明が膝を叩いた。
「それは、示唆に富んだお言葉ですよ、コウちゃん!」
「え、え、いまのがですか!?」
「はい、その通りです。あ、いや、わたしとしたことが、少佐の話の腰を折ってしまった。どうぞ、語ってください」
「はい、我々は一万の騎兵部隊ですが輜重を伴っておりません。輜重は逆回りのコースで洛陽に返してあります」
「えと、シチョウって市長さんのことですか?」
「これは失礼、少佐、説明してあげてください」
「はい、輸送部隊のことです」
「ああ、ロジスティックのことね」
「いかにも、輜重を伴わぬ騎兵は、三日も持ちません。食料も弾薬も背嚢に入れている分だけですから」
「しかし、その分、全力で駆けることができる。つまり、部隊のスペックが内外に示せるし、なによりの行軍訓練にもなる」
「おお、さすがは孔明殿」
「茶姫さん、起きてます?」
「………………そ、そう………」
「そう? 寝言ですか……」
「曹操陛下へのアピールが一番なのだと思っています」
「ほう、魏王への?」
「はい、騎兵というのは、歩兵と違って職業軍人です。給与も支払ってやらねなならず、日ごろから調練が絶やせません、馬と武器の手入れもなかなかで、いわば金食い虫。部隊の創設までは茶姫師団長の手でできますが、維持管理には国費が必要です。つまり、曹操陛下の了解と後押しがなければ続きません」
「なるほど、深慮遠謀なんですねえ……たしか、魏の輜重の司は兄君の曹素さんでしたね?」
「いかにも、輜重司令の任についてはおられますが、なかなか勇武の将であろうと拝察しております」
「お噂はかねがね、今回は、酉盃においてもご発展が過ぎ、茶姫殿が諫言なされたとか。この蜀におりましても聞こえております」
「あのう、ご発展とは?」
コウちゃんがカマトトぶって首をかしげる。
「それは……ゴニョゴニョゴニョ……」
「ま、そんなことが(#°д°#)!?」
「その折り、身を挺して女たちを救ったのが、この職姉妹。茶姫殿は二人の類まれな武技と才を愛でてブレーンとなさっておられるのです」
こいつ、蜀の田舎に居りながら、どこまで情報を握っているんだ。
いかん、シイの目つきが険しくなってきた。
「ウ~、ちょっと気分悪くなってきた、あ、吐きそう……」
「茶姫さま!」
茶姫が、吐きそうになって肩に寄り掛かってくる。
「暫時、中座いたします。シイ、肩を貸せ!」
二人で茶姫を担いで亭を出る。
念の入ったことに、茶姫は、そのまま客楼で寝てしまった。
いやはや、三国志というのは予想以上に虚々実々の伏魔殿だ。
茶姫を看病しながら思った。コウちゃんが「独り占めはいけないことですぅ」と口を尖らせたとき、孔明はポンと膝を叩いたぞ。孔明の奴、なにを考えて……。
えい!
シイは、蜀に来てからの事を紙飛行機にしたためると、高楼の欄干から飛ばした。
紙飛行機は、函谷関からの上昇気流を受けて、みるみるうちに高みに飛んで視界没になったぞ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん